月詠の目

 お祭りの準備は順調に進む。

 新年の掃除はされてあるがお祭りの前にもう一度掃除する。当日に出すお神酒やおつまみの数量、芳名の確認。ぼんぼりや飾りつけ……三人は手伝えることは大いに頑張った。


「夜から始まるんだね」


 夕暮れになってくると人の波が多くなる。

 屋台は参道に沿って並ぶ。月詠社に向かって多く屋台が出るも、天照、スサノオの参道にも並んでいる。この三日間は夜遅くまで社務所を開けている。


「本当のお祭りはこれからよ」


 巫女服を着た灯が社務所の中から声をかける。見れば美波も子供サイズのものを着用していた。


「夜が本番?」


「そう、だからあなた達も着替えて」


 はい、とリンは巫女服、信晴と葵は白衣と袴を渡された。着替えて社務所の様子を見ると、お札やお守りを求める人で列がきている。お札を渡す時に可愛い巫女さんね、なんて言われて照れてしまうリン。時間も忘れて社務所の手伝いをした。




 手が空いてきて時計を見る余裕が出来てきた。

 時間は夜の7時半。季節がら辺りはもう完全に暗く、ぼんぼりの明かりが参道を照らす。子供連れや友達同士で来ていた子供はみんな帰っていく。


「あの人たちはなんやろ」


 目線の先には何をするでもなく上を向いて立っている人。それは一人だけではなく、ちらほらと距離を開けて五、六人はいる。


「そろそろ本番よ」


 灯が社務所から出て月詠神社に向かう。わけが分からず光に視線を向けると苦笑しながら教えてくれた。


「三夜さまは月待行事つきまちぎょうじといって、立ったまま月を待つと神の啓示があるって言い伝えがあるんだ」


「だからあの人たちは立ってるんですね」


 祭りから帰る人たちの流れとは反対に歩く人たち。その足はまっすぐ月詠社に向いている。


「灯は月詠様の代弁者とも呼ばれてて、ああやって待ってた人たちに神示を告げる仕事が最後に待ってる」


「灯が出来るんですか?」


「あの子はそういう、あの世と繋がりやすいというか、見えている世界が少し違う子なのかもしれない」


 私にもよく分からないんだけどね、と付け加える。美波もあまり理解してないため『宇宙人』という言葉を使ってしまう。

 次の日も、同じ時間帯になると月詠社に向かった。




「今日は最後に伝えたいことがあるって」


 手伝い最終日、灯はいつものように月詠社に向かう。

 最終日は十人ほどの列がある。美波はその列が終わりかけたころに話しかけてきた。


「伝えたいこと?」


「うん、だからあの列が終わったら月詠社に行って」


 だから行って行って、と追い出されるように社務所を後にする。

 もう列はなく、最後の一人が出てきた。どうする? と三人で見合ってから覚悟を決める。


「灯? 来たよ」


 声をかけて中に入る。そこには月詠像の前に座ってこちらを向いている灯。その前には三つの座布団。すでに三人を待ち構えていたようだ。


「お座りください」


 片手で袖をおさえ、すっと手で座布団を示す。動作が様になっていて茶道教室のようだ。三人はピンと背を伸ばして正座する。


「今しばらくお待ちください」


 そう言って三人にお辞儀をして向き直る。前とは違う、月詠に向けての長い祝詞を唱え始めた。


「かしこみかしこみまもおす――」


 祝詞が終わってもその場から動かない。どうしたのだろうかと不安になってくると、やっと灯は向きを変えた。


「ツキヨミ様からのお言葉です」


 三人に向かい合い、目を閉じて滔々と語りだす。


「『曰く、大地に抱かれ、ゆりかごに揺られるよう

  曰く、流水のせせらぎに耳を傾けるよう

  曰く、焚火のくゆりを眺めるよう

  曰く、涼風が頬を撫でるよう

  曰く、樹木の木漏れ日でうたたねするよう』」


「『――心安らかなれ』とのことです」


 しん、と静まり返る室内。伝えたいこと、とは月詠の言葉のことだった。


「どういう意味?」


「近いうちに言葉の意味そのままのことが起こるということよ」


 普段の灯に戻った。けれど本人も言葉をそのまま伝えただけの為内容については把握していない。


「こういうお告げは抽象的なものが多いから……」


「悪い意味とちゃうさかいそれほどきに気にしいひんでもいけるで」


 お告げに悪い言葉は入っていなかった。むしろ風情な四季の移ろいを感じる様な心地よいことを言われている。


「良いことがあるってことね」


「お祭りを手伝ってくれたお礼」


 ツキヨミ様から、と言われて恐縮する。神使と会って喋ったりするのではなく、神様としてたたえられている一柱からのお礼。神様からお礼を言われるなんて滅多にない体験だ。


「……」


「灯ちゃん、どうしたの?」


 いきなり後ろの月詠像を振り返り微動だにしない。何かあったのかと視線の先を辿るもこれといっておかしいものはなかった。

 ゆっくりと身体を戻して葵を見つめる。



「『追伸』」


「まだなんかあるん?」




「『――今後月代への供物は必要ない』とのこと」




 何をあげたの、と眉間にしわを寄せて問いただす灯。

 隠し通せたと思っても神様はちゃんと見てるんだな、と三人は月詠像に謝った。

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