3章

京都へ

 待ちにまった夏休み。

 リンは信晴一家の家にお世話になるため京都へ向かった。前日からワクワクしすぎて観光雑誌を読み直したほど。そのせいで新幹線の中で寝てしまい、着いたらユメに起こされた。起きなかったらそのまま大阪まで行っちゃうところだった。

 駅はとても広く東京とさほど変わらない。

 信晴とは駅で待ち合わせ、そこからバスにのる。歩きでもいいとリンは言ったが信晴はバスを勧めた。荷物が多いのと京都の夏は暑いため歩きではすぐにばててしまう。自分の足で歩きながら街並みを堪能したかった。

 だがバスに乗り、流れていく街並みを見るのにすっかり夢中になる。


「なんかあんまり京都って感じしないね」


「想像してるのは祇園の花見小路とかの風景かな、あるけど一部だよ」


 あとは神社仏閣とか、昔の民家とか……と言われショックを受ける。着物を着た人や舞子が多く歩いていると思ったけれど、そんな人はあまりいない。

 バスを降りて少し歩くと、立派な門構えの家に着いた。


「ここだよ」


 表札には『安倍』と書かれている。木製で古いけれど、きちんと手入れされた格式のある門だ。

 信晴は慣れた手つきで門を開けて中に入る。


「ただいま、連れてきたよ」


 庭で花壇に水やりをしていた女性に声をかける。その人は赤いトンボ玉のついたかんざしで髪を結い、薄藤色の着物をきている。


「おかえり信晴」


 にこりと笑ってこたえ、リンに視線を向ける。その整った顔に女のリンでさえどきっとするほど美人だ。


「あなたがリンちゃんね、いらっしゃい」


「あ、はい、お邪魔します……あ、これ、つまらないものですが」


 上品な女性と話していると言うことにどぎまぎしてしまう。普段ならば田中先生みたいな怖い人とも尻込みせずに話せるが、こうタイプが違う人とは戸惑る。

 母から持たされていた手土産をなんとか渡す。


「ありがとう、信晴が友達連れてくるなんて初めてで……お母さん嬉しいわ」


「お母さん!」


「お、お母さん?」


 自分で自分をお母さんと言った女性は袖で涙をぬぐう仕草をする。よほど感動したのだろう。けれど信晴は友達が来るのは初めてと暴露されて怒っている。

 信晴が怒るのは珍しい。けれどもそれ以上にリンは信晴のお母さんに驚いた。


「何さ……あ、いえ、お若いですね」


 若い。その一言に尽きる。お母さん発言がなければ信晴に姉がいたのかと思ったほどだ。何歳か聞こうと思ったけれど無粋だと気づき止めた。


「ふふ、お上手ね」


 口元を袖で隠して笑う仕草も様になっている。ゆっくりしてねと通されて家の中に入った。

 信晴の家は純和風の家。一階の奥へ奥へと通される。縁側の廊下を歩いて何個か障子の部屋を通り過ぎた。


「ここだよ」


「たたみだ!」


 障子を引いた部屋の中は畳8畳分の部屋。ふんわりといぐさの匂いに包まれる。大きな木のローテーブルに壁には掛け軸、その下にはちょこんと一輪の桔梗。


「すごい、旅館みたい」


「そうかな、ありがとう」


 自分の家を褒められて嬉しい信晴。今は東京に移り住んでるけど、元はここで育った故郷だ。


「そういえば信晴のお父さんにまだ会ってないんだけど」


 荷物を隅の方に置きながら尋ねる。しばらくお世話になるのだから、家主にもきちんと挨拶した方がいい。けれど信晴は曖昧に笑う。


「お父さんは久しぶりに帰って来たから忙しくって、しばらく家にいないかも」


「そうなの?」


「本家の方にほとんど泊まってるから、気にしなくていいよ」


 そういうものなのか、と納得する。安倍家ということで色々とあいさつ回りとかあるのかもしれない。


「それより、早く十二神将を呼びに行こう!」


 今にも走っていってしまいそうなほどテンションが高い信晴。はいはい、と保護者目線で簡単に手荷物をショルダーバッグに詰めて着いていく。

 庭の花壇にはさっきも見た桔梗の花と石に囲まれた小さな池。青々と茂った木が1本、直立している。


「? あれは誰?」


 塀と木の間に誰かいる。それはリンや信晴よりも小さい。

 兄妹はいるのか聞いたことがあるがいないと言っていた。それならば瑞樹のように親戚の類が来訪したのかもしれない。


「……」


「信晴?」


「……誰あれ」


 緊張した時のように顔が真っ青になっていた。信晴も知らない人物が敷地にいる。


「も、もしかして迷子かもしれないよ」


「ちゃんと門も閉めてるのに?」


 家の造りからして門からしか出入りが出来ない。それに先ほどまで信晴のお母さんが水やりをしていた。そのため誰かが入ってくることはない。

 小さい子なのに塀を登ってきた、なんてことは出来ないはず。ではなんで、どうやって信晴の家にいるのか。


『あの子は僕とおんなじだよ』


 リンの肩から降りてじっとその子を見つめる。2人の目には子供にしか見えなかったが、ユメは一目見ただけで幽霊と分かる。そして自分以外の幽霊を見たことがなく、どんな子か気になるようだ。


「じゃあちょっと話してみようか」


「うーん」


「嫌なの?」


「おかしいと思わない?」


 なにが? と思わず問い返す。浮遊霊なんて探せばいくらでもいるものだ。


「僕の家、結界が張ってあるから幽霊は入れないはずなんだよね」


「ああ、本場の陰陽師だもんね」


「う、うん……悪い霊ではないと思うけど、どうしてここに入ってきちゃったんだろう?」


 結界があるため幽霊は入ろうと思わないし、入ったら消えてしまうことが多い。それでも入れると言うことは、悪意はない。それだけは言える。

 その説明を聞きリンは悩んで、初心に戻った。


「やっぱり迷子かな」


『聞けばわかるよ』


「そうだね」


 考えるよりまず行動。リンとユメは庭に降りて近づく。


「できれば……」


 様子を見て安全だと分かってから近づこうよ……続けようと思った言葉はリンたちに届かない。2対1には敵わずしょうがない、と慣れた様子で後からついて行った。


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