明けまして

「お父さんこっちこっち!」


 暖かな日差しが降り注ぐお正月。リンは家族で近くの神社に初詣に来ていた。三貴子神社ほどではないが、地元では有名なため参道は人の列でごった返している。

 リンと母親は列に並び、父親がお札と破魔矢を買ってくる役割。父親は背が高くすぐにわかった。


「もうすぐ順番ね」


 これリンちゃんの分、と小銭を手袋に包まれた手の上にのせてくれる。

 ぎゅっと握りしめて賽銭箱に入れ、二礼二拍手。




「(――三人、仲良くなれますように)」







 親族の集まり。信晴、瑞樹、そして葵は大人たちに囲まれて新年の宴会に参加する。

 序列順に席が決まっており、上座方に倉橋家の葵、真ん中程に土御門家の瑞樹、そして下座に安倍家の信晴。それが今回は信晴のもとに多くの大人たちが寄って来た。

 目当ての話は十二天将の話。けれど注目を浴びて緊張した信晴は思う様に話せず固まってしまう。朱雀を見せてほしいという言葉にもどうすればいいか分からなかった。特に朱雀は呼ばなくても出てくるし、勝手にそばを離れることもある。

 両親が何とかとりなしてお酒を注いでいく。お酒が入ると大人たちだけで盛り上がる。

 ほっと息をついた信晴は葵が席を立つところを見た。


「葵くん」


 思わず追いかけてその背に声をかける。葵は静かな廊下にぽつんと一人、たたずんでいた。


「なんや」


「あ、あけましておめでとう」


「……おめでとーさん、そんだけか?」


 葵は背を向けたまま話を続ける。何か話さないとすぐにでもその場を離れてしまいそう。


「あ、さっき、大人の人に囲まれて、でも僕、何もできなくて……葵くんはすごいね、いつも大人の人と楽しそうに話してて」


「そら自慢か?」


「ち、ちがうよ! 尊敬してるんだ。僕は話しかけられても、緊張して話せないから……」


「それってただ逃げてるだけちゃうん」


「……そう、だよね」


「うちはアンタが嫌いや」


 くるっと振り返る。その目は怒りの炎を宿してまっすぐ信晴を見つめる。


「いっつもうじうじおどおど、ヒーローでも現れて助けてくれるん待っとるん? 目の青い子がここに来ることはないねんで」


 指摘されてリンをヒーローのように見ていたことに気づく。いつも自分が言いたくても言えないことを面と向かって代弁してくれる。


「大人にはっきりもの言うことも出来ひんヤツがなにを感化されたか知らへんけど、同情ならのしつけて返したるで」


 口調は穏やかだが信晴を貶して挑発している。いつもの笑顔はない。完全に怒っている。

 一瞬怯む。けれどここで諦めるわけにはいかない。


「同情じゃない、このまま葵くんと仲たがいするのは嫌だから」


「仲たがいて、目も合わせられへん相手と仲良かったためしがないねんけど」


「でもこのままいがみ合うのは嫌なんだ、だから」




「うちの話が先や」




 気圧されるような視線に息をのむ。目を反らすわけにはいかない。

 声は出せないためこくりと頷いて肯定する。


「アンタはいつも逃げてばっかりいる。誰が酔っ払いと喋りたい思う? 子供だからまだ分からへんて棘のある言葉聞きたいと思うか? お前が言うたとおり楽し『そう』に見えはるだけで我慢してるんや」


「……ごめん」


「謝ったもらわんでもそれを選んだんはうちの勝手。まともに大人や同年代と喋ることを放棄してうじうじした人間にだけはなりとうなかっただけや」


「……」


「アンタはうちの反面教師や、嫌なことから逃げるんとこうなってまうんやなー言うお手本様。ほんま役立ってくれたわ」


「…………」


「なんか言いたいことあるか?」


 まだ仲良くしたいとほざくか、とでも言いたいような侮蔑する目。これが葵がずっと信晴に対して持っていた負の感情。これを受け止めなくては、友達になれない。


「……臆病な僕が嫌いなのは分かった。それは自分でも、直そうと努力してる」


 それこそリンちゃんや葵くんをお手本にして、と言いたかったがその言葉は飲み込む。対等な関係を築くには言わなくていい。


「だから僕たちと、友達になって欲しい」


 真剣に葵の目を見返す。宴会の声が遠く聞こえる。

 しばらく見合っていたが、先に目を反らしたのは葵だった。


「じゃあ友達になったとして、うちが『朱雀くれ』言うたらくれるん?」


「……それ、は、出来ない」


「なんで?」


「……それは友達じゃない」


「じゃあ友達ってなんや?」




「――言いたいことを言い合える相手、かな」




 自分が劣っていると信晴はいつも考えてしまう。リンは勇気をもって何事にも挑戦していく勇気を持っている。葵は陰陽術も巧みで人を惹きつける才能がある。

 その点自分はどうか、何を持っているのか。どうしても比べて落ち込んでしまう。けれどリンはそんな信晴を見捨てなかった。一緒にいてくれた。だからこそ自分のダメな部分を直したい。眩しいくらい輝いてる、二人と対等になりたい。


「朱雀のことどう思う?」


「どうって」


「うじうじくんが使役するに値すると思うか?」


「それは……頑張る、ってしか言えないかな」


 根に持たれてる、と感じてすでにおろおろしてしまう。ダメな部分を直そうと思うもすぐに気持ちの切り替えは出来なかった。

 その様子にハッと鼻で笑う。


「うちは値する思うけどな」


「……え、それって」


「軟弱信晴には強い式神がいーひんと大変やろ」


「じゃあ、許してくれる?」


「許すってなに? 別に怒ってないで」


 信晴に対して怒ってはいない。仲間外れにされて拗ねていた、という感情が正しい。

 その気持ちと向き合えたのはつい最近。


「じゃあお祭りの準備一緒にやろう!」


「祭りの準備?」


 頭沸いてんちゃうか、とひどいことを言う。けれど学校でも見られない、ふざけて笑った年相応の笑顔だった。

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