5章
夢のまた夢
さく、さく、さく
雪を踏んでいる。外にいるのは確かだけど、暗くて何も見えない。
「さむい……」
『寒い? 朝だよー』
掛け布団を一生懸命引きずってリンを起こそうとする。カーテンも開けられ、朝日がさんさんと陽が降り注ぐ。
その眩しさに耐えられず、目をこすって上体を起こす。
『おはよー、朝だよー』
「おはよう、ユメ」
頭をなでると喜んで尻尾をブンブンと振る。いつもの朝。
「みた?」
「……え?」
教室の戸を開けると、葵が喜色満面で出迎え一言。何のことか分からずリンは一瞬考え込んだ。その後ろにいた信晴がアレ? と首を傾げる。
「リンちゃん、夢見なかった?」
その問いに上を向いて考える。何か見たっけ、ユメに布団を剥がされて寒いと思ったよりも前、何か見てたような気もする。けれど何を見たか、覚えていない。
「見てないかな」
「声も聞いてへん?」
「声?」
話が繋がらずらちが明かない。そう思った二人は今日見た夢のことを教えてくれた。
信晴は真っ暗闇の中、『会いたい』という声を聞き、葵はその声と共に白い手が伸びてくる夢を見たとのこと。それは懐かしい感じがして、安心してその手に身をゆだねたくなるような夢だったと。
けれどリンは声も手も、夢も見ていない。
「はみごやな」
「はみご?」
「仲間外れや、ほっといてこっちで分析しようや信晴」
「あ、葵くん……」
くくく、と楽しそうに笑って信晴を引っ張る。今まで仲間外れだった分、今の状態が嬉しくてしょうがない。
葵がこうして教室でリンと信晴に声をかけらるようになるまで、周りの視線が痛かった。
朝教室で葵がリンと信晴に挨拶しただけでダイナマイトが爆発したかと思うほどの大騒ぎ。田中先生がうるさいと一喝するまでどうやって仲良くなったのか、いつからか等質問攻めにあっていた。……葵はひょうひょうと答えていたが。
今までの彼を知っている信晴は少し同情するも、リンが気になり表情を伺う。
「同じ夢って見るものなんだ」
珍しいね、とあまり気にしていなかった。不貞腐れるか怒るかの二択だと思っていた二人は拍子抜けする。
「嫌やないの?」
「うーん、しょうがないかなって」
「なにがしょうがないの?」
「私って安倍晴明にゆかりがないし、あんまり知らないし」
『晴明の魂』が宿ってる、と言われてからずっと考えていた。
信晴と葵は血筋を辿れば安倍晴明にたどり着く。だがリンは違う。
「強がりのええかっこしい」
「ふん、好きなように解釈すれば」
「リンちゃん……葵くんも」
やめようよ、と信晴は呆れていた。
お昼休み。
リンはクラスで気の弱い
左から腰に手を当てているウェーブ髪の
どうして思い出せなかったのか、あの中に珠代もいたと今更気づく。
「騙された……」
「こんなので釣れると思わなかったわ」
「今日は準備室に誰もいないの確認済みだから」
「ごめんね、でもリンちゃんに話があって」
はあ、と期待を吐き出して気合を入れる。
「なに? 信晴のこと?」
「違う!」
噛みつくように否定されて驚く。てっきりこの間の続きを信晴抜きで言い合うのかと思って虚を突かれる。
「違うの?」
「ぜんっぜん違う! バカじゃないの!?」
「誰があんな落ち……根暗なヤツ」
「そっちじゃなくて葵君のこと、なんだけど!」
落ちこぼれ、と言おうとして式神が朱雀と思い出したのだろう、慌てて言い直す。それよりもリンは信晴のことではなく葵のことで呼び出されたと知り何かしたかと頭をひねる。
「とぼけてんの?」
「葵がどうしたの?」
そう尋ねただけなのに、三人の顔は青ざめる。
ここは満員電車かと言いたくなるくらい詰め寄られていたのに、大きい駅に着いたようにささっと感覚があいた。
「そういえば前も呼び捨てだった……」
「ってことは、前から仲が良かった?」
「私たちでさえ呼べないのに……」
昔の少女漫画の様なショックの受け方。そのまま倒れてスポットライトでも浴びそうな勢い。
「仲良くなれたのは最近だけど……あんた達が考えてるような恋愛感情は持ってないから」
「そんな言葉が信用できるわけないでしょ!」
「友情が愛情に変わるのなんてすぐよ!」
「今は、持ってないだけだよね……」
さらに思い出した、この三人が人の話を全く聞かないことを。否定する言葉を聞きたいだろうに、それを自分たちで否定してしまっている。
何故悪い方にしか考えられないのか。
「変わらないんだけどな……三人一緒にいるのが普通だから」
ぴしり、と三人は石のように固まる。
どうしたのかと考え、すぐにピンときた。この子達は灯の言葉が苦手だった。準備室まで用意周到に誰もいないか確認するほど。
「それはさながらキリスト教の三位一体と同列」
「ひっ」
「ペテルギウス、プロキオン、シリウスの冬の大三角のように」
「くっ」
「三匹の子ブタもいずれオオカミに勝つ」
「うぅ……?」
最後の方はリンも何を言っているのかよく分かっていない。とりあえず三人が一緒にいることが自然だと言うことを刷り込みさせればいい。灯のミステリアスな雰囲気を漂わせて言えば通じるはず。
「あなた達も、三人よね?」
よほど不気味に聞こえたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
何とか追い払えた、とリンは無駄に働かせた頭をねぎらった。せっかく友達になり同じグループになった葵。その縁をこんな横やりで失いたくない。
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