最終警告

「悪いな、アイツたまーにグチグチうるさいんだ」


『……』


 無言で睨まれるもまったく気にしない。ルイは久しぶりにかけられた優しい言葉に日頃の鬱憤の枷が外れてしまったのだろう。瑞樹への暴言を言うだけいったら落ち着き、また静かになった。


「ちゃんとハンカチ返せよ」


『は? 人として借りた物は洗ってから返すのが基本だろ。そんな常識がないから瑞樹は他の人間から遠巻きにされるんだ。少しは常識を学べ』


 ルイが大切そうにハンカチを持っていると瑞樹が茶々を入れてきた。それにまだ怒りが燻っていたのか、正論をまくしたてるルイ。


「返さなくてもいいよ、あげる」


 あの様子を見て返せなんて言えない。むしろあげたつもりでいる。ルイは顔がほころび、またほろりと涙した。


『……初めての優しさに心が洗われる』


「どうでもいいからそろそろ開けようぜ」


 情緒の欠片もない言葉に現実に引き戻されるルイ。何か言ってやりたいが、それより用事を済ませてさっさと帰りたい。一緒にいるだけでメンタルがボロボロになってしまう。嫌そうに盛大なため息をついてからゆっくりと動き出した。長い尻尾を器用に使いいとも簡単に扉を開ける。


「すごい」


「力持ちだね」


「これくらい式神ならできて当然さ」


『……』


 お前が言うな、と目が言っている。けれど言わない限り分からない、言っても自己主張の激しい瑞樹は気づかない。これはまたいつか爆発すると2人は感づいた。


『リン、この中入るんだろ?』


 自分の主を置いて優しくしてくれた人間に話しかける。ちょんちょんと前足で真っ暗闇の地下を指す。下へ続く階段は長く、暗闇で途中から見えない。そこから先は生きている者は足を踏み入れてはいけない領域に見える。


「……うん、行くよ」


 廃病院に時から決心している。ここにきて逃げ出すなんてありえない。信晴も冷や汗をかきながら力強く頷いた。


『行けば分かるが、悪い気が溜まってる――気を付けろよ』


 そう言ってすうっと消えてしまった。最後まで人に気配りできる、優しい式神だった。




 コツ……コツ……ゆっくりと石造りの階段を降りていく。

 左手にはライトをつけたケータイを持ち、右手は滑り落ちないよう石壁におく。外は暑いのに、地下はじめじめとして涼しい。石壁は濡れたように湿っている。


「慎重にな」


 先を歩いてくれる瑞樹の声が反響する。ゆっくり、ゆっくり闇の中を進む。外の明るさが遠くなり、ライトの光のみが道しるべとなる。


「……着いた」


 コツ、と最後の一段を降りる。その瞬間安堵からほっと息をつく。

 もし誰かが足を滑らせたらここまで落ちてきたかもしれない。そう考えると、地下の涼しさ以外の何かが背筋を凍らせる。


「なにこれ……」


 照らされて見えるは多くの積み重なった大小様々なおり。サイズはバラバラ。色んな動物を入れられそうだ。おそるおそる、近くの檻の中を見る。


「っ!」


 リンは叫び声を上げそうになった。必死で口を抑えて声を殺す。


「……こっちにもある」


 動けないリンをよそに、二人は他の檻も見て回る。全ての檻に入っていた。はっきり確認しなくても分かる。


「この中に閉じ込められた動物の骨だな」


「どうしてこんなことするの、酷い!」


「ここは病院だから、新薬とかワクチンとかの実験のため動物を閉じ込めてたんだろう」


「こんなにたくさん……かわいそう」


 信晴がそっと檻に触れた瞬間、地下内が異様な雰囲気に変わった。

 犬、猫、豚、モルモット……オオカミの様な生き物や鹿等、多種多様な動物が檻の中にいる。彼らは四方八方から鋭い眼光で3人を睨む。

 信晴が触れていた檻の犬が低く唸る。ここに生きているモノは3人を除いていない。びっくりして檻から手を離す。それは一瞬のことで、ぞくりと恐怖を感じた時には何もいなかった。


「なに、今の……?」


「……こ、ここにいた動物たちの思念」


「すごく強いな」


「……恨んでる、よね」


 なにを、とリンが直接言わなくても分かる。覚悟はしてきたが、これほど強い恨みの念が渦巻いてるとは知らなかった。

 そんな中、最初に動いたのは場数を踏んでいる瑞樹だった。


「今のは警告だ。これ以上足を踏み入れるとただではすまないってことだ。そして――」


 言葉をとめて歩きだし、1つの扉の前で止まる。こんこん、と扉を叩いて示す。ライトは「実験室」と書かれた古い木札を照らした。信晴の想像していた霊安室ではないが、それくらいの異様さが漂っている。


「この向こうに大ボスがいる。相当人間を恨んでいる、な」


 一体どんなことが起こるのか、想像するだけで恐ろしい。私達が殺したわけではないけれど、動物にとっては同じこと。中に入ったらその恨みを受けなければならない。


「やめとくか?」


 にやりと挑発するように笑う瑞樹。それは気遣う言葉のように見えて、臆病者と言っている。


「行くに決まってんでしょ!」


「リンちゃん……」


 やる気に満ち溢れるリン。これを乗り越えたら、1匹くらい動物霊を式神にできるかもしれない。そうすれば少しは日本に馴染んでいるとみられる。リンは怖さよりもプライドが勝っていた。

 一方信晴は酷く怯えている。あの一瞬でやる気をそがれてしまった。恐怖が打ち勝ち、いつもの弱気な面が出てしまう。


「……でも、危ないよ」


 言ってはいけないと分かっている。だけど声に出さずにはいられなかった。


「信晴」


 なんでそんなこと言うの! と怒られると思った。しかしリンの声は冷静だ。


「いつも『でも危ない、でも怒られる』……じゃあいつ動くの?」


「……」


「私は今動く。それで式神を使役して、クラスのみんなを見返してやる……信晴はどうする?」


 無言。

 答えられないのか、まだ答えが見つからないのか。進むとも下がるとも言わない。


「ごめん、そろそろ先に行くね。ここまでついてきてくれてありがとう。一緒に行かなくても責めないから」


 そう言って信晴を追い越し、扉に手をかける。




「――待って!」



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