瑞樹の力

 みんなで1階の理事長室に来た。床には一面の赤い絨毯、そしてその奥にぽつんとたたずむ机。


「これ触るの?」


 ボロボロで黒ずんだ、砂だらけの絨毯を指してリンは嫌そうな顔をする。


「じゃあノブと俺で両端からたたんでいくから、リンは何かあったら教えてくれ」


 それくらいなら、と頷く。

 二人はゆっくりと息を合わせて絨毯をたたむ。ずっと敷かれていたためか地面は綺麗だ。


「なんもないか?」


「うーん、おかしいところとか隠し扉っぽいのはないね」


 絨毯を半分までたたんだが、これといったものは出てこない。3人で力を合わせ、なんとか机を移動させて絨毯をたたんでいく。


「あ!」


「あったか?」


「あったあった! 見て!」


 リンは大興奮して二人を手招きする。丁度机があった位置、大きな正方形型に不自然な切り込みがあり、回転取っ手の様な金属が床に付随していた。


「これってあれだな、台所によくある」


「親がぬか漬けとか漬物しまっておく時のだよね」


 瑞樹と信晴は古い家柄のため床下収納を知っている。けれどリンは両親は日本人だがモダンな家に住んでいるため首を傾げた。


「よく分からないけど、この下が地下だよね?」


 一番に動いたのはリン。先ほど絨毯を二人に処理してもらったため、今度は自分がと取っ手を握って力いっぱい引っ張る。


「んー……ダメ! すっごく重い!」


 頑張ってみるもびくとも動かなかった。離した手は痛々しく赤味を帯びる。


「よし、俺の番だ……ムリだな、びくともしない」


 瑞樹がダメなら信晴もダメだろう。言わなくても本人も分かっており、苦笑いをする。


「大きなカブみたいだね」


「じゃあやってみるか?」


 面白そう、とノリノリな瑞樹が先頭。次に信晴、リンで一列に並びもう一度引っ張ってみる。掛け声は恥ずかしいから言わなかった。


「どう? 開きそう?」


「分かんない!」


「ダメだ! 俺の指が千切れる!」


 瑞樹はそう叫ぶと同時に手を離した。二人は一生懸命引っ張っていたため一斉に倒れてしまった。


「おもっ、手を離すなら先にいってよ!」


「悪い悪い」


 一番下で下敷きにされたリンは二人分の重さに押しつぶされるかと思った。それなのに瑞樹の軽い謝罪に怒りは収まらない。


「これもう無理なんじゃない?」


 怒りの矛先はびくともしないコンクリートへ向かった。これ以上力を出すことは出来ない。3人で頑張ってもダメだった。事実上の手詰まり。


「それなら上級生の俺に任せろ!」


 ドン、と胸を叩いて誇らしく上を向く。何やってんだこいつは、と言う目で見てしまうリンは悪くない。


「3人でやって動かなかったのに?」


「俺はお前たちと違って先輩だからな。今ノブたちが持っていなくて欲しがってるのを俺は持ってるしな」


「それって……」


 自慢するようにヒントを言う。そのおかげで何が言いたいのかすぐにわかった。




「「式神!」」




 同時に言葉を発した。瑞樹の傍にどこからともなく虎が現れる。普通の毛並みじゃない。水色の毛並みをした虎だ。


「正解。コイツは水虎。あざなはルイ。悪戯好きな面白いヤツだ」


 そう言いながら頭をバシバシと叩く。虎を叩くなんて、とドン引きする二人。しかし水虎のルイはなされるがまま、文句も不満も口にしない。


『……』


「どうしたルイ、変なモンでも食ったか?」


『そんな物食わん。お前に呆れているだけだ』


「なんだいきなり。それよりこの扉持ち上げてくれよ」


 ルイは半眼で瑞樹を見つめる。何か言いたそうな目だが、言うだけ無駄だとあきらめも混じっているようだ。


『はぁ、まあいい。どうでもいい』


 はじめて声を発したと思えば投げやりな発言。まだあまり式神を見ていない二人の目にもおかしな式神だと映る。


「悪戯好きなの? それにしてはなんかすごく……鬱っぽくない?」


「大丈夫? 瑞樹くんに何かされた?」


 のそのそと瑞樹の命令に従おうとしていたルイの足がピタリと止まる。そのまま動かず、ふるふると全身が震えだす。何か悪いことを言ってしまったかと二人は顔を見合せた。式神と言っても虎の姿をしているため、ちょっと怖い。


『お前ら……』


 ゆっくりと振り返るルイ。その表情は――涙にぬれていた。


『良いヤツらだなぁ』


 とめどなく丸い瞳から涙がこぼれ落ちる。ぐしぐしと器用に前足で目をぬぐうも一向に止まらない。コイツがどんだけいい加減か……と何やら愚痴を言い始めた。


『最初は瑞樹に負けたからしょうがない、式神になってやろうって思ったんだよ。人間の寿命なんて短いから数十年一緒にいればそれで終わり、それに瑞樹がどんな人生を歩むのか見てみるのも面白そうだなって思っちまったんだ。それが間違いだってあの頃の自分にいってぶん殴って止めてやりたいぐらいだ!』


 くわっと怖い顔で叫ぶ。迫力がありすぎて思わず一歩下がってしまった。


『瑞樹と来たらことあるごとに俺を呼んでこき使って、終わったら帰っていいとすぐに興味無くすし、呼ばれたと思ったら掃除しろだの食器洗えだの……そんなんただの家政婦じゃねーか! そう思うだろ!?』


 ずい、と一歩近づいてくる。あまりにも可哀そうな話と表情に今度は下がることはしなかった。むしろ同情してリンはハンカチを取り出した。


「辛かったね」


『辛い! でも瑞樹は分かってくれない! しかも【悪い点とったから食べろ】とか、もう俺は妖怪としての誇りも踏みにじられて……なのに【式神ならそれくらい当たり前だ】って! 嘘こけ!』


「瑞樹くん、式神が嫌がることはしないほうがいいよ」


「俺は嫌じゃない」


『そうじゃない! 俺が嫌なんだ! 少しは人の気持ちや式神の気持ちもきちんと考えて行動することが大切なんだ。そんなだから瑞樹はいつもいつも――』


 はじめは無口だと思ったけど、まったく違う。これはため込むタイプだ。

 瑞樹の横暴に耐えて耐えて……今、風船のように弾けてしまった。このやり取りはルイの気が済むまで終わらなかった――。

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