太陽の下

「そういえば2人は? 外にいるの?」


『うん、でも……ちょっとおかしいかも』


「おかしい?」


 訳が分からず首を傾げる。なんて説明をすればいいのかユメも分からない。


『とりあえず台の上に乗って』


「なんで?」


『濡れちゃう』


 なんで濡れるのか分からないがユメを信頼してそこら辺に転がっている実験台の上に乗った。そしてユメが扉を開けて――理解する。一気に水がなだれ込んできた。


「リンちゃん!」


 膝が隠れるくらいある水の中、ばしゃばしゃと必死に重い足を動かす信晴。リンが無事だと分かるとほっと安堵の息をついた。


「良かったぁ」


「よくないよ、なにこの水?」


 いきなり水が入ってきて驚いたリン。それに信晴も、後から入って来た瑞樹もずぶ濡れだ。


「ルイに水を出してもらったんだ。ここの扉、俺らが出たら開かなくなってな。内開きだから水圧で押せば開くかもしれないって信晴が」


 服を絞りながら説明してくれる。それでこんなに水浸しだったのかと納得した。




「では改めて……私の式神、ユメです!」


 地下から出て、廃病院の敷地で休む。服は絞ってからまた着ている。今はあったかいから濡れてても丁度いいらしい。

 私はユメを2人の前で持ち上げる。おお、と感嘆の声が聞こえた。


「確かにあの時の異形だな……こんなに可愛い姿をしてるとは」


「うん、禍々しさはあるけど普通の動物霊みたい」


 じろじろとユメを見る2人。悪意がないのは分かっているが、人の目になれていないユメはすうっと消える。そしてリンの肩に出現する。


「次は信晴だね」


 そう言うとはっとなにかに気づいた表情をする。そして真剣な顔をしてリンに話し出した。


「僕、呼び出したい式神がいるんだ」


「そうだったの? 早く言ってくれたら手伝ったのに」


「そうなんだけど……今までなかなか言いづらくて」


 今まで動こうかどうか迷っていた信晴。けれどリンの勇気ある行動を見て、諭されて動こうと決心した。


「何を呼び出したいの?」


十二天将じゅうにてんしょう、なんだけど……」


「なんだ、まだ呼んでなかったのか?」


「僕なんかがやってもダメだと思って」


「どーせダメで元々なんだからこれは恥ずかしがることないだろ」


「うん……そうだね」


「ねえ、そのジュウニテンショウってなに?」


 話を聞きながらなんだろうと思っていた。瑞樹も試したことがあると言うことは、安倍晴明関係のことか。


「十二天将っていうのは、安倍晴明が使役してた式神で騰蛇とうだ朱雀すざく六合りくごう勾陳こうちん青龍せいりゅう貴人きじん天后てんこう太陰たいいん玄武げんぶ太裳たいじょう白虎びゃっこ天空てんくう……この12の式神のことを言うんだ」


「多っよく覚えたね」


「これくらいなら安倍晴明を調べたら出てくるよ」


「それにこれは暗記しろって学園入る前に覚えさせられたしな」


 安倍晴明の子孫だから学院以外でも勉強してるんだ。瑞樹の嫌そうな顔にどんな勉強法なのか少し気になった。


「安倍晴明の子孫は清明神社で十二天将を呼び出せるか試すんだけど……それをまだやってなくて」


「清明神社なんてあるんだ」


「うん、それが……京都、なんだよね」


「……京都?」


 思わず聞き返すと気まずそうにうなずく。

 言いにくい理由がやっとわかった。学校の近くどころか東京都ですらない。新幹線で行かなければいけない距離。


「えっと、東京にないの?」


「京都にしかないんだ……」


「ふつーこっちに来る前に呼び出すもんだけどな」


 瑞樹の何気ない言葉に面目なく俯いてしまう。その様子が可哀そうに見えてならない。


「分かった、行こう京都。行ったことないから楽しみ」


「ホント!?」


「うん、でもどうする? 土日に行く?」


 呼び出すだけなら一日あれば十分だ。それでダメだったらそのまま帰るか、どこかに1泊すればいい。でも未成年だけでホテルをとることは出来ない。


「どうせこれから夏休みだし、ノブん家広いから泊まればいいんじゃねーか?」


「え、信晴って京都から通ってるの?」


「ううん、京都が実家だけど学園に通うためこっちに親と移り住んだだけ」


 どんだけ金持ちなの……リンは内心驚いた。ちなみに瑞樹もそうらしい。学園に通うためだけに移り住むなんて普通は出来ない。改めて安倍晴明の家系ってすごいんだな、と感心した。


「じゃあ夏休み、僕の家に来てくれる?」


「うん!」


 洋服は何日分持っていこうか、お菓子は何を持っていこうか。リンの頭の中では夏休みの京都旅行計画が繰り広げられる。


「ユメも京都初めて?」


 この楽しみを分かち合おうと話題を振る。ユメはしばらく考えてから首をひねった。


『そもそもシキガミってなに?』


「……」


 思い返してみると説明していなかった。そしてその台詞は入学当初のリンと同じセリフで似ているな、と笑みがこぼれる。暖かい日差しの中、木にとまっていたカラスが1羽飛び立った。







 日之出学園。

 校庭では使役したばかりの式神を従わせる特訓をしている。命令口調な者、仲良くなろうとする者、やり方は様々。


「こんなところで何してるの」


 校庭から離れた体育館裏。明地みょうじ あかりは日陰に座り込む人物に声をかけた。灯の足元には白いウサギが鼻をひくつかせている。声をかけられた人物は顔を上げ、灯を視認しする。


「あんさんに関係あるん?」


 流暢な京都弁。倉橋くらはし あおいは笑っていた。

 彼はいつも笑っている。クラスで一番成績がよく、友達も多い。そんな彼が式神の授業はひっそりと隠れて何かをしている。前から怪しいと灯は思っていた。


「信晴くんとリンちゃん?」


「ウチが質問してるのに……言葉のキャッチボールが出来んとかなわんなぁ」


「どうして3人一緒にいないの?」


 葵の嫌味をものともしない。答えなくても新たな質問を次々としてくる。揃った長い黒髪、純日本人の灯は立っていても座っていてもミステリアスな雰囲気がただよう。話しをしてもどこを見ているのか分からない。

 今も葵を見ているようで見ていない。どうやって知ったのか、葵が二人を視ていたのを知っているようだ。もしかしたら隣にいる式神の力かもしれない。


「さっき言うてた根暗くんと元気ちゃんのこと? 嫌やなぁ」


「どうして?」


「あないなけったいな人と一緒やなんて……そらあんさんお得意の占いか――お月さんのお告げか」


 ぴく、とウサギが反応する。後者と察した葵の口角が上がった。


「えらい可愛らしい式神やないの、笑けてまうわ」


 笑っているのにその目は氷のように冷たい。灯の言いたいことは理解し、そしてなおかつ侮蔑の言葉を告げて遠ざける。


「……そう」


 それ以上踏み込む気になれなかった。灯は踵を返して校庭に戻る。

 ウサギはじっと葵を見ていたが、しばらくして灯の後を追い消えた。

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