倉橋 葵
『当たらずとも遠からずっちゅー感じやな』
「それって探してるの? 探してないの?」
『探してるっていえば探してるけど、探してないっていえば探す必要もないからなぁ』
「テキトーな答え……」
心の声がぽろっと漏れてしまった。抑えようと思ったが、そもそも本当に十二天将か、と胡乱な目で見てしまう。
「そんなこと言っちゃダメだよリンちゃん、相手は格式が高いんだから」
「だとしても偉そうだし、こっちの質問ははぐらかしてばっかりじゃん」
それは信晴も思っていたのか、庇う言葉が出てこない。ちらっと朱雀を見てしまう。
『しゃーない、ヒント出したる。ここに一人連れてくればええ』
「それって」
「……その人が安倍晴明の生まれ変わりですか?」
『そうとも言えるし違うともいえる』
「さっきからどっちなの!?」
『どっちとも取れるってこっちゃ、いかんせん人間は白黒はっきりつけたがって敵わんわぁ』
「そっちこそ、学校のテストでそんな答え書いたら絶対0点取るからね!」
「リンちゃん!」
信晴が言い過ぎだと止める。
けれどリンの啖呵を切る言葉に朱雀は笑いが止まらなかった。
『こりゃ一本取られた。面白い』
「えっと、それじゃあその人を探して連れてくればいいってことですよね?」
『せやせや、気長に千年は待ってるでー』
ほななー、と羽根を振って清明神社から見送ってくれる。気前がいいのかなんなのか、考えるだけ無駄な気がしてきた。
バス停まで戻る。今日は一旦信晴の家へ帰ることにした。これからの計画をたてなければいけない。
「また人探しだね」
「でも男の子探すのとは訳が違うっていうか……信晴!」
キッと鋭い眼光で睨み付ける。大声で名前を呼ばれびくりと身体が揺れた。
「輪廻転生とか生まれ変わりを探すとか、初めて聞いたんだけど」
「……ずっと考えてたんだけど、僕の想像が当たってるかどうかは分からなくて」
「だとしても言ってよ! そしたら私も考えたし……」
考えてどうなるか、答えが出るのか、分からない。信晴もずっと考えて、考えて、分からないながら出した答えだ。リンが聞いても理解するところから難しい。
けれど、それでも友達なら、話してほしかった。悩みを打ち明けて、一緒に考えて、辛さを共有したかった。
「ご、ごめん……」
「……ううん、信晴の気持ちも分かるからいいよ」
リンに迷惑をかけたくなかった。その思いが今の表情に現れている。リンは頼って欲しかったが、信晴は頼らないで解決したかった。どちらも互いを想ってのこと。
「でも、これでいいの?」
「……なにが?」
「分かってるでしょ、安倍晴明の生まれ変わりを探したら……朱雀はそっちの式神になるよ」
十二天将を式神にしたかったんでしょう? と核心をついた質問に俯いてしまう。リンは辛くてもちゃんと言っておかなければと思った。朱雀を式神にできなかった時、一番辛くなるのは信晴だ。探すといった以上、予防線を張って辛さを半減させたい。
「分かってる。それは悔しい……けど、納得できる」
「なんで?」
「だって、この目で安倍晴明の生まれ変わりを見れるんだよ? きっと魂の格が違う。それをこの目で見たら、十二天将は自分には過ぎたもので、この人にこそふさわしいって思える」
「……ホントにそう思える?」
「……呼べることだけでも凄いことなんだ。他の人は呼んでも応えてもらえない。それに僕は、最初から安倍晴明の生まれ変わりを探す手伝いをするために呼んで、それで応えてもらえたと思ってた」
「……」
「…………ちょっとは、僕の式神になってもらえるかもしれないって思ったけど」
やっと信晴の心の声が聞こえた。それは妬み嫉みというよりも自分を責めるようだ。
「交換条件だそうよ」
「交換条件?」
「私たちがその安倍晴明の生まれ変わりを見つけるから、かわりに十二天将の一人を式神に頂戴って」
思いがけない言葉にぽかんと口を開けてリンを見つめた。理解していないと思い言葉を続ける。
「十二人もいるんでしょ? そのうちの一人くらいいなくたって、安倍晴明の生まれ変わりなら問題ないでしょ」
「そうかな……」
「そうだよ、なんならあの朱雀でいいんじゃない? 名前なら私も聞いたことあるし、それか好きな十二天将でもいるの?」
「僕は六合とか天后が好きだな」
「それってどんな?」
「えっとね、六合が平和や調和を司ってて、天后は航海の安全を司ってるんだ」
「性格良さそうだね、頼んでみたら?」
信晴らしい穏やかそうな式神。交換条件と言って頼めば聞いてくれるかもしれない。なんてことのないように言うリンは真面目な顔をしている。他にもいい案はないかと思案しはじめる。信晴は一人で悩んでいたことがちっぽけなことのように思えてきた。
「そうだね、もし見つけたら交渉してみよう」
すんなりと言葉が出てきた。むしろ十二天将が式神じゃなくてもいいかな、とさえ思えてきた。
「リンちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
バスがくる。二人は乗り込んで家に帰った。
清明神社。
朱雀は久方ぶりに呼び出されて境内や参拝客をしげしげと眺める。千年も経つと人が着るものも変わるんだなぁ、と面白げだ。そんなことを考えていると、じゃり、と砂を踏む音。
『やあ少年、どないしたんや?』
そちらを向くこともせず尋ねる。まるで最初から彼がここに来ることを知っていたように。
「なぜ私が呼び出した時は出てきてくれなかったのですか?」
いつもの京都弁ではなく、標準語で丁寧に尋ねる倉橋 葵。
眼中にもないんだなと思いつつ、格上を敬う。
『せやなー、あんさんだけやと30点、赤点や。惜しくもな~んもあらんもんに握手券はあげられへんねん』
「安部の分家より、うちは下だと?」
思わず言葉遣いが戻った。言葉に怒気が含まれる。朱雀を呼び出せた信晴に対し、胸中嫉妬に燃えていた。
『みーんな平等や、むしろなんでお前さんはあの二人を嫌うんや?』
「……幼稚な行動に、見てて虫唾が走る」
『何となくわかるなぁ、けれどそれは若さゆえの無鉄砲さや。誉めてやってええと思うで』
「うちは馴れ合いたくない」
話しても無駄、そう見極めて葵は踵を返した。ちらりと横目で見て、朱雀は短いため息をつく。
『人が嫌いか……よう似てるなぁ』
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