祭の準備

「そ、それって……どういうことですか」


 最初に声を発したのは信晴だった。今にも倒れそうなほど白い顔で月代を見つめる。


『あの者は悪意の塊、憎悪の化身、憎しみ、恨み……悪い感情を全て煮詰めた魂を持つ者』


「なに、それ……」


 月代の言っていることが理解できない。葵のことは嫌いだが、そこまで酷い言い方をリンはしたことがない。

 聞かなきゃよかった、と信晴も少し後悔している。


「朝一番に来てくれたけど、月代様に追い返されてしまって」


 灯も居心地が悪そうに目を伏せる。

 あの時すれ違った葵を思い出す。態度が悪いのはリンたちがいたからではなく、今の様な言葉を面と向かい月代に言われてしまからだと気づいた。


『アレに私を助けてくれた善意は欠片もない』


 表情はうかがえないが、声にいら立ちがこもっている気がした。

 灯に助けを乞う目を向けても首を横に振る。どうしようもないらしい。


『そなたたちに頼みがあるのだが』


「……頼み、ですか?」


 葵のことは一切気にしていない、むしろいない者として扱っているよう。早くここから出たいと思うが、神使をむげには出来ない。


『【三夜さんやさま】という祭りがある。その準備を手伝ってくれないか』








 重い足取りで月詠社から出てくる三人。

 葵を呼んだのは灯だからか、表情が少し曇っている。


「おかしいよ……こんなの」


 ぽつり、と信晴は呟いて足を止める。それは月代を前にして出なかった本音。


「僕たちにはあんなに優しかったのに、葵くんにだけ酷い」


 神使は神の使い。月代の先ほどの言葉は神使になる前のただのお礼。人より数倍も位の高いところにいる神使に、今の言葉をいうことは出来ない。千年も前からいる崇高な神使直々の頼みを断ることが出来なかった。


「ずいぶん葵の肩を持つね」


「そ、そうかな?」


「何か理由でもあるの?」


 リンはやけにやる気のある信晴が気になっていた。いつもは自分から話しかけたりしないのに、葵のこととなるといの一番で質問もしている。


「それは、リンちゃんのおかげだよ」


「私?」


「リンちゃんはいつも堂々としてて、周りから笑われてる僕みたいなのにも平気で話しかけてくれるから……」


「そうかな」


「そうだよ! あの時僕すごく嬉しかった、だから――葵くんも、話しかけてもらったら嬉しいと思う」


『話したいと思ってる相手から話しかけてくれたら嬉しいだろ』入学式での父の言葉を思い出す。その言葉が根底にあったからこそ、信晴に話しかけた。その行動の意味を理解し、次の人のために行動する信晴。


「……葵はきらいだけど、あれは酷いと思う」


 信晴の顔がぱあっと明るくなる。同意見のリンがいて心強くなった。


「僕は、葵くんも一緒にお祭りの準備に参加してほしい」


「そうだけど……」


「葵くんの良いところを教えたら、気が変わるかも」


 良いところ、と言う言葉にリンは微妙な顔をする。それがあれば苦労しない、むしろ良いところが見えないから嫌われているのではないか。


「『月代様に頼まれてないからお祭りの準備が出来ない』っていうのはおかしいし、『私達が葵をお祭りの準備に誘って悪い』とも言われてないよね?」


「! 言われてみれば」


「そうと決まれば月代様と葵の仲直り計画をたてなきゃ!」


 リンはやる気が出てきた。三人は境内を歩いて社務所に向かう。

 中にいた美波はすぐに気づき、まるで自分の役目は終わったとばかりに笑顔で社務所から飛び出していった。


「そういえば『三夜さま』? っていつから始まるの?」


「1月23日」


 聞こえた日付に耳を疑った。今はまだ九月。それも夏休みが開けたばかりの上旬。四か月もまだ時間がある。祭りの準備は規模にもよるが、早くて一か月前から、遅くても一週間から準備を始める。

 リンは大きなため息をついて社務所の椅子に座った。


「どんだけ先の話……」


「あら、月代様と葵くんの仲を取り持って、三人でお祭りの準備をしてもらうにはちょうどいい時間だと思うのだけれど」


 どうかしら、と言わんばかりの自信満々な顔にグッと何も言えなくなる。四か月と言えば長いようにも思うが、平日は学校がある。そのためこの神社に来られるのは土日のみ。


「僕、お正月は京都に帰らなきゃいけないんだけど……」


 おずおずと言いづらそうな信晴。言われてはっと気づいた。神社と言えば初詣。それを跨ぐことになる。


「忘れてた。お正月があるから12月から忙しいんだった」


「でも信晴が帰るんなら、葵も帰るよね? 灯の神社のことも考慮して……11月までの土日祝日ってことね」


 葵の予定もいれてみると、思ったよりも日数が減って来た。これは早めに灯から誘われて良かった。そう思っていると、灯と視線があいにこりと微笑まれる。

 心を読まれたようで居心地が悪い。


「……灯ってさ、もしかして今回のことも全部わかってやってる?」


「私は分からない。今回誘ったタイミングは全部教えられて伝えただけだから」


 前にも聞いたことがあるような応答。はぐらかされると分かっていても、気になってしょうがない。でもこれ以上聞いても『ツキヨミ様が教えてくれた』としか言わないだろう。

 月代よりも格上の、仕えるべき神様。今回も月詠から聞き、月代のことは予想外の反応。


「……灯の前世ってかぐや姫とか?」


「あれはフィクション、ただの物語よ」


 きっぱりと否定されてがっかりした。安倍晴明の生まれ変わりがいるのだから、他にも何かの生まれ変わりがいるかもしれないと思った。そううまくはいかないようだ。

 灯がお茶を入れ、遠慮なくいただく。信晴がかぐや姫のルーツを語りだし、感心して話を聞くリン。

 二人を見ながら、ここにあと一人いれば、と灯は物思いにふける。ツキヨミ様が言っていた『三人は一緒に居なければならない』。最初は駄目かと思っていたけれど、二人は葵と仲良くなる気がある。

 あとは葵さえ、きちんと心を開いてくれれば――。


「――よかった」


 灯の安堵のつぶやきは、誰にも聞かれず風に流れた。

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