ソコには
扉を開けようとする直前、止められた。リンは手を離さずに信晴の方を振り向く。
「怖い、けど……僕も行く」
「無理強いするつもりはないから」
「行かなきゃいけない気がする。ここで立ち止まってたら、僕はいつまでたってもここから動けない」
「……安全に式神を得る方法も、あるよ」
ここで危ない思いをする必要はない。先生のいう様に安全な行動範囲、時間でそこら辺を彷徨っている幽霊はいるはずだ。ずっと探していれば見つかる。そのための授業を組まれているのだから。
「それでも、変わらなきゃいけないんだ。僕はいつもそうやって言い訳を探して、動かない理由があるって安心して――怖くても、行かなきゃ」
信晴はやっと動き出し、扉の前に来た。その顔色は悪く、手は震えている。けれども『行かない』という決心はしなかった。嬉しい返事に頬がほころぶ。
「やぁっと動いたか! この10年寝太郎め!」
いち早く反応したのは瑞樹だった。感極まって信晴の背中をいつかのようにばしばしと叩く。幼い頃から知る仲で、内気な性格を直してやりたかった。誰も信晴を批判していない、悪い目で見ていない……そう伝えてきたつもりだった。でもそれは本人の意思でしか解決できない。瑞樹が動けば動くほど殻の内に引きこもり、何もしなければ動かない。それが長年もどかしかった。この中で一番喜んでいるのは、間違いなく瑞樹だ。
「一緒に行こう」
「――うん」
リンは信晴についてそれほど知らない。
まだ数か月の仲だがなんとなく性格は分かった。悪い子ではない。人を見た目で判断しない。それは仲良くなるうえでリンが重要視しているところ。けれど信晴は少し内気すぎた。
陰陽師になるのだったら、魑魅魍魎と戦い、成仏させたり追い払ったりすることもある。それをあえて逃げる選択をしていたら、いつまでたっても自分に負い目を感じて負の連鎖から逃れることが出来ない。今動く決断をしてくれて良かった。
この場には似つかわしくない、緊張感のない感情。後に取っておこう、と今は目の前のことに集中する。
扉を押すとギギギ、と油のささっていないさび付いた音がする。少しずつ、ゆっくりと開いていく。
室内は今までの病室とは真逆で物が散乱していた。ライトを当てた場所だけでも地面にガラス片や注射針、メスがいくつも散らばっている。手術台は倒れ、器材を運ぶワゴンが2,3台倒れている。天井から吊るされる照明もガラスが割れていた。
「……いる」
リンの言葉に2人は頷く。
室内ののあらゆるところから3人を突き刺すように睨んでいる。それは形がなく、暗い部屋よりさらに黒く、もやのように漂っていた。徐々に集まっていき、大きな犬のような形を作る。まさに異形。
『来るな!』
カッと2つの赤い眼光が開かれる。
室内なのに突風が吹いた。きらりと光るものが壁に刺さった。
「……今のメス!?」
信晴は壁に刺さった物が気になって振り返った。そこには床に散乱したメスが刺さっている。いきなりの挨拶に顔を青くする。
『今すぐ立ち去れ』
赤い眼光が細くなる。怯えている3人をあざ笑っているようだ。
「……分が悪いな」
瑞樹が想像していたことより、悪い気が溜まりすぎていた。
檻を見た時は動物霊か、としか思わなかった。だがその動物霊たちの怨念が一つになり、巨大な怨念となってこの場に居ついている。複数であれば1体1体が弱いため、除霊するも式神にするも可能だ。
だがここまで大きく、人に危害を加えることに何の躊躇もしない異形は危険だ。2人にやらせるつもりだったけれど、これでは怪我ではすまないかもしれない。
「か、帰らないよ」
瑞樹の服を引っ張り弱々しく主張する信晴。覚悟を決めてきたんだ、入ってすぐに帰りたいなんて情けない。
「けれどこれは予想外だ。俺でも勝てるかどうか……」
いつもの瑞樹らしくない、信晴よりも弱気なことを言う。
幽霊と対峙したことがある瑞樹だからこそ、この異形がいかに強いかを知る。その点信晴とリンは初めてだ。この霊がどれほど強いか、比べる対象がいない。
「瑞樹は下がってて」
ずいっとさらに前へ出る。この場所を教えてもらえただけで感謝している。けれど式神を得るなら、自分で頑張らないと意味がない。
「――私がやる」
言霊、というものがあるのかもしれない。リンは言葉に出すと緊張が少し解れた。そして式神にする、という思いが一層強くなる。
その想いに後押しされて一歩、また一歩と異形に向かって歩く。
「僕も手伝う」
「やめろノブ!」
リンに着いていこうとした信晴の肩を掴んで引き留める。行ったらダメだと瑞樹の頭が警鐘を鳴らしていた。
同時にまた強い向かい風が吹き付け信晴はバランスを崩す。瑞樹が支えようとするも受け止めきれず後ろへ飛ばされた。
「わっ!」
「いてっ!」
信晴に怪我はない。庇いながら地面を転がった瑞樹。
ガラス片が背中や腕に刺さり血がにじんでいる。しかしそれに構っていられない。
「リンちゃん!」
信晴と瑞樹は室内から出されてしまった。扉がゆっくりと閉まる。
慌てて走り寄るも遅い。扉はぴったりと閉まり、どんなに押しても開かない。まるで鍵をかけられてしまったかのようだ。
「リンちゃん! 気をつけて!」
扉を必死に叩いて呼びかける。
聞こえていないかもしれない。けれども心配で声をかけずにはいられない。中で何が起きているのか、想像するだけで血の気が引く。信晴は何度も扉を叩き、リンの名前を呼び続けた。
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