月代
「光は帰って」
着くや否や、本から目を離さずに言い放つ灯。巫女装束を身に纏い、お守りや絵馬を売る店当番の様な事をしている。
光は苦笑しながら掃除に戻ると言って二人に手を振り去っていった。
「お兄さんに対して失礼じゃない」
妹の美波といい灯といい、光に対しての態度が悪い。
きょうだいが一人もいないリンはあんな兄が欲しかった、と灯を羨む。信晴もきょうだいはいないが親戚にあんなに優しい年上の人がいない。年上で構ってくれるのは瑞樹だが、兄でなく親戚と言う少し離れた立場でまだよかったと思っている。
「アレは常識の通じない宇宙人みたいなものだからいいの」
「宇宙人って……優しそうな人なのに」
「優しすぎて人間じゃない。神聖なマリア像とか崇高な仏像とか、徳の高いお地蔵さまが人の皮を被って歩いているようなもの」
むしろ宇宙人の方がマシとまで言い放つ灯。凄い人物だと言いたいのは分かる、だがやはり意味が分からない。ただ光を嫌って言っているようではないのは伝わった。
「美波」
「なに?」
名前を呼ぶだけで二人の後ろから声がした。ビックリして左右に避ける。
何をそんなに驚いているんだと言わん顔で立っていた。
「い、いつからいたの?」
「さっき、何となく呼ばれると思って」
「なんとなく?」
「うーん……友達が来たから、代わった方がいい? みたいな?」
自分でもよく分からないのか、首を傾げつつ思ったことを口にする。その言葉は灯を見ながらで、店番を交代しようかと問いかけている。大丈夫かと灯を見ると本を閉じて立ち上がった。
「交代」
「ラジャー!」
灯の座っていた椅子に座り左右に身体を揺らして鼻歌をうたう。それが普通と言わんばかりに灯は社務所を出る。
「大丈夫なの?」
「あの子は変な直感がよく当たる。呼んでもないのに社務所に来たり、お客さんの購入金額を当てたり……」
あの子も宇宙人ね、と面白そうに微笑む。自分も宇宙人と思われているとはつゆ程にも思っていないようだ。
おかしなきょうだいだ、と二人は顔を見合せて笑った。
「ここはツキヨミ様の分社。あまり人は入らないところよ」
灯は月詠の社の中に入り案内する。
神社に入り慣れていないリンはワクワクした。たまに神社に行くも、お祓いや祈祷を受けたことがないため社内がどうなっているのか知らなかった。
金色に光る装飾品や赤白の垂れ幕、紙垂が天井からつり下がる。部屋の真ん中には本尊の月詠の掛け軸と像が鎮座していた。
「すごい、神社の中ってこうなってるんだ」
「他二つも似たようなもの」
「そういえばなんでツキヨミっていうの? ツクヨミじゃないの?」
「
博識な信晴が聞くとその通りと肯定した。けれど後世になり、
「私がそう呼びたいから……ちょっと座って」
座布団を三枚出す。
リンと信晴は並んで座る。その前に座る灯は月詠像と対面する。深くお辞儀をしてすらすらと祝詞を唱え始めた。けれどそれは略式で、来てください、くらいの意味しかもたない。
『連れてきたか』
声が聞こえて振り返ると、思わず正座を崩してしまうほど大きく白いウサギ。ひくひくと忙しなく鼻が動き、ルビーの様な赤い目。
「はい。こちらが安倍信晴、リノット・リンの二名です」
灯は深く頭を上げた。
赤い目を眇めて二人をじっと見つめる。
『確かに、晴明だ』
「!」
「安倍晴明を、知っているのですか」
『会ったことがある』
さらに驚く二人。安倍晴明が生きていたのは千年も昔の話。この大きなウサギは千年も前から存在していると言うことになる。
『私はこの神社の神使、
月代が神使になるための修行をしていた。
疲れて森の中で休憩をしている時、安倍晴明に会った。人間に見られてはまずいと思ったが、安倍晴明は気にする風もない。月代に気づいていながら視線を反らし、水とおにぎりをその場において去っていった。
『あの時のお礼を言いたかった。おかげで私は修行を耐えることが出来た』
ありがとう、と感謝の言葉を述べられ困惑する。二人に安倍晴明の記憶はない。当時のことを語られても、思い出すことは出来なかった。
「えっと……すみません、覚えていなくて」
「ごめんなさい」
『気にしなくていい、私が直接会って礼を言いたかっただけだ』
「月代様はその時頂いたおにぎりを気に入って、そればかり食べるからこんなに白く丸々とふくよかなオニギリ体型になってしまったのよ」
「え……すみません?」
「それって私たちのせい?」
あの時おにぎりを渡さなければこんなに太っていなかった。灯の言葉はまるで二人のせいで月代が太ったと言わんばかり。覚えていないけれど助けてあげたのにこの言われようはなんなのだろうか。
『お前たちのせいではない、おいしい白米が悪いんだ』
特に東北の米は美味い、と何度も頷く。
後で灯から聞いたが、月代は奉納されるお米も月詠にねだってねだって三割はつまみ食いしてもいいことになっている。最初は一割だったがそれでも足りず、徐々に徐々に、数百年かけて割合を増やしているらしい。恐ろしい食い意地だ。
「月代様に仕えているせいで私のウツギもご飯大好きウサギになってしまって……」
それ以降の言葉はなく、じっと二人を見つめる。
目を合わせない様に頑張るも、見られているという状況がとでも居づらくなり、リンは咄嗟に思いついたことを話題にする。
「そ、そうだ! 葵は? 私たち2人だけじゃなくて、魂は3分割されたから葵もそのうちの1人なんだけど」
どうせだったら道連れにしてしまおう、と言う安直な考え。リンは良いことを考えついたと思ったが、月代の目が剣を帯びる。
『あの者は駄目だ』
まるで葵は安倍晴明ではないというように、きっぱりと言い捨てた。
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