No.11 幽霊

 確かテレビでホラー映画か心霊番組か何かを放送していたときのことだ。当時同棲していた恋人との会話が妙に噛み合わないことがあった。

 詳しく話を聞いてみると、どうやら彼女は幽霊というものをまったく知らないようだった。私は、彼女のことを私より博識な人間だと考えていたから、大いに驚いた。

「幽霊って何?」

 青白い肌と大きな目を持つ彼女は、不思議そうな顔をして私に訊ねた。

「ほら、おばけというか、心霊というか、ああいうやつだよ。死んだ人がなる……」

 それまで考えたこともなかったが、幽霊というものについて全く知らない人間に、幽霊について説明することは、なかなか難しかった。

「死んだ人は何にもならないでしょ」

 と彼女は冷静に言った。

「いや、そうなんだけど……たぶんならないんだけどね、でもなるって信じられてるっていうか……」

「信じられてるってどういうこと? その幽霊になった人はいないってこと?」

「まあ、そうだね」

「なにそれ。意味わかんない」

「なんて説明すればいいのかな。ほら、私たちには意識があるでしょ。肉体が死んだ後、その意識がどうなるのか、科学が発達していない時代の人は知らなかったわけ。それで、生きている間に未練があったり、なにか強い恨みがあったりした場合、肉体が死んだ後も意識だけがこの世に残ると、昔の人は考えたわけ。そのすでに死んだ人の意識が形をもって現れたものが幽霊ってわけ」

「ふーん」

 彼女はイマイチ納得していない様子だった。

 私は最初、彼女がふざけているのかと疑った。幽霊を知らないふりをして、私をからかっているのだと。しかし、どうやら彼女は本当に幽霊という概念をまったく知らないようだった。

 彼女は妖怪という言葉は一応知っていたが、ミッキーマウスやポケモン、あるいはハローキティみたいなものだと……つまり、妖怪のことを、昔からいる子供向けキャラクターの一種だと、思っているらしかった。

 私は呆れ果てたが、一方で、幽霊などという実在しない存在を知っているからといって、自分が彼女より偉いわけではないとも考えた。彼女から見れば私の方が変人かもしれない。大学生の頃、同じサークルにUMAオタクがいて、モケーレムベンベがどうとか、アルターゴゾ・エルバッキー・ムニューダーがどうとか大声で話しているのを、私は白い目で見ていた。彼女に幽霊について説明する私は、もしかしたらあのUMAオタクと同じなのかもしれなかった。

 あの後、いくつかの厭なことがあって、我々は同棲をやめ、恋人関係も解消した。

 ただ、友人たちとの会話や、本、あるいは映画のなかで幽霊について話題になるたび、私は彼女と彼女の青白い肌を思い出すのだった。

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