天体観測

 さく、さく、さく。

 藁靴わらぐつで雪山を歩く。これは――夢?

 視線は高く、藁蓑わらみのを着てかさを被っている。

 空は暗くて視界が悪い。明かりはどこにもなく、どこを歩いて何を目指しているのかも不明。

 吐く息は白く、手足はじんじんと冷たい。それでも登り続ける。

 歩いている人物はリンではない。だがまるで自分が歩いているような感覚。


「(どこまで登るんだろう?)」


 身体を動かしながらぼんやり考える。止まろうと思えば歩みを止めそう。けれど歩かなければならない。何故そう思うかは分からない。

 山頂にたどり着き、その足はやっと止まる。

 冷たい指で笠を持ち上げ視界が広がる。視線の先は――大海。その更に向こう側、水平線の奥が赤味を帯びる。

 徐々に空は白く明るくなり、じりじりと赤い顔を出し始める。


――なんて綺麗なのだろう


 リンが乗り移っている者の感情だ。朝日を見つめるその思いはリンと共鳴する。

 あの日の下に行ったなら、昼間になるのだろうか。

 日を追いかけて行けたなら、どんな景色だろうか。

 海の向こうには、どんなものがあるのだろうか。

 その目は遥か彼方、海の向こうのまだ見ぬ大陸に思いを馳せる。




『朝だよー』


 太陽が黒い犬の顔になり喋りかける。

 はっと夢から覚めた。


『おはよう、大丈夫?』


 リンの上に乗って首を傾げるユメ。原因はこれかと安堵の息をつく。


「ユメ、ゆめ――夢、ね」


『なあに?』


 名前を呼ばれたと尻尾を振って喜ぶ。可愛いな、とその頭を撫でつける。


 今見た夢について考えこむ。あれは誰だったのか、何故山を登っていたのか。

 夢と言えば2人が言いていた『会いたい』と『白い手』。今見た夢とは全く違う。けれどなんとなく、これは安倍晴明が関係していると勘が働く。


『どうしたの?』


 撫でる手をおろそかにしてしまった。頬を舐められてユメに視線を移す。


「なんでもない、おはようユメ」




 チャイムが鳴り朝のHR。名残惜しいがクラスメイトは席に座り、田中先生が入ってくる。

 起立、礼、着席、と一通り終えて話し出す。


「2月21日に天体観測で山に登る。夜の授業となるため防寒すること、そして三人グループで動いてもらう」


 ざわざわと教室内が騒がしくなる。仲のいいものと目配せする子、一緒のグループになろうと隣の席の子と話す子、多種多様。

 そして田中先生の大きな咳払いでしんと静まり返った。


「質問があれば手を挙げなさい」


「はい」


 間髪入れず手を挙げるリン。またお前か、という視線を前からも、四方八方からも浴びる。それに屈することなく、あてられてもいないのに質問した。


「なんで2月に、それも山に登るんですか?」


「冬の空は空気が澄んでいて遠くを見通しやすい。そのため星も見えやすい」


「夏じゃダメなんですか?」


「夏休みの宿題でやったはずだが……夏の山は虫が多く蛇に噛まれるリスクもある。秋はクマがでることもある。冬は動物が冬眠している。起きているのは人間くらいだ」


 田中先生の言葉に納得する。それとともにこんな寒い中、山に登らなければならないことに落胆する生徒もいた。多くの生徒を無視して端からプリントを回していく。

 全員に行きわたったら再度質問はないか聞き、今度は誰も応えないと以上、とだけ言って教室を去っていった。


「一緒に組まへん?」


 にぎやかになった教室の中で葵は二人に声をかけた。

 リンと信晴は笑顔で


「もちろん!」


 と答えた。




 お昼は3人で空き教室に行き食べる。お弁当持参の為どこで食べてもいい。

 リンはこの時を今か今かと待っていた。


「夢見た?」


 今更何を言うのかと葵は一瞬手が止まるも、すぐに机を寄せて座り、弁当風呂式を広げ始める。


「それって、この間の夢の話?」


「ううん、そうじゃなくて」


 リンは今朝見た夢のことを話した。その時どう思ったか、どう感じたかも全て。


「知らんなぁ」


 僕も、と首を振る信晴。二人が見たのは本当に声と手だけで、それ以外は見ていない。また2人が見たのは断片的な夢で、リンのように寒いという感覚や歩いてるという行動はなかった。


『そりゃ【晴明の記憶】やな』


 ばーんと教壇の上に乗っている朱雀。いつの間に出てきたのか。それよりも見た夢が『晴明の記憶』ということがしっくりきた。


「じゃあ、僕たちが見た夢もそうなの?」


『いや、それは――』


 言いかけて固まる。そして一度クチバシを閉じて冷静になり、


『教えられへんな』


 ぷいっとそっぽを向いて断る。


「なんでや?」


 葵はお弁当を完食し、食後のお茶を飲む。さながら世間話を聞く主婦のようだ。


『わいからは言えん、それより』


 バサッと羽を広げて地面に降り立ち、トコトコとリンの元まで歩いてくる。


『後はお前さんだけや』


「私?」


『【晴明の魂】に向き合えっちゅーこっちゃ』


「……」


『外国の血ぃ入ってるからって、遠ざけてるんはお前さん自身やろ』


 朱雀の言葉は正論で、ぐうの音も出ない。

 二人とは違う、安倍晴明をよく知らない、そう言う言葉で誤魔化していたが、自分が一番日本人に慣れていない。安倍晴明の魂を受け継いでいるということに納得できない自分がいる。


『わいが出来る助言はここまでや、けど夢に見るくらいっちゅーことは【晴明の魂】と折り合いがつくのはもうすぐってことや』


 心の準備はしておけよ、と言い残して消えていった。










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