No.06 後処理

 ニコチン入りの煙を味わいながら、彼女は足元に転がっている夫の死体を、ぼんやり眺めていた。

 夫の命を奪うことは、彼女が事前に予想していたより、何倍も簡単な仕事だった。ナイフで首を刺し、灰皿で幾度か頭を殴り、ビニール紐で首を絞める。たった数分間の労働で、彼女を長年苦しめてきた男は、この世からいなくなってくれた。

 血のついた灰皿で煙草の火を消した後、彼女はポケットからスマートフォンを取り出して、Googleの検索窓に「死体 夫 後処理」と打ち込んだ。先頭に表示されたYahoo知恵袋とWikipediaへのリンクを無視して、彼女は公的機関や法律事務所、大手企業が作成したwebページを順番に見ていった。

 法によれば、死体は桜の木の下に埋めることになっている。死体を埋めて良い桜の木は地方自治体が管理していて、死体を埋めた後は自治体に関係書類を提出しなければならない。

 彼女は次に、検索するキーワードに「東京都板橋区」を追加して、もう一度検索した。板橋区のホームページへのリンクが表示されたので、それを親指でタップする。

 必要な情報を集めてから、彼女はスマートフォンをジーンズのポケットに押し込んだ。そして、夫の死体を家の外に運び出そうとした。死体の足を掴み、力を込めて引っ張る。しかし、死体はひどく重たくて、ほとんど動いてくれなかった。彼女の力では、背負って移動することも難しそうだ。死体をバラバラにした後、小分けにして運ぼうかとも思ったが、死体をバラバラにするのにもそれなりに腕力がいることは自明だった。

 少し考えた後、彼女はまたスマートフォンをを取り出し、死体処理代行業者に電話をかけた。餅は餅屋だ、と彼女は思った。

「どこまでやりましょうか?」

 死体処理代行業者は電話越しに彼女に尋ねた。

 死体を家から出すところまで? 桜の木のある場所へ連れて行くまで? 穴を掘って死体を埋めるまで? 役所への届け出のお手伝いだとか、弁護士だとか行政書士だとかの手配までは、うちではやっていませんよ。

「死体を埋めるまでお願いします」と彼女は言った。

 死体処理代行業者は、死体を桜の木の下に埋めるまでにかかる費用を告げた。馬鹿にならない金額だったが、彼女はそれを了承した。

 業者が彼女の家にくるまでのおよそ三十分間、彼女はスマートフォンの小さな画面で、古めの映画を見ていた。死体処理代行業者が玄関のチャイムを鳴らすと、彼女はスマートフォンをポケットにしまった。

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