4章

明地 灯

 夏休みが明ける。

 リンは京都から帰ってから何とか宿題を終わらせることができた。

 あの後安倍晴明のことを朱雀に聞いたら


『三人そろったときに言う』


 いつもふざけ調子のおしゃべりだけど、この時ばかりは真剣だった。それ以外で出てくるときは饒舌に喋りまくる。あれはなんだ、これはどうなってる、昔はこうだった、わいたちは……etc。1分に1回口を開かないと死んじゃうのかと疑った。

 一週間もおはようからおやすみまで喋りっぱなしだと、流石に話題が無くなってくるのかたまにしか出てこなくなる。それでも怒涛の様なお喋りにリンは耐えられる気がしない。

信晴はあまり喋らないし、黙っていたら悪い方に思考が向いてしまうため良いコンビのように見える。

 わだかまりを残したまま、夏休みは遊び惚けてすごした。




「おはよー」


「お、おはよう……」


 始業式前、久しぶりの登校で声をかけた信晴は入学したてのように反応が悪い。どうしてだろう、と考えるよりも先にクラスの空気を感じ取った。

 室内のいたるところから嫌な目で見られている。まるでカンニングをした人を非難するような、そんな目つきだ。


「何があったの?」


 信晴本人には聞けない。なのでこそこそと陸に尋ねると、困った顔で教えてくれた。


「アイツが葵に手伝ってもらって十二天将を式神にしたって」


「まあ合ってるけど、それでどうしてこんな針の筵になってるの?」


「それが……」


 どう説明したらいいか、陸は悩んだ。なるべく傷つかないように言葉を選んで伝えようとした。

 けれどクラスの空気は陸を待ってはくれない。


――どうせ葵君にほとんどやらせたくせに


――厚かましい


――本当は葵君の式神だったのに


 聞こえてくるヒソヒソと囁くにしては大きい声。本人に直接いうのではなく、間接的に聞こえるように言っている。とてもたちが悪く、自分達が正しいと言わんばかり。

 当の本人も、聞こえてもじっと俯いて自分の席に座っているだけ。反論しない。直接言ってこないから反論のしようもない。


「葵は良かったの?」


 仲の良いクラスメイトが声をかける。瞬間、ぴたりと周りの声も静まった。

 皆の視線は一点に集中される。


「その場におっただけやさかい気にしてへんで」


 にこりと笑って答える。

 さすが葵君、とクラスのみんなは何も言わないながらも持ち上げる。しかし夏休み前とは違い言葉数の少ない葵。それは信晴に式神を譲ってしまったせい。本当は使役したかったのに、信晴が一体も式神を使役していないから。親戚だから融通してあげたんだとクラスメイトは考えを巡らせた。

 そして信晴はやっぱりダメなヤツ、という冷めた目にさらされる。


「間違ってない、間違ってはないけど……!」


 言い方と言うか周りの目が節穴だからと言うか……。なんで葵が持ち上げられて信晴が貶されるのか。違う! とクラスの中心で大声を上げたい。けれど何とか飲み込む。

 その様子を横で見ていた陸は何かあったんだなと察する。最初は信晴をダメな奴として見ていた陸だが、今では考えを改めた。そのためこの噂を聞いても真実ではないと気づいている。それは後ろについている二人の親友も同じ。

 慰めの言葉を掛けようかと迷っていると、HRを告げるチャイムが鳴った。




「葵君に返しなよ」


 始業式が終わり、午前中に下校となった。図書館に寄ろうとしたところ、リンは見てしまった。廊下の突き当り、化学準備室前でクラスメイト女子三人が信晴に詰め寄っているところを。


「何か言いなさいよ!」


「葵君に悪いと思わないの!?」


「返してあげた方がいいと思うんだけど」


 この三人は葵の傍によくいる。今朝も信晴を見ながらひそひそと話していた代表格だ。

 リンがいない隙に締め上げようとしているのだろう。依ってたかって卑怯だ。


「ちょっと!」


 声をかけて詰め寄っていくリン。

 気づいた三人はヤバイ、と一瞬顔に出る。けれど怯まずに相対した。


「なに?」


「どっかいってなさいよ」


「リンちゃんは関係ないよね……」


「だったらあんた達だって関係ないでしょ!」


「私たちは葵君の代わりに教えてあげてるの」


「葵君は優しいから式神を譲ってあげたのよ」


「でも十二天将を譲ってもらうのは、ちょっと……」


「そもそも葵の思い通りに動きすぎ! あっちの方がおかしいでしょ」


 葵君を呼び捨て? と眉がつり上がる。

 どうして話を聞いてくれないのか理解出来ない。特に葵が『優しいから』十二天将を譲ったというのを盲目的に信じる所があり得ない。一条戻り橋にタイムスリップしてこの三人に京都であったことを見せてあげたいくらいだ。


