No.09 件

 電車の中で、アイドルが踊るリズムゲームアプリのガチャを回したところ、アイドルではなくくだんが生まれた。

 件は人の頭と牛の体を持つ妖怪で、人語を解し、未来を見通す力を持つという。大きな戦争や災害が起きる前や、疫病が流行る前に件は現れ、災厄に関する予言をするのだそうだ。件の予言は必ず当たり、逃れる術はない。そして、件は短命で、いくつかの予言を残した後、すぐに死ぬらしい。なかなか不憫な妖怪である。

 そういういう基本的な情報を、Wikipediaで調べてから、僕はアイドルゲームのアプリを改めて開き、件のステータスを確認した。レアリティはSSRだが、能力は極めて低い。人の顔を持つ牛だから、はっきり言って見た目も悪い。醜悪と言ってもいいだろう。僕はそんな件の身体を画面上でタッチした。すると、画面上に吹き出しが表示され、件が声を発した。見た目に反して甲高い声だった。件曰く、僕はもうすぐ死ぬ運命にあるらしい。

 死ぬのは嫌なので、件の身体を何回もタッチしてみるが、件が発する言葉は同じである。僕が死ぬ運命は変わらない。レベルアップさせて、覚醒させて、スキルレベルも上げてみるが、やはり結果は同じだった。

 僕が頭を抱えていると、隣に座っていた三十歳くらいの男が突然話しかけてきた。どうか自分にも件の話を聞かせてくれないか、と男は言った。どうやら勝手に僕のスマホを覗き込んでいたらしい。

 僕は戸惑いながら、自分の耳からイヤホンを外し、スマホと一緒に隣の席の男に貸した。男は僕のイヤホンを使わず、鞄から取り出した自分のイヤホンで件の予言を聞いた。画面に表示された文字を見ると、どうやらこの男も、近いうちに命を落とすらしい。

 隣の席の男だけでなかった。気がつくと、周囲の乗客の目が一斉に僕のスマホの方向に集まっていた。俺も聞かせてくれ、私も聞かせてくれと、彼らは一斉に手を伸ばし、僕のスマホを奪いあい、件の予言を仰いだ。

 スマホの中の件は、彼ら一人一人の死を、順番に予言した。

 そのうち、件の予言に絶望した一人が、目を血走らせながら僕のスマホを床に叩きつけ、硬い靴底で踏みつけた。悲鳴が巻き起こり、僕のスマホを破壊したサラリーマン風の男を、若い大学生風の男が殴った。

 その光景を見ながら僕は、なるほど、件が短命だというのは本当の話なのだな、と思った。

 数秒の後、電車が大きく揺れ、人々の体が宙に浮いた。

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