2章

瑞樹登場!

「初日で使役できたのは3人かぁ」


「それ以外はマチマチだね」


 あの日リンたちは親にこってり絞られた。それから門限厳守を約束させられて、放課後はなかなか式神探しが出来ない。

 初日に式神を得られたのは倉橋 葵がカラス、月夜見 灯がウサギ、そして村田 陸がキツネ。陸以外は家に帰ってから代々伝わる式神を使役したという。つくづく血筋がものをいうんだな、とリンはぶすくれていた。


「どこにいるんだろう、私の理想の式神」


 それもそのはず、あれから3か月たってもリンと信晴は式神を使役出来ないでいる――。


「先生も言ってたけど、信頼関係が大切だからね」


 もう何度目かの式神探し授業。日はだんだんと高くなり、気温も上昇して夏が近い。木陰になっている公園のベンチに座り信晴はリンを慰める。

 平日の公園には殆ど人がいなく、ハトが地面で餌を探し、カラスが1羽木の上でくつろいでいる。3か月も経つとその期間に信頼関係を築けて式神を得たクラスメイトがちらほら出てきていた。


「候補すらいないのに……」


「き、気長に探すしかないよ」


 信晴は昼休みに見せられたものを思い出した。歴史の授業中、ノートに落書きをしていたらしく、『my shikigami is nambarone』と題してドラゴンのような生き物を描いて目を輝かせていたことを。……正しくは『My shikigami is numberone』だが、信晴は何も言えなかった。


「そっちは式神候補いるの?」


「え、うーん」


「ってかそもそも安倍晴明の家系だよね? もしかして私に遠慮してまだ使役してないだけ?」


 それは悪いことをしちゃったな、と暑さを忘れて冷や汗が出る。信晴に追い越されることは考えていなかった。

 当の本人はそんなことはないと必死に頭を振る。


「そんなことないから……僕も、早くしないと」


 ぎゅっと拳を作って俯く。自分のことばっかりで気づかなかったけれど、信晴もそんなに悩んでたんだ……と少し心配しになってきた。




「ひっさしぶりだなノブ!」


「うわっ」


「え、なに!?」


 ベンチの後ろから声をかけられ驚いてぴょんと立ち上がる。鼓膜が破れるかと思うくらいの声量。


「瑞樹くん!」


「相変わらずビビりだなぁ」


 若干傷つく信晴。しかし後ろから至近距離であんな大声で呼びかけられたら誰でも驚く。そんな心境を無視して少し年上の瑞樹と呼ばれた男の子は片手を上げて歯を見せて笑う。

 距離感を間違えてる方が悪い、と思うも初対面でそんなことを言うのは失礼にあたるため、心の中だけで思っておいた。


「知り合い?」


「うん、2つ年上の土御門つちみかど 瑞樹みずきくん」


「じゃあ……先輩、ですよね」


 見た時から身長も体格も自分たちより大きく、年上であることは分かっていた。目上には敬語を使わなければいけないと教えられていたため使ってみる。先生に対して敬語を使うけれど、少し年上の人に敬語を使うのは慣れない。身近にそんな存在がいなかったからかもしれない。


「先輩だな、でも気軽に瑞樹って呼んでいいぜ。アンタは確か――」


「リノット・リンです。よろしくお願いします」


「そうそう、そんな名前! 入学式で騒がれてた子かー!」


 蘇る入学式の忌まわしい記憶。過ぎ去ったことは忘れようと思っていたのに、わざわざ掘り起こしてくるなんて。


「ノブと仲良くなったんだな、こいつは昔から内気で根暗で友達いなくていっつもアリの巣観察してるような俯いてばっかの奴だけど、悪い奴じゃないんだ。だから仲良くしてくれよ」


 信晴の背中をバシバシ叩いて紹介する。酷いいわれように若干涙目になっている。

悪気があるようには見えないが、思った事を素直に言ってしまう性格なのだろう。そのせいでどれほど信晴が傷ついているか本人は分かっていないというのはマイナスだ。


「瑞樹さんと信晴はどういう関係?」


 性格からして接点の少なそうな二人だ。どうやって知り合ったのか気になる。

 よほど変な質問だったのか、瑞樹はきょとんとした顔した顔をした。


「お前『安倍』と『土御門』の関係を知らないのか?」


「何か関係があるの?」


 リンは日本の歴史にあまり興味がなかった。授業で落書きする程度には聞いていない。そんなリンの顔を見て瑞樹は少し驚いたが、最近はそういうものか、と納得した。


「じゃあ『安倍晴明』も知らないのか?」


「みんな聞いてくるよね、信晴の先祖でしょ」


「そうだ、それでいて俺の先祖でもある」


「……え? 名字違うよね?」


「途中で宗家そうけ分家ぶんけに別れたんだ」


「そうけ? ぶんけ?」


 なんだかややこしい。名字が違うというところから全然ついていけない。


「宗家とはその家の長男が継ぐことで、分家は長男じゃない