式神・朱雀

 どういうこと、とリンは言おうと思った。けれど思った以上に驚き、口が動かない。頭が必死に考えようと思っても衝撃が強すぎて真っ白になる。


「朱雀が言ってた『探してるといえば探してる』は僕ら三人がバラバラだから、『一人連れてくれば』は葵くんのこと、そして探してる人が安倍晴明の生まれ変わりかの質問に『そうともいえるし違うともいえる』は三人のうちの一人だから曖昧だった」


 信晴の仮説は聞けば聞くほど納得できる。あの何の意味もないようなナゾナゾからここまで答えを導き出せるなんて、頭が良いとしか言えない。

 けれどリンは理解したくない。


「待って、それって……私も入ってるの?」


 リンにはそこが重要だった。信晴たちより安倍晴明に関心はそれほどない。昔のすごい陰陽師、位にしか思っていない。それにリンは異国の血が混じっている。自分が安倍晴明の生まれ変わりの一部、なんて聞いてもすぐに理解できない。


「前にも言ったけど、輪廻転生は魂が生まれ変わるから身体っていう器はあまり関係がない。それに朱雀の最初の一声は『オマケで70点』、あの時いたのは僕とリンちゃんでしょ」


「でも、三分の二なら66点じゃない?」


100を3で割ったらそうなる。本当は割り切れないが、それも信晴は推理済みだった。


「それは本当にオマケか、葵くんがテマリを通して視てたからだと思う」


 その場にいないけれどいるようなもの。正解ではないけれどオマケの端数埋め合わせ。パズルのピースが嵌るように、信晴の話はつじつまが合う。


「だから僕たち『三人が晴明神社に行くこと』が正解なんだ」




『ぴんぽんぴんぽーん、正解やでぇ』




 ばさばさと両羽を打って拍手の真似をする。


「なんでここに」


『懐かしゅうてなぁ、昔はよくここにおったんや』


「神社から出られるの?」


『普通に出られるで』


 待ってるというから出られないものと思った。

 朱雀は三人を見て目を細める。


『懐かしいなぁ』


 遠くを見るように思い出に浸る。けれど三人に安倍晴明の記憶はない。


『見事な推理、まるで聖徳太子やな』


「あ、ありがとうございます」


 褒められ慣れていない信晴は照れる。それも式神にしたい十二天将から褒められたとなればとても嬉しい。


「私、安倍晴明に似てる?」


 聞き方が口裂け女みたいになってしまったが、それくらい気になる。リンは安倍晴明をほとんど知らない。名前を初めて知った時もなんとも思わなかった。二人のように大のファンと言うわけでもない。特に性別も違う。恐らく似てても似てなくても多少ショックを受ける。


『魂を三つに分けてるんやから似てるも似てないもあらへん、似てる部分を持ってる言うことや』


「あの、この場合って誰の式神になるんですか?」


 信晴はおずおずと手を挙げて聞いてみる。その質問はリンも凄く気になっていた。


『出来れば三人の、と言いたいが無理やろな』


「私はユメがいるからパス」


『ぱす? なんやそれ』


「いらないってこと」


『おま、十二天将に向こうてよー言うわ』


 けたけたと笑って羽根で目元の涙をふく。もとから十二天将が自分の式神になるなんて考えていなかった。信晴のものにする、という考えがあり、手伝いをしに来たとしか考えてないからだ。


『それじゃどっちかの式神っちゅーことになるねんけど』


「……」


「えっと……」


 リンを抜かした二人、特に信晴は気まずそうに葵を見る。葵は信晴の方を見もしない。そもそも信晴に目的を当てられてから人形のように一度も口を開いていない。その表情に笑みもなく、ただ眼前で起こることを見ているだけ。


「僕、葵くんと違って式神いないし……」


「……」


「十二天将に憧れてるのは分かるけど、僕もすごく好きで……」


「……いらん」


「できれば僕の……え」


 葵の方を向き『どれだけ十二天将を式神にしたいか』アピールしていた信晴。やっと葵が喋ったと思ったら、思いもよらない言葉。


『……わいって人気ないんやのぉ』


 しょんぼりと首がさがる朱雀。三人の内二人にフラれて傷ついている。毎年何人も呼び出そうとするから引く手あまたかと図に乗っていた。

 ぽんぽん、とその背を軽く撫でて慰めるリン。


「葵くん、どうして?」


「そんな古臭いもんいらん」


『古臭いて……』


 さらにぐさりと胸に包丁を入れられたように言葉が刺さる。そんなことに構わず、葵は帰ろうとする。


「待って」


「……」


 信晴の呼び止めに足を止める。けれど振り向こうとはしない。


「あの、友達になることは、考えてくれるかな?」


「……考えとくわ」


 それだけ言って歩き出す。明確な答えではないけれど良かった、とリンは思った。

 テマリと目が合うと、悲しい顔をして首を横に振り、葵の後をついていく。信晴も眉を下げて葵が消えた方向を見ていた。


「ダメなの?」


「……前向きな答えは出なさそう」


「そういうものなんだ」


 少しだけがっかりした。それはリンの中に友達になりたいという気持ちがあったからだ。ちゃんと葵が信晴に謝って、仲直りしたら、3人一緒にいられる。


『じゃあわいは今日からお前さんの式神や、よろしゅうな』


「あの、これでいいんですか?」


『なにがや?』


「三人一緒じゃないのに、僕の式神になるって……」


『ああ、気にせんでええ。それにわいフラれてるし、難儀な性格やなぁ』


「葵くん、本心じゃないと思います」


『だから逃げるのはアリなんか?』


「それは……」


『わいの主が決まる瞬間、放棄したんはアイツや。庇う必要もあらへん』


 悪いのは葵だとキッパリ言い捨てる。そう言われるともう何も言えない。


『それともお前さんもわいを式神にするんは嫌か?』


「そんなことないです!」


『それならこれからよろしくな』


「よろしくお願いします」


『堅苦しいなぁ、敬語はなしや』


「あ、はい……頑張、る」


 ぎこちない返事の信晴を見て大笑いする朱雀。これで信晴にも式神が出来た。とても喜ばしいことだ。

 けれど心の奥の方で、リンは素直に喜べない自分がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る