テマリ

 女の子、テマリの探し人は見つかった。

 喜ばしいことだけれど、怒りの方が勝る。それは信晴の家に帰ってきても収まることはない。


「な~に~ア~イ~ツ~!!」


 リンはお土産用に買った金平糖をがりがりと食べた。怒りの矛先がこちらにこないかと信晴はびくびくする。けれどリンの怒りは共感できた。

 式神をただの小間使いとしてしか考えていない人もいる。それは年配に多く、同年代でその考え方を持っているなんてと驚いた。


「暑いからイライラするよね、今日はクーラーつけてゆっくりする?」


京都の観光は神社仏閣が多い。そうなるとどうしても暑い外で歩き回ることになる。連日探し人の為に汗を流していた。今日くらいは室内で冷たい麦茶を飲んで休んでもいいかもしれない、と信晴は提案する。


「暑さだけじゃない……あの葵ってやつ、クラスでへらへら笑ってる奴じゃん。あんなに性格悪いなんて思わなかった」


 リンと信晴はクラスでつまはじきにされている。ハッキリそうだとは言えないが、クラスの雰囲気はそのように物語っている。

 それに陸の時の遅刻。あれのせいで次の日から白い目で見られるようになった。逆に陸たちとは仲良くなれたものの、リンが式神を使役しても話しかけてくるのは陸たちくらいだった。


「……前に僕の家の家系のこと話したよね」


「ん? うん、安倍と土御門は親戚なんでしょ?」


「……実は他にもいて」


「え? どういうこと?」




「倉橋家も安倍晴明の子孫なんだ」




 ぽろりと金平糖を落としてしまうほど驚いた。それと同時にリンの頭が混乱する。


「え、待って、まだ分家? がいるってこと?」


「うん……それで、葵くんは倉橋家の長男なんだ」


 分家の倉橋家の長男……跡継ぎ……リンはぶつぶつと呟いて頭の中を整理する。落とした金平糖はユメが美味しくいただいた。


「分家の長男って偉いの?」


「うーん、実は安倍家も土御門家も、もう宗家がいないから、分家でも血筋がはっきりしてるっていうのはすごいこと……かな?」


 信晴も首を傾げる。今の時代家の位が高いとかあまり気にしない。けれど親族の集まりがある限り、どうしても年配の方は血筋を重んじる。


「じゃあ葵ってやつとも集まりで話したりした?」


「ううん、僕は隅の方でじっとしてるだけだから……葵くんは大人に混じって喋ったりしてるよ」


 同じ年なのにすごいよね、と尊敬するような目をする。信晴の集まりでの居場所のなさにいたたまれなさを感じた。


「じゃあすごいって周りからはやし立てられて天狗になってるんじゃない?」


「そんなことないよ、葵くんの力は強いよ……でも」


「でも?」


「もしかしたら十二天将を呼び出せるんじゃないかってくらい期待されてて……ダメだったんだ」


 ふーん、と興味なさそうな返事をするリン。あれを呼び出すことがそんなに大事なことなんだ、と朱雀を思い出しす。

 そして内心、勝手に期待されて勝手に失望された葵に少し同情した。大人はいつも色眼鏡で見ている。歳をとればとるほどそのメガネは分厚くなる。言葉じゃなくても、態度や表情で子供は気づく――失望されることが一番傷つくのに。


「じゃあ信晴が朱雀を呼び出せて苛立ってるんだ」


「……あのテマリって式神は僕が朱雀を呼び出す前からいたよね」


 言葉なく頷く。


「だとすると、なんで葵くんは僕を見張ってたんだろう?」


 難しそうに顔をしかめて首を傾げる。確かにそれは疑問だ、と同じく頭を働かせる。朱雀を呼び出してからなら、十二天将を呼び出せたからだと分かる。けれどその前から式神に見張らせる意味が分からない。


「……信晴が式神を使役したか気になったんじゃないの?」


「もう式神を使役してる葵くんが僕のことなんか気にするかなぁ」


「それもそうだね」


 信晴の疑問に同意する。少し傷ついた顔をしているが自分で言ったこと。

 それに葵は授業中にカラスを使役していた。テマリも使役していると言うことは2体も式神を持っているということだ。そんな秀才君がなぜ落ちこぼれを気にするのか、凡人が考えても理解できないだろう。


「じゃあ他に理由があったってこと?」


「……分からないけど、十二天将とは関係なく何かあるのかも」


「信晴のことをライバルと思ってるとか?」


「それはないよ、葵くんの方が上だから」


 まさか、と笑って否定する。そこまで自分を卑下するなんて、と思うが言えなかった。


「思いついた!」


「え、なに?」


 葵について何か閃いたのか、と期待する。にやりとあくどい笑みを浮かべる。


「今日は有名な縁切り神社に行く!」


 はあ、と思わずため息をついてしまった信晴。どんなことかと思えば今日行く観光名所のことだった。きっともう葵のことも考えていないだろう。いや、考えているけれど信晴の知りたいことではない。


「見てろ倉橋 葵! 進級したら別のクラスだ!!」


「出かける準備しようか」


 リンの意気込みを流して出かける用意をする。毎日楽しそうね、と信晴の母がニコニコ笑って着付けをしてくれた。友達と外に出かけることが嬉しいらしい。リンの着物のバリエーションは日ごとに増えていく。

 着替えをおえて門を出る。


「わ!」


 最初に門を開けた信晴が大きな声を上げる。どうしたのか、とリンも門の外を見ると、門の脇にテマリがうずくまっていた。


「わ、びっくりしたぁ」


『……』


「どうしてここに居るの?」


 声をかけても反応しない。


『大丈夫?』


 ユメも気にして鼻先を押し付ける。するとテマリは少しだけ顔を上げた。


『お願いがあるの』


「お願い?」


「どんなこと?」




『葵のこと、悪く思わないで欲しいの』




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