「そんなこと――」


 どうでもいいでしょ、と言いかけて止まる。その瞬間がらりと化学準備室の扉が開いたからだ。

 扉を背にしていた三人と信晴はびくりと驚く。




「誰が使役しても同じ」




 中から出てきたのは同じクラスの明地みょうじ あかり

 彼女は二人が落ちこぼれコンビと言われていても何も反応しなかった人物。何を考えているのか、何を見ているのか、全てがミステリアスな美少女。そんな共通の認識がクラス内にある。


「な、なにそれ」


「誰が使役しても同じってどういうことよ」


「じゃあ、葵君が持っててもいいんじゃない?」


「三人で一つ。勾玉が三つで巴が一つでしょ」


 しんと廊下が静まり返る。彼女の声は小さいが透き通っていてよく響く。

 この場にいる全員、はっきりと聞こえた。しかし言葉の意味が分かるものは一人もいなかった。


「例えば太陽系の第三惑星は地球でしょ」


 まるで陰陽師と言えば安倍晴明でしょと言わんばかり。先ほどの話とどう繋がっているのか、当たり前のように訳の分からないことを平然と、どこを見ているのかもわからない無表情で話してくる。

 不気味な恐怖を感じた三人は一歩後ずさって距離を取る。


「……?」


 灯は怯んだ目で見てくる三人の心理が分からない。

 一生懸命説明しているのだが、それが裏目に出てしまっていることに気づくことが出来ない。


「ウツギ」


 ふっと小さな白いうさぎが灯の足元に現れる。初日の授業で使役した式神だ。


「田中先生呼んできて」


 ぴくっと耳が反応し、ピョンピョンと軽やかに跳ねていく。行き先が職員室だと気づいた三人は慌てて逃げる。


「あんた気味悪い!」


 そう捨て台詞を残して消えた。大丈夫かと思いちらりと表情を伺うも変わりない。


「本当に呼びに行ったの?」


「そう言えばあの子たちは逃げるから」


 分かっててあえて芝居をした、と言うことだろう。とにかく助かった、ほっと胸をなでおろす。


「助けてくれてありがとう」


「ぼ、僕のせいでゴメン……」


「そろそろ帰る予定だったから」


 準備室に戻って1枚のプリントを取ってくる。それは何かと聞いてみると、終業式の日に忘れた宿題の1部とのこと。

 夏休みの宿題の提出は明日、それまでにプリントをやらなければならない。それにこんな場面にまで直面してしまい、不運な子だな、とリンは哀れんだ。


「今日はとっても運がいいわ」


「え」


「あなた達に貸しが出来た」


「ええ!?」


 ふふ、と初めて見る微笑に笑うと可愛いな、なんて場違いなことを考える。けれど灯がそのようなことをいう子には思えなくて戸惑う。


「月代様があなた達に会いたがっている」


「ツキシロ様?」


「うちの神社の神使」


「な、なんで神使が僕たちなんかに?」


 名前を聞くのも初めての神使。おそらく行ったことはない。会ったこともない。にもかかわらずこちらのことを知っている。どういうことなのか。

 二人のいぶかしい視線などものともせず、質問は流された。


「彼も誘ったから」


「……彼?」


「倉橋 葵くん」


 驚いて目を丸くすると、ふふ、と小さく笑う灯。

 まるで悪戯が成功したような、少し悪戯っぽい笑い方だ。


「なんでアイツも?」


「言ったでしょ、あなた達は三人で一つだって」


「……灯ちゃん、もしかして知ってる?」


 なにを、とまではいわない。それを信晴は必死で隠している。


「私は私の信じるものに言われた通りに話しているだけ」


「それが月代様?」


「いいえ――ツキヨミ様よ」


それだけ伝えると灯はプリントを鞄に入れて去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る