出し抜き登山
「これより山登りを開始する」
小山の下、ふもとの登山案内板の前で田中先生は説明を始める。コートとマフラーを着こみ、吐く息は白い。
お昼のことでもやもやしているリン、それを心配する信晴、我関せずの葵。信晴は陰陽を持ち、最初から【清明の魂】と調和していた。葵は自分の中にある黒い感情を認め、折り合いをつけた。そんな彼らとは違い、リンは安倍晴明から逃げ、自分の『魂の一部』を認められない。
それが原因で二人と同じ夢を見れなかったのか、とリンは今になって寂しく思う。
「それほど高い山ではないため6時に登頂、1時間の天体観測時間を設けている。下山したら点呼を取り、揃っていたら解散」
いつものように質問は、と尋ねるも誰も声を発しない。
時刻は5時、西の空が若干赤味を残し、空のほとんどが群青色に覆われていく。山頂に着く頃には完全に覆いつくし、目的の星々が夜空に『こんばんは』するだろう。
「何かあれば私かコレに聞くこと」
そう言って紙使に息を吹きかける。すでに授業で何度か見ているため誰も驚かない。見知った先生の形になった4体の紙使は等間隔で生徒の様子を観察する。リンと信晴の後ろにべったりとくっつく1体。
「?」
「あまりこういうことを言いたくないが、リノットと安倍、お前たちはくれぐれもはぐれることのない様に」
あはは、と生徒が笑う。
田中先生は稲荷神社だけでなく、廃病院のこともケータイのGPSで知っている。他のクラスメイトにばれない様、後で呼び出され説教と反省文を書かされた。紙使は一歩出ると一歩ついてくる。背後霊みたいだ。
廃病院は瑞樹が誘わなければいかなかったのに、と小さく口を尖らせる。けれど足元にいるユメを見てしょうがないか、と諦めて返事をし、笑いの的になった。
ふもとに雪はあるも、ほとんど除雪されていた。
登山道となるとそこまで手がまわらないのだろう、足元は踏み固められた雪と土が入り混じっていた。その脇にはひざ下くらいの雪が登山道に沿って新雪のまま積もっている。この山の道は緩やかな坂道で、ぐねぐねとつづら折りの登山道を通って山頂を目指す。道幅も広く、初心者の登山客に有名だ。
「ねえ」
リンは立ち止まり、後ろを振り向きもせず声をかける。その問いかけに誰も応えない。振り返って指さす。
「アンタ達に声かけたの、さっきから人の後つけてきて!」
リンが振り返ったと同時に紙使も後ろに回る。指を指されたのはそれより後ろ、ふもとからずっと着かず離れずの距離でついてきている八栄、千尋、珠代の三人組。
「なにか?」
「そっちこそチラチラ見ないでくれる?」
「行く方向、同じだから……」
「だったら先に行ってよ」
端に立って登山道の中央を譲った。そんなことをしなくても広い道幅なため、避けなくても悠々と追い越すことが出来る。
先に行けと促すも、リンたちが止まると同時に止まる3人。先ほどからこの堂々巡り。リンのイライラはどんどん増していく。あまり聞きたくないが、葵にどうやって『清明の魂』と折り合いをつけたか聞きたかった。けれど3人がいつまでもついてくる以上、それを口に出すことも出来ない。
「先生! アレ何とかしてください!」
頼みの綱と紙使に向かって頼み込む。困った時に助けてくれる便利アイテムなため、言うことを聞いてくれるかもしれない、と考えた。
「ちょっと、何言うの!」
「ただ登山道歩いてるだけでしょ!」
「先生に言いつけるなんて酷いよ」
「だったらさっさと行ってよ!」
「そんなの私達の勝手でしょ!」
紙使はリンを見て、八栄を見て、リンを見、八栄を見……自身では考えの及ばない事態と判断した。
生徒が危険な目に遭ったら助けることを第一に命令されている。それ以外のことが起こった場合、主である田中先生に現状を連絡し、指示を仰ぐ。そうなると警護が疎かになるが、今は危険ではないとも判断した。
いきなり動かなくなった紙使。リンが一歩動いてもその場を動かない。しめた、とあくどい笑みを浮かべる。
「今のうち行くよ!」
先陣を切って道なき新雪の上を走り登る。紙使に話を聞かれるのも嫌だった。この際まとめて置いて行けるのならそうしよう、と突発的に行動した。
ぎょっとする信晴だが、早く! と急かされると条件反射で着いて行く。葵は今まで優等生ぶっていた反動か、面白いと笑いながら後を追う。
「ちょっと!」
「待ちなさいよ!」
「危ないよ」
「来れるものなら来てみなよ優等生軍団!」
リンが煽るとぐっと眉がよって歯噛みする。
3人は優等生な葵にへばりついていた成績上位者。『登山道を通ること』と田中先生から言われている以上、登山道を外れて新雪を踏み、リンたちを追いかけることは出来ない。リンと信晴と違い、説教をされたり反省文を書かされたりしたことのない人種。
ちなみに今回の件で反省文を書かされることは今の時点で信晴しか気づいていない。
「くぅ!」
「卑怯者!」
「葵くんまで……!」
名前を呼ばれた葵は振り返ってにっこり笑う。
「危ないさかいゆっくり来た方がええで」
「分かった!」
つり上がっていた目が、いつの間にかハートマークになっている。
ほな、と軽く手を挙げて挨拶し、登る葵の後ろ姿を3人は熱い視線で眺めていた。
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