三兄妹

三貴子神社さんきしじんじゃ?」


 大きな赤い鳥居の真ん中に書かれていた。東京都内の比較的駅に近いところに鎮座している。乱立するビルの合間に茂る森。それがこの神社で灯の家。


「……すごいところだね」


 信晴は委縮してしまっている。

 鳥居をくぐると参道は三つに別れていた。向かって真ん中が天照大神、右側がスサノオ、左側が月詠。3つの社にそれぞれ小さい鳥居。

 普通の神社とは違い三柱の神様を祀っているため、構造が少し不思議に出来ている。けれど信晴が委縮しているのはそれだけではない。境内に入ってから、とても強い神聖な気が充満しているからだ。酸素の濃度が高いような、身体が軽く感じて月にでもいるような気分。


「葵くん、もう来てるかな」


 信晴はきょろきょろと辺りを見回す。敷地には参拝客がちらほらいる。ほぼ年配の方ですれ違うと会釈をしてくれた。おそらく地元の人か常連なのだろう。二人は珍しそうに見られた。


「……かもね」


 参拝客からふっと目を反らす。

 灯に誘われた日、信晴は葵も誘おうと言い出した。けれど二人の内どちらが葵に近づこうとしてもクラスメイトから白い目で見られる。リンですら挨拶を躊躇うほどだった。

 その様子を高みの見物と言わんばかりにニヤニヤ見ている葵。こんな奴と一部でも魂が同じなんて、と怒りが湧き上がる。ユメが怒っちゃ嫌だと肩に乗って頬を舐めてくれた。


「おはようございます。灯のお友達ですか?」


 白衣に茶色い袴をはいたひょろ長い青年。手には箒を持っており、近くを掃除していたのがうかがえる。メガネ越しにこりと二人に笑いかける。


「私は――」


「おにー!」


 横から突進してきた子に体勢を崩して倒れる。呆気に取られ、すぐに助け起こすことが出来なかった。ユメはびっくりして姿を消す。


「おにぃ、ひ弱だな!」


「いたた、境内で走ったら危ないだろう」


「いーじゃん広いし朝なら誰もいないし」


 はあ、と大きなため息をついて青年はリンたちを手で示す。子供はつられてそちらを向くと、今気づいた、と言わんばかりに目を見開いて驚く。


「おわ、若い人が二人も!?」


 素早く立ち上がり、まるで野生の動物と会ったかのようにのけ反る。この中で誰が一番若いと思ってるんだ、と三人とも背の小さい女の子に注目した。

 髪が短いけれど、愛嬌のあるくりっとした瞳ときゅっと上がった口角。後ろ姿は男の子っぽいが、顔を見たら女の子だと誰でも気づく。よほど外で遊ぶのが好きなのか、肌はこんがり小麦色に焼けている。


「美波、この子達は灯のお友達だよ」


 ぱんぱんと袴についた土を払いながら立ち上がる青年。

 掃いていたゴミも散らばってしまった。しょんぼりとした顔で地面を見つめる。


「おねぇ友達いたんだ!?」


 大きな声で再度驚く。今度は嬉しそうに目をキラキラ輝かせている。その視線は二人に向けられ、少し居心地が悪い。貸しを返しに来たのだが、その関係を友達と言っていいのだろうか。


「アタシは美波みなみ! おねぇと末永くお幸せに!」


「それは結婚式の言葉……っと、私は自己紹介もまだでしたね」


 青年は居住まいを正して二人に向き直る。二人のやり取りをぼーっと見ているだけだったため、はっと我に返った。


「私は灯の兄のひかりと言います」


「リンっていいます」


「……信晴です」


 背の高い光に委縮してぼそぼそと言葉を発する。それに気づき腰を折って同じ目線に立つ。


「あの」


 二人の間に割り込む様にずいっと一歩踏み込む。悪い人には見えないが、リンは少し気になった。


「どうして私たちが灯の友達だって分かったんですか?」


 最初に尋ねてきたけれど、二人は答えていない。けれど妹の美波にいう時、友達だと断言した。それがおかしいことだと信晴も気づいている。

 灯の兄妹はきょとんとした顔をして顔を見合せた。


「おねぇの友達なのに知らないの?」


「灯は少し特殊な子で、不思議なことをいう子……だよね?」


 確認するように問われ若干戸惑う。家族のことを不思議な子、というのはどうかと思うが、二人は無言で頷いてしまった。その様子に光は苦笑する。


「気にしないで、私達でさえ不思議だと思ってるから」


「おねぇは宇宙人うちゅーじん交信こーしんしてるんだよ! 雑誌で読んだ!」


 そんなこと言っちゃダメでしょう、と優しくたしなめる光。ちゃんと聞いているのかいないのか、間延びした返事をしてどこかへ走っていってしまった。

 光はその後ろ姿を見送ると二人に向き直る。


「ごめんね、灯のところに行こうか」


「掃除は大丈夫ですか?」


「また後でやるから大丈夫だよ」


 そういって箒を近くの木に立てかける。

 光が先頭に立って社務所まで歩いていると、前方から歩いてくる人影。大股に早歩きをして、早く去りたいとでも言うような――葵だ。


「もう帰るのかな?」


 葵とすでに面識があったらしい。光の問いかけに無言で深くお辞儀をした。顔を上げて二人と目が合うもすぐに視線を反らしてまっすぐ鳥居を目指す。


「具合でも悪くなっちゃったのかな」


「あ、葵くんのこと、知ってるんですか?」


「ううん『男の子が1人きて、次に女の子と男の子の二人来るから案内してきて』って灯に言われてたから」


 朝早くにきて、今のリンたちのように光に案内をしてもらったのだろう。いつ来たのかは分からないが今は10時過ぎ。彼が灯に誘われただけでここに来たということが想像できなかった。


「じゃあ行こうか」


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