清明神社

「これがおもてなし……」


 信晴の母親に出かけることを伝えると、小さい頃に着ていた着物があるから着ないかと言われ速攻で返事をした。

 リンは着物を身にまとい、京都を散策する。京都を着物で歩く、風流で夏っぽい。


「……楽しそうで良かったよ」


 そう言うものの顔は少し不服そうな信晴。彼もまた着物を着ている。リンだけ着ているのはおかしいとのことで信晴も着ることになった。

 陰陽服を着れば、とリンは言ったが、ただのコスプレになるため信晴は断固拒否した。

 最近の信晴は少しずつ自分の意見を言えるようになっている。それをみた母親は息子の成長に喜んでいた。


「次は~一条戻り橋・清明神社前~」


「ここだ」


 ピンポーンと降車ボタンを押す信晴。


「清明神社ってバスの停留所にもなってるんだね」


「ほぼ観光地だから」




 バスが停まり料金を払って降りる。降りたらもう清明神社の入り口だった。


「五芒星?」


 鳥居の真ん中には星形、五芒星が描かれている。その奥の鳥居には「清明社」と書かれている。図が書かれている鳥居なんて初めて見た。


「これは清明のシンボルマークでお札とかにも書かれてるんだよ」


「そうなんだ、西洋でも五芒星はペンタクルって言われて護符やタリスマン……お守りに施されるよ」


「そうなんだ! ここのお守りにも五芒星が書かれてるし……なんだか似てるね」


「全然違う国なのに同じ意味があるって不思議だね」


 二人は魔法と陰陽道にちょっとした繋がりを見つけてわくわくした。遠い国の歴史と似通った点を見つけるなんて世紀の大発見をしたような気分だ。


「こっち」


 そう言って「清明社」と書かれた鳥居もくぐる。そこから神社の境内で左に社務所、右に御手水があった。手を洗い、お参りをする。


「ここで呼び出すの?」


「うん、でも人が多いからこっち」


 平日の昼間なのに清明神社にはぽつぽつと人がいる。夏休みの子供はここでは遊ばないためほとんどいなく、男の子も見かけない。女性が多く来ている。ここで呼び出したら大騒ぎになってしまうだろう。

 信晴はこっちこっち、と言いながら社の横を通ろうとする。


「ねえ、ここ『関係者以外立ち入り禁止』って書いてあるよ?」


 いくら人目のないところに行こうと思っても入っちゃダメじゃない? と注意する。その言葉に信晴は複雑そうな顔をする。


「……関係者に分類されると思うんだけど」


「え?」


「分家だけど、一応安倍晴明の子孫だから……」


 そうだった、とリンは軽く謝る。

 信晴としては安倍晴明の子孫なんて言葉は恥ずかしくてあまり使いたくない。それをわざわざ言わせてしまってちょっと申し訳なく思った。

 早く行こう、と促して境内の裏側に入る。ここはもう立入禁止の場所で誰もいない。


「ここで呼ぶんだね」


「そうだよ、ちょっと待ってね」


 きょろきょろと辺りを見渡し、誰もいないと確認する。それから木の棒で地面に五芒星を描き、その傍にしゃがみこむ。

 ふう、と深呼吸をしてからぱん、ぱん、と柏手を打ち、


「元柱固真、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固真、神気を得んことを、慎みて十二天将に願い奉る」


 と気弱な信晴からは予想もつかない、お腹に力を込めた力強い声で唱えた。

 ざわざわと、空気が揺れる感覚。何かが出てくる。


『んー……オマケで70点!』


 五芒星の上にばさっと羽を広げて現れた赤い鳥が告げた。大きさはそれほどないが、美しい毛並みと存在感。


「ほんとに……」


「十二天将!?」


『せやで、わいはなんやと思う?』


「す、朱雀!」


『せいかーい、してもなんもでーへんけどな』


「なんで大阪弁?」


『ありゃ、清明が大阪出身って知らんのか?』


「え、そうなんだ。じゃあ安倍晴明も大阪弁喋ってたの!?」


 安倍晴明を調べて思ったのが、この時代の人は時間がゆっくり流れてるのかと思うほど風流。大阪弁を話すようなチャキチャキとしたイメージがない。

 想像が京都と美形で冷静沈着な人物。平安の京都で和歌みたいな喋り方をしていると思っていた。


『ちゃうちゃう、あの頃は大阪弁なんてなかったで』


「そうなの?」


『これはわいが気に入ったから喋ってるだけや』


 かっかっか、と豪快に笑う朱雀。

 そういうものなんだと思ったと同時に、十二天将ってこんな感じなんだと思っていた厳ついイメージが崩れ去る。もっと金剛力士像みたいな怒った表情の式神が12人いると思っていた。それよりこっちの方が話しやすい。

 信晴は目の前で起こるリンと朱雀のやり取りに放心している。


「リンちゃん、これって夢?」


「現実だよ、おめでとう!」


 励ますためにバシッと背中を叩く。その痛さに夢ではないことを確認して笑みが漏れる。これで信晴にも式神が出来た。それが十二天将なんて有名な式神だ。


『あー悪いが喜ぶんは早いで』


「え?」


『わいは誰の式神になる気もないっちゅーこっちゃ』


「え……」


「なにそれ、呼ばれて出てきたんじゃないの?」


『せやねんけどなー』


「あの!」


 がっかりしていた信晴がいきなり大きな声を出す。


「もし安倍晴明を探すなら手伝います!」


「……ん?」


『ほほう』


 言っている意味が分からず頭をひねるリン。安倍晴明と言えば1000年も昔に亡くなっている人だ。それを探すというのは意味が分からない。


『なんでわいが安倍晴明を探してると思うた?』


「安倍晴明以外に十二天将を式神として呼べた者はいない、それはつまり安倍晴明以外を主として十二天将は認めない。だから十二天将は安倍晴明が生まれ変わるときを待っている……と、思いました」


 それで僕たち子孫は全員呼び出しをしなければならないとも思いました、と説明してくれる。


『なるほどなぁ、ええ考えや』


「……それに、お札に使用している梵字ぼんじはインドから教え伝わったものです。インドの生死観は輪廻転生。死んでも魂はそのまま、新しい生を受けてこの世に誕生する……記憶を引き継ぐことは稀だけど、そういう人もいる」


「それって――」


「この時代に、安倍晴明の魂を持つ者がいる。その探す手伝いをします」

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