着いた先は

「帰ろう」


 目的地に着いてそうそう信晴は青い顔をして踵を返そうとする。これにはリンも頷きかけた。

 目の前にはオンボロでいかにも何かが出そうな廃病院。入り口の巨大な鉄柵は錆びて傾き、敷地の雑草はぼうぼう、建物はいたるところに細かなひびが入っている。元は白い病院だったが、手入れされず長く放置され、すすけたように黒ずんでいる。


「ダメに決まってんだろ」


 ビシッと断られた。瑞樹が先陣を切って入ろうとする。しかし二人は躊躇した。


「ちょっと、ここ本当に入っていいの?」


「立入禁止って書いてないだろ」


 見るからに立ち入ってはいけない雰囲気なのに、それを堂々と否定する。確かに壁にも鉄柵にも『立入禁止』の文字はない。あるとすれば鉄柵の脇に元々看板が立っていたが、ぽっきりと折れてしまっている。その看板は年月を経て文字が殆ど見えづらくなっているが、『売り地』と書かれていた。自分がおかしいのだろうか、とリンは錯覚した。


「もし入ったのがバレたらまた田中先生に叱られるよ」


 叱られる、と言う言葉に嫌でも反応する。あの日は親にも怒られた。もしこの中に入ったとばれたらまた怒られるし、今度はお小遣いを抜きにするとも言われている。


「じゃあ式神はいいのか?」


「それは……」


 欲しい。ここに入ったら得られるかもしれない。けれど――


「なんでこんなおどろおどろしい所なわけ? もっと別の場所ないの?」


「妖や幽霊はこういったところを好む。地相学で学んだからな、他の所は今のところない」


「そんな……」


 そう言われてはここに入る以外の選択肢はなくなってしまう。だから入るのか、と言われたら悩む。信晴も止めよう、と必死でリンを見つめて訴える。うだうだと悩む二人に瑞樹はやれやれと呆れた。


「そんなこと言ってたらいつまでたっても式神を持てないままだ」


 その通りだ。

 クラスでもどんどん式神を持っている人が増えてきている。この場所をやめて他を探すとなったら、また一から探しなおしだ。それでいつになったら見つかるか。もしかしたらクラスで一番最後になるかもしれない。そしたらなんて言われるか――


――さすが『落ちこぼれコンビ』


――やっと見つけた貧相な式神ね


――それって外国産?(笑)


 想像しただけで怒りがわいてくる。そんなことを言ったら田中先生が黙っていないが、陰でコソコソ言うことまでは取り締まれない。一番最後にだけはなるまい、とリンのプライドに火がついた。


「私、行く! 信晴は?」


「じゃあ僕も……」


 リンは決意固くいくことにした。決めてしまえば迷いはない。しかし信晴は渋々、リンに付き添っていくようなものだ。瑞樹がいるし、日も高いため悪いことはそう起こらないだろう。そんな気持ちも含んでいた。




 鉄柵の隙間から敷地に入り、子供の腰くらいまで育った草むらをかき分けてドアまでたどり着く。しかしドアにはグルグルと鎖が巻きつけられ、南京錠でがっちりとロックされていた。


「これじゃあ入れないね」


 少しほっとしたように信晴が言う。これなら帰れる、と思ったのだろう。


「窓から入ろう」


 瑞樹の機転により1階の窓に向かう。そのうちの何個かは壊れていて、何とか乗り越えられる高さだった。でも見えない破片があったら手や足を切ってしまうため、慎重に乗り越えた。


「侵入成功」


 いえーい、なんて手放しで喜べない。信晴は悪いことをしているという自覚で顔が真っ青だ。


「大丈夫?」


 声をかけるも頷くのみ。大丈夫と言うのだからまだいいかもしれない。ダメならダメって言いそうだし。とリンは思い室内を見回す。

 部屋には何もない。病院と言うことはベッドやイス等が1部屋に何個もあると思っていた。だが廃病院になる前に全部処理したのだろう。ただの広い部屋だった。


「行こう」


 瑞樹がすたすたと廊下に続くドアを開けた。ギィーっと錆びた嫌な音がするもちゃんと開く。廊下に出ると、同じようなドアがいくつも並んでいた。


「どうするの?」


「片っ端から探すしかない」


 最初のドアに目印として大きめの石を置き、1部屋1部屋覗いていく。一階は何も見つからなかった。


「2階も見よう」


 瑞樹は廊下の途中で見つけた階段をすたすたと昇っていく。ちょっとひびが入っていて怖かったが、全体的にコンクリートでできているためしっかりしていた。2階は3人ばらばらに動いて部屋を確認する。その方が効率がいい。3階、4階、5階と探すも何も見つからない。むしろ何もいないから信晴の顔色もよくなってきたほどだ。


「おかしいね」


「でも、そんなに悪い気が溜まっている場所じゃないよね」


 室内は何もなくても、そこにたたずむ幽霊くらいなら1人や2人いそうなものだ。しかしここにはそういったものが一切ない。


「屋上も見ていいか?」


 瑞樹が次の階段を指さす。

 その先は扉があって、もうそこで終わりだということが分かる。二人は頷いて瑞樹の後に続く。屋上のドアにはかぎが掛かっていなかった。

 青い空に白い雲。高い位置から木々を見下ろすことが出来、街並みも一望できる。明るい外に今までの緊張が解けてほっと安堵する。


「なんかココ、幽霊とか妖怪とかいる気配しないね」


「うん、ここでランチしてもいいくらい」


 信晴とリンは楽しそうにはしゃぐ。学園の探索はしたことがあるが、屋上には出られなかった。ちょっと屋上と言う場所に憧れがあり、この状況を楽しむ。ただここにはフェンスがなく、

その分見晴らしがいいが、落ちたら危ないのであまり動き回ることはしない。


「っていうかコレ、絶対幽霊いなくない?」


 生暖かい夏の風が、三人の間を抜けていった。

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