下鴨神社
晴明神社の次はユメの行きたがっていた花見小路に行った。舞妓さんには会えなかったけど、近くで美味しいおばんざいを食べた。
その次はリンの伏見稲荷。金閣寺、銀閣寺、清水寺……人が多そうな観光地をいくつも巡った。大体の名所はバスが通っていて行きやすい。信晴いわく、それほど多くの観光客が来てくれるらしい。
「すごいね、夏休みの日記に困らない」
「僕もだよ」
観光は楽しいけれど、目当ての人物はなかなか見つからない。最初は楽しそうだった女の子も次第に意気消沈していく。
「次はどこ行く?」
「……そろそろ、陰陽師関係の所に行っていい?」
その言葉に女の子はぱあっと表情を明るくする。どうやらリンの観光につき合わせ過ぎたようだ。
「ごめんね、行きたいところははっきり言っていいよ」
「うん、でもリンちゃんとユメが楽しそうだったから」
「それでも言わないと分からないよ?」
「そうだね……じゃあ下鴨神社に行きたい」
下鴨神社、と地図に目を落とす。バスの停留所になっている。
「ここも観光名所?」
「そうなんだけど、ここは安倍晴明の師匠、賀茂 忠行の神社なんだ」
「かものただゆき? 聞いたことあるような」
「……授業で習ったよ」
日之出学園に入ってから陰陽師の歴史も学んでいる。そこで出てきたのが賀茂忠行。彼が安倍晴明に陰陽術を伝授したといっても過言ではない。
「今度はそこに行くんだね」
「この子が探してるのは陰陽師の子だと思うし……安倍晴明の生まれ変わりなら、この場所にいるかもしれない」
下鴨神社前でバスを降りる。
駐車場の横の西参道を通ると、すぐに本殿があった。
「すごい、ひろーい」
鳥居の先は清明神社と比べ物にならないほど広い。参道自体も広大だった。いくつもの社があり、順番に参拝していく。
けれどここにも同い年くらいの男の子はいない。また安倍晴明の生まれ変わりと思しき者も見当たらない。
「時間帯が違うのかな?」
「それじゃあどうしようもないね」
がっかりする信晴。ぽん、と肩を叩いて励ます。
「まあまあ、また陰陽師ゆかりの地を探せば大丈夫」
「……そうだね」
「そうだ、おみくじ引いていい?」
色んな観光地を見て回ることばかりでおみくじと言う発想が今までなかった。もしかしたら何かヒントが得られるかもしれない。信晴も頷いておみくじを引く。
「やったぁ大吉!」
「……末吉」
おみくじを引いてしょんぼりする。凶を引かなかっただけましだと思う。けれど大吉のリンが何を言っても上から目線になってしまう。
「こういうのってあれでしょ、中に書いてあることが大切なんだよね」
「うん……」
引いたくじをじっくりと見る。今一番気になるのは『待ち人』だ。探し人だけれどこの際同じような意味だろう。
「待ち人、すぐ来る……ホント?」
「僕は近くにいるだって」
「じゃあ近くに居てすぐ来る?」
「合わせるとそうだけど、二人探してるからどっちがどっちの結果か……」
そうだった、と頭を抱える。
探し人としか考えていなかったが、二人いる場合はどうなるのか。どっちかが近くに居てどっちかがすぐ来るのか、分からない。
「でもどっちかとはすぐ会えるでしょ」
「そうだね」
いい結果のおみくじを引けたからか、信晴の気分もあがる。まだ探そうという気持ちが起きる。
「地図だと私達が通ってこなかったけど森があるらしいよ……なんの森?」
「
地図の漢字が読めずに尋ねると、すんなりと答えてくれる。流石地元民。ここに来たことがあるのか、すたすたと案内してくれる。安心して先頭を任せて後をついていくリン。
そこは西参道より広く、こちらが表参道と地図に書かれていた。ここの木々は樹齢が200年以上で何本も立派に立っている。自然が豊かで空気も清々しい。
「こんな自然東京にはあんまりないよね」
『嵐山の竹林も楽しかった!』
リンもユメも楽しそうに木を見たり追いかけっこをする。走り回っても十分通路は確保できる。犬の散歩をしに来ている人はユメが見えず首を傾げていた。
「リンちゃん、着物であんまり走り回らない方がいいよ」
「そっか、ごめんね借り物なのに」
「ううん」
着物よりも周りの目が気になって、とは言えなかった。信晴の目には動物と女の子が楽しそうに追いかけっこをしているが、ユメが見えない人たちにとっては楽しそうにグルグル回る女の子しかみえない。信心深い人に狐憑きとでも思われたら大変だ。
リンは信晴の元へ戻ると、女の子へ視線をうつす。
「どうしたの?」
女の子は森を眺めて、最初に会った時のようにボーっとしている。
『ここ、来たことある』
しばらく考えてから、断定する。今まで色んな観光地を巡ってきた中でここでだけ反応を示した。
「それって、あなたはここにいたの?」
『違う』
「じゃあこの近く?」
『……分からない』
来たことはある、けれど思い出せない。どういうことだろう。
「――テマリ」
なんだろうと声のした方を向くと、そこには一人の男の子。リンは見覚えがあった。
和装で年の頃も同じくらい。もしかして――そう思い女の子を見ると、目を見開いて驚いている。
『思い出した……』
「ちゃうちゃう、うちが消しとっただけや」
「消した……?」
「うちのことを喋られたら嫌やから記憶と声を消しとったんや」
「なにそれ」
さもなんて事のないように言う男の子。そんなことのために喋れないようにされて記憶も消されるなんて、あっていいわけない。リンは彼に嫌悪を感じた。
「それはうちの式神や、自分のもんになにしてもええやろ」
「よくない、この子の気持ちも考えなよ!」
もし自分がそんなことをユメにしたら。それはただ命令を聞かせるだけのロボットの様なもの。そこにユメの意志は何もない。考えるだけでも可哀そうだし、絶対にそんなことない。
「……じゃあ、この子を僕の家に送ったのも葵くんがやったってことでいいの?」
信晴が彼、葵を睨む。そこでリンもようやく気づいた。彼が同じクラスの倉橋 葵ということを。
「せやで」
にやりと笑い一言で肯定する。悪いことをしたと微塵も思っていない。
「どうしてこんなことをしたの?」
気弱な信晴でも怒りを覚える。怒られている自覚があるのかないのか、葵はさらに笑みを深くした。
「どうでもええやろ。テマリ、帰るで」
『うん』
テマリと呼ばれた、今まで一緒にいた女の子は葵についていく。楽しく一緒に過ごしていたのに、葵に取られてしまったようで悲しくなる。
「そんな酷い奴についていくの?」
『でも』
「はよ行くで」
そう言いながら既に背を向けて歩いている葵。置いて行かれない様に慌てて後を追い、リンの問いに答えることはなかった。
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