思い出の葵
「さっきのってどういう意味?」
信晴は家の中に入る許可をテマリに出した。本来は結界が張ってあるため、家の者の許可がないと入れない。座布団を出してテマリにも座ってもらい、早速問いただす。
『葵は友達がいないの』
いきなり本人が聞いたら怒りそうなことをぶっちゃけてきた。悪気はないのだろうけど、式神にそんなことを暴露される葵が不憫に思う。
「で、でもクラスだと人気者だよ」
「リーダー的存在だよね、私達には関係ないけど」
落ちこぼれ扱いされている二人にとって葵は遠い存在だった。田中先生にあてられてもハキハキと答える。テストも上位の成績だと噂で聞いた。
『クラスでは猫被ってるけど、二人の前でみせたのが本当の葵』
「それ性格悪いって言ってるよね?」
上っ面の友達とワイワイしている性根の腐った奴。葵に対してさらに悪いイメージが上塗りされていく。
『そうじゃないけど……あれ、そうなるのかな?』
リンの言葉に否定しようとするも言葉が出てこなかった。むしろテマリは自分の言ったことを疑い始めてしまう。
「ちょっと気になってたんだけど、テマリはどうして式神になったの?」
このまま話を進めてはいけない。そう思った信晴は話題を変えた。式神になるには幽霊や妖が『この人に仕えてもいい』と納得してなるものだ。テマリのひどい扱いを見た信晴はなんで式神になったのかずっと気になっていた。
『ここにいた時みたいに、私はいつの間にか倉橋家にいたんだ』
「それより前は覚えてない?」
『なにも。いつの間にかいて……倉橋家の人は見向きもしなかった』
通りすぎる人々。みんな談笑してテマリを無視する。見えているはずなのに、見ようとしない。結界が張ってあるから出ることもできない。
テマリは何をするでもなく、ぼーっと倉橋の建物や通りすぎる人々を見ているだけだった。
『そんな時ね、葵と目があったの』
思い出して頬が緩む。葵はじっとテマリを見つめていた。気づいて目があっても反らさない。興味をもっている気がする。
おそるおそる手を振ってみた。無視されたら嫌だな、という気持ちもあったけど、どうせ無視されるっていう諦めの気持ちもあった。
『そしたら葵は笑って手を振り返してくれた』
私の存在が認められたと思った。空気みたいにいないもの扱いされて辛かったけど、そのぶんすごく嬉しかった。
『でも大人の人に手を引っ張られていっちゃった。きっと説得されて無視される……悲しかった』
次の日やっぱり無視された。その次の日も、見かけて手を振っても無視された。
ああ、もうダメなんだ。あの子も私を無視するんだって世界が暗くなった気がした。
「堪忍な」
葵は私の目の前に立って謝った。
何が起こったのか分からなかった、夢なんじゃないかって。でも幽霊になってから夢なんて見たことがない。
「大人の人が目ぇ合わせるなって言うさかい」
私は首を横に振るだけで精いっぱいだった。嬉しすぎて、言葉が出てこなかった。
「うちが1人の時は遊ぼな、これ」
葵の手には両手のひらに収まる丸い瓶に色とりどりの金平糖。
「お詫びのお供え物。食べてや」
私が受け取ると笑ってすぐに去っていった。大人に見られたら怒られるから。危険を冒してまで会いに来てくれただけでも嬉しかった。金平糖はきれいで、もったいなくて一つ食べて後は眺めてた。
それからは葵が1人の時を見て手を振る。そしたら葵からも手を振り返してくれるし、大人の目を盗んで会いに来てくれるようになった。
『葵は凄く優しい子なんだ、だから私は式神になったの』
そう笑顔で締めくくる。葵とテマリの間にそんな物語があるとは知らなかった。リンはつい先ほどいら立ちながら金平糖を食べたことを後悔した。
「今の葵くんからは考えられないね」
『変わらないよ、大人の人や大勢の人の前では猫被ってる』
「でも私達には厳しくない?」
『それは……他の人たちと違うからじゃないかな?』
「他の人たちとは違う?」
「どこが?」
思わず質問攻めにしてしまう。しかしテマリも何故葵が二人に執着しているか分からなかった。
『あ、そういえば同じクラスの子と話してたことがある』
「なんて?」
『どうして3人一緒にいないのって聞かれてた、なんでかは分からないけど』
「3人?」
「……それって、僕たちとってこと?」
確かそうだったはず、と今度は頷いた。テマリが知っているのはそれくらいだ。
「3人一緒って、罰ゲーム的な?」
あはは、と笑ってジョークを言う。それほど三人が一緒にいることが考えられなかった。
『きっと葵は2人と仲良くなりたいんだよ』
嘘だ、とリンが嫌そうな顔をする。嫌いと言う感情はテマリの話を聞いて薄くなってきた。けれど苦手と言うことには変わりなかった。
「葵くんが、僕たちと友達になりたいの?」
『周りの人たちと明らかに態度が違うし、自分の言いたいこと言ってるし』
態度は目に見えて違う。だからと言って友達になりたいという雰囲気が葵にあるようには見えない。どちらかと言えば下に見ていて、邪険にしているように思う。
「聞いてみよう」
リンはしばらく悩んでから決心して言った。
「聞くって、葵くんに?」
「葵の思ってることなんて葵にしか分からないじゃん」
近くにいるテマリも知らないなら、聞くしかない。リンは立ち上がってすぐにでも出発しようとする。テマリもそれがいいと道案内をかってでる。
一方信晴は倉橋家にあまり行ったことがなく、そんなにうまくいくのかと不安がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます