ここに決めた!

「よし、分かったぞ!」


 瑞樹は両こぶしをあげて晴れやかな顔で伸びをする。


「何が分かったの?」


「もしかして、幽霊がいない理由?」


「そのとおり!」


 信晴の予想にびしっと指を突き付けて正解を言い渡す。さすが上級生、と2人は少しだけ尊敬した。


「この病院は学校から見て東の位置にある。だから学校は西に見える」


 屋上の地面に地図を置き、病院の場所を左手で示し、右手で日之出学院を指す。


「それが何か関係するの?」


「慌てない慌てない、まだ地相学も方位学も習ってない1年生でも分かりやすい様に順を追って説明するから」


 習っていない授業のことを言われるとぐうの音も出ない。口を閉じて瑞樹の説明を聞く。


「方角は一つ分かれば後は簡単。学校と逆側が東。だからこっちが南であっちが北だ」


 四方を順繰り指さす。こっち、と病院の錆びた門を南と指さし、あっちと反対側の森を北と示した。


「方角は分かった」


「瑞樹って何気に勉強できるんだね」


「まあな」


「……僕たち実家は京都だから、方位学は勉強できるとはあんまり言わないかな」


 信晴がぼそっと言うと、ここで言うなとばかりに瑞樹が小突く。リンは意味が分からず首を傾げる。


「どういうこと?」


「京都は碁盤の目って言われて、方角が分かりやすいんだ」


「だから今いる位置から北はどこかって気にすんだよ」


 だから方位を詳しく説明できるんだ、と納得する。今までの式神探しでリンも地図を見ていたが、ここに行きたいといえば信晴が先導してくれることもあった。


「で、だ。この廃病院は窓が南向きと覚えておいて、次に太陽についてだ」


「太陽?」


 上を向くと眩しくて目を開けていられない。それほどまだ日は高いところにある。


「太陽は東から昇って西に落ちるってのは知ってるだろ?」


 2人はそろって頷いた。


「建物上、東に窓があると朝日が良く入り、西だと夕日が入りやすい。北は日が入らず、南向きの窓は日が入りやすい」


「あ、分かった!」


 信晴は説明の途中で理解した。リンは全然分からず、ちょっと慌てる。


「え、なに? なにが分かったの?」


「幽霊や妖は太陽の光が苦手だよね」


「うん、それでここの窓は南向きで……それだと日が入りやすくて――そっか!」


 頭に電球が点灯したように理解した。


「つまりここは幽霊とかが出そうな見た目だけど、窓が南向きで日が良く入るから悪い気が溜まらないのね」


「せーかーい!」


 おめでとう、とぱちぱち拍手をされて褒められる。一番理解が遅かったが、褒められると素直にうれしい。


「……でも、そうなるとここに来た意味ないんじゃない?」


 その通りだ、とリンはハッと気づいた。思い切って入ったものの、式神を得られないのなら意味がない。自然と視線が瑞樹に集まる。


「……夜は出るとか?」


「適当!」


 そんなことだろうと思った、と信晴はため息をついた。リンも呆れて肩を落とす。


「また一から探しなおしかー」


「頑張ろう」


 励まし合う2人に焦る瑞樹。


「いやいや、ちょっと待て」


「なに?」


 もうここにいる意味はなく、投げやりに問いかける。瑞樹についてきたのが馬鹿だった、とでも言いたげだ。


「ここには何かいる気がする」


「でも今まで見てきたけど何もなかったじゃない」


「いや! 俺の勘がここに何かあるって言ってるんだ」


 信じろと言わんばかりに自信にあふれている。勘を信じろなんて、とリンは呆れて屋上の出口に向かおうとする。


「もしかして……」


 信晴は何か悪い予想を思いついたのか、顔色が悪い。


「今度はなに?」


「怖い話によくある、隠し部屋があるのかな、って」


 それならまだ見つけていないため、あり得るかもしれない。隠し部屋ならいわくつきが多いから中に恐ろしい幽霊が――とはよくある話。


「うーん、それはないな」


「ホント?」


「例えば隠し部屋があるなら1階10室、2階9室、3階10室……ってな感じで部屋数が一部減ることが多い。だがこの建物の造りはどの階も同じだった」


 そこまで見ていたんだ、とリンは驚いた。ただ室内を見て回っているかいないかしか確認していなかったのをちょっと恥じる。


「よかった、じゃあ僕の考えは外れだね」


 自分の考えがよほど怖かったのか、論理的に隠し部屋はないと知りほっと安堵の息をつく。けれど信晴の考えは瑞樹の勘を冴えさせる一因となった。


「そうか分かった!」


「はいはい、なに?」


「地下だ!」


 屋上の床を指して嬉しそうにする。


「地下?」


「地下があるならまだ見ていない階があることになる。そこなら日当たりなんてなくって、ずっと暗くてじめじめしているはずだ」


 瑞樹の言う通り、もしここに地下があるなら何かいるだろう。特に病院で地下があると言うことは――


「も、もしかして……霊安室?」


 自分で言って信晴は顔色を真っ青にする。想像しただけで怖くなってしまったのだろう。


「かもしれないな!」


「うぅ」


 あっけらかんと瑞樹が言いい、信晴は言うんじゃなかったと後悔した。


「無いと思うけどなー」


「なんで?」


「私達1階全部探したよね、その時地下に行けそうなところ、なかったはず」


 2人もはた、と気づいた。1階は3人全員でくまなく探した。手抜かりになっていったのは2階、3階と階を重ねるごとだ。3人は1室1室どういうところがあったか思い出す。


「あ」


 信晴が声を上げ、隠すように口を手で覆う。何か思いついたけれど言いたくないのだろう。


「信晴?」


「隠しても無駄だぞ」


「だ、だよね……予想だけど、理事長室かなって」


 理事長室。と言われて1階にあった広い空間を思い出す。

 その室内は広くて、唯一大きな机だけが残されている。椅子はなかったけれど引き出しはすべて開け、中身は何もないことを確認した。


「そっか、あの部屋だけ赤い絨毯が敷かれてあった」


「そういや、偉い人の部屋が1階ってのもちょっとおかしいな」


 瑞樹は偉い人と言えば一番高い見晴らしのいい部屋を陣取るものだと主張する。確かにそのイメージは多い。社長室とか、タワーマンションの最上階はお金持ちってイメージと同じだ。


「……やっぱり、地下室があるからじゃない?」


 今日の信晴は冴えている。これで怖がりじゃなければ、と2人は少し残念な目で見つめてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る