手を振る男の子

 その子は女の子だった。淡い桃色の着物を着て下駄をはいている。髪は肩で切りそろえられた、大正や明治時代の子供、という印象を受ける。

 木の傍でぼうっと彼方かなたを見つめて立っている。


「こんにちは」


 声をかけるとリンの方を向く。けれどもそれだけで何も反応を示さない。


「どうしてここに居るの?」


『……』


「名前は?」


『……』


「せっかく話しかけてるのに無視……」


 ちょっと傷つく、とリンは大げさに落ち込んだ様子を見せる。そうすれば反応するかな、とチラ見するも、無表情で立っているだけ。


「もしかして、喋れないんじゃない?」


「しゃべれない?」


「幽霊の期間が長いと喋り方を忘れちゃうんだ」


 だからもしかしたらこの子も……と視線を向ける。女の子はぼーっとリンと信晴の間を見つめているだけ。なにを考えているのか分からない。むしろ何かを考えているのだろうか? リンは女の子のことが無性に気になってきた。


「喋らせよう」


「どうやって?」


 リンはポケットをごそごそと漁り始めた。信晴はそれをみて何が始まるのかと首を傾げる。


「コレの出番ね」


「これって……」


『石?』


 ユメはその石がどうしたのと言わんばかりの困惑した表情。陸の時に使っていたのを知っている信晴は何となくわかった。


「これはね、ここに刻まれている模様に意味があって、それを理解することで自分の力を生かしてくれるの……例えばコレ」


 そう言ってもう一つ、ポケットから石を取り出す。


「陸くんの時に使ってた石?」


「うん、『ウルズ』っていって勢いを強める石なんだけど、逆位置だとその勢いを止める石になるんだ」


「タロットカードみたいだね」


『見たい』


 リンの足に前足をかけるユメ。ちゃんと見えるようにしゃがんで見せてあげる。ユメは石の匂いを入念に嗅ぐ。そして前足でちょんちょんと触って害はないか確かめる。


「そういえば『オガム』はなに?」


「それは古代ケルト人が使っていたもの。殆どが木の名前で、その木を使うと力を与えてくれるの」


「お札みたいなものなんだね」


「陰陽師ってパワーストーン使わないの?」


「使わないよ」


 パワーストンが好きなリンはちょっとショックを受けた。本格的に勉強して見たかったが、授業では習わなさそうだ。数珠とか持っている人が多いから、パワーストーンも持っているのかと思った。


「ルーン石は全部で25個あるんだけど、これはその中の一つで陸の時に使ったのとは別」


 リンの手のひらには小さな石。その真ん中には下向きの「F」のような模様。

 ごめんねとユメに断って立ち上がり、女の子と向き合う。石を人差し指と中指で挟んで女の子の口元にもっていく。


「アンスズ!」


 ルーン石が淡く光り、消えた。さすがに女の子も驚いて目を丸くする。


『なにが、あ……』


 声を出せていることに気づきのどを抑える。リンを見て、信晴を見る。そして足元のユメにも気づいた。


『見えるの?』


「見えるし、喋れるようにしたよ。どこから来たの?」


『あの子は?』


 あの子? と首を傾げる。誰かを探しているのだろうか。


『手を振るとね、振り返してくれるの。よく会って手を振ってくれるんだけど……ここはどこ?』


 きょろきょろと信晴の家の敷地を見回す。自分の知らない場所で困惑しているようだ。


「迷子かな?」


「そうだね、悪霊じゃないと思うけど……どうやってここまで来たか覚えてる?」


 女の子は首を振って否定する。それどころかここもどこなのか分からない、どこから来たのかも分からない。これではどうすればいいのかお手上げだ。


「男の子ってどんな子? 特徴は?」


『……私を見ると手を振ってくれる男の子。あなたたちと同じ年頃くらいの』


「それだけじゃ……」


「同い年でどれだけいるか……」


 幽霊が見える同い年くらいの男の子。それじゃあ学校の同年代の男の子はほぼすべて当てはまってしまう。幽霊が見える、となれば話は別だが、10代の子供にこの子見える? と聞いて歩いたら不審者に思われるだろう。

 東京ほどではないが範囲は広く、どう探すべきか、と悩んでしまう。


『あなたたちと違うところと言えば、男の子は着物を着てた』


「それって……ちょっと待ってて」


 信晴がなにかに気づいたのか、慌てて家の中に入っていく。すぐに戻って来たと思えば、手には布を持っていた。


「こんな服?」


 それは陰陽師が一般的に着ている服だった。和服とは少し造りの違う、狩衣かりぎぬという衣装を広げる。それを見た瞬間、女の子の目が輝いた。


『それ! あなた知り合い?』


「それは分からない……でもこの服を着てるんだったら探せるかも」


「どうやって?」


「それは、ゆかりのある神社を巡るとか……でも京都内にいるはず」


 男の子が陰陽師の家系、と言うことは分かった。これがお寺や神社の衣服だったら大変だった。京都にどれだけの神社仏閣があるか、それをしらみつぶしに探すとなったら夏休みはすぐに終わってしまう。

 男の子はもしかしたら親族にいるか、それに近い横のつながりにいる。探し方としては地道に足を使うしかない。


「やったぁ、それなら京都ぶらり観光の旅だね!」


『僕舞妓さんみたい!』


「私は伏見稲荷の鳥居がみたいなぁ」


伏見稲荷の神使に会えるかな、どこから巡ろうかと観光地図を見ながらわくわくしてる。


『探してくれるんだよね? ありがとう』


 探す、と言うよりは観光を楽しもうという魂胆のリン。けれどもいろんなところを見て回り男の子を探すと言うことに変わりはない。


「いいのいいの、もとからそういう予定だったから」


「うん、でもまずは清明神社からね」


 当初の予定通り、そこだけは譲れなかった。

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