仲間外れ

 最初に目があったと感じたのは五歳の時。

 親戚に同い年の子がいると知った。葵の周りは大人ばかりで子供がいない。同年代の友達が出来るかもしれないと期待した。

 親族集まりで背の低い子を見つけた。目があった――と思ったら、まるで何も見ていない様に下を向いてしまう。

 それからずっと見つめていたが、その子は顔を上げることはなかった。

 暗いヤツ、それが信晴への第一印象。




 肌寒い朝、鳥居の前で足が止まる。

 何度も来訪を重ねるも、初日以外に月代と会えていない葵。もう通うのは辞めようと何度も思う。けれども朝が来ると、自然と足が向いてしまう。もう11月に差し掛かり、息は白くなって空に溶ける。

 式神の授業で使役したカラスのスミ。よくリンと信晴の監視をさせていた。今も三貴子神社を一周させ二人がいないことを確認する。

 学校ではのらりくらりとかわせるが、クラスメイトがいないとことでは会いたくない。見張りのスミがいないと神社にも入れなくなってきた。どんどん悪化しているのか、今では鳥居に拒まれている気がして一歩が出ない。


「おっはようにいちゃん!」


 どすんと背中に重い衝撃。参道で思いっきりこけてしまった。幸い擦り傷はないが殺意がわく。


「なにしてくれはるねん」


 グッと体に力を入れて背中に居座る美波を振り払う。

 うわ、と声を上げて転がるも無視を決め込み付着した土を払った。


「なにすんのさ!」


「それはこっちの台詞や、この神社は客人をどつくのが常識なんか?」


「ずっと鳥居の前にいられても、敷地に入ってこなきゃお客様じゃないし他の人のメーワクなだけだよ!」


 思いがけない正論に虚をつかれた顔をする。ずっとと言うことはここに来た時から見られていたのかと思い当たる。

 ため息をついて無視し参道を歩く。分かれ道で左に折れ、月詠社に賽銭を入れて二礼二拍手、祝詞を呟き一礼。社の中には入らず踵を返す。歓迎されてないことは分かり切っている。


「毎日来てるよね、なんか悩んでるの?」


 後をつけられていたのは分かっていた。それでも一定の距離は保っていると思ったため、思いがけず距離感が近すぎてぶつかりそうになる。


「暇なん?」


「うん、今日は早く目が覚めた!」


 学校に行く準備も終わってー、朝ごはん待っててーと聞いていないことをベラベラ話す。能天気で悩みのなさそうな会話に無性に腹が立つ。


「あんさんは悩みないんか?」


「あるよ!」


 つまらない話題を変えたくて思わず口をついた言葉。それにすかさず反応されて、先ほどとは打って変わり怒った口調で話し出す。


「今日国語のテストがあるけど勉強してない! ヤバイ!」


「……早起きしたんやから勉強したらええんちゃう?」


 えー今から、と何故かブーイングが起こる。真っ当なことを聞きたいわけではないらしい。


「しょうもない悩みやな」


「んーまだあるよ。私だけ『二文字』なこと!」


 聞いて聞いてと更に悩みを打ち明ける。けれど短縮しすぎて今度は難解になり頭をひねる。


「何が『二文字』?」


「おにぃが『光』でおねぇが『灯』、なのに私は『美波』で『二文字』!」


 それに皆読み方三文字なのに『光』と『灯』は殆ど意味は同じだけど、『美波』はなんか違うし……とぶつぶつ唇を尖らせる。


「それが嫌なん?」




「うん……だってなんだか私だけ仲間外れみたい」




 その言葉は葵の気持ちを表現しているようだった。

 あの日、テマリから得た情報と自分が朱雀と会って話したことにより、二人より多くのヒントを得ていた。それで『晴明神社に三人で行く』という答えにたどり着き、二人にも教えてやろうと思った。けれど実際は逆だった。

 葵よりも少ないヒントから、葵よりも多くの思考を巡らせて答えのその先、真相にまで信晴はたどり着いていた。最初は真逆のはずだった。ビビりで何もできない信晴と家柄もないリン。

 二人は劣等生で、自分は優等生。それがいつからか――二人が組んだからか――葵が仲間外れになっていた。

 お腹の奥に燻っていた黒い怒りの炎が鎮火されたよう。『仲間外れ』。それがリンと信晴に感じていた自分の劣等感。うちの敵ではない、はずだったのに――苦い笑いがこみ上げる。


「それで、どうするん?」


「どうしようもないよー、ずっとこの名前だったし、皆に理不尽だっていっても『そんなことない、良い名前だ』ってしか言わないし」


「皆嫌いにならん?」


「最初気づいた時は嫌だったけど、言ったら皆励ましてくれて私の名前は二文字だけど字画も完璧な良い名前だって思えるようになったよ!」


 でも二文字なの気になるけどね! と言いながら笑ってる。堂々巡りになっているが本人は気づいていない。


「そんなん悩みちゃうやん」


「本人が悩んでたらそれは立派な悩みだよ! ……そういえば兄ちゃんの悩みってなに?」


 言うだけいってすっきりしたのだろう。矛先が葵に向き、何も知らない澄んだ瞳で覗き込む。


「……阿呆には分からんやろ」


 視線を反らしてあざ笑う。一瞬、言ってしまおうかと思った。けれどそれは今ではない。美波に言うべきことでもない。

 参道を戻っていく。鳥居をくぐる前の憂鬱な気持ちはさざ波にさらわれたように消えてしまった。


「アホじゃないよ!」


「国語が出来ひんヤツは阿呆言われてもしょうがないやろ」


「できるよ! 点数が悪いだけだもん!」


「これほど頭の悪い会話は初めてや、道化どうけって知っとるか?」


 煽れば煽るほど面白く怒る。それが本心でないのは二人が隠しようのない笑顔をしているから。


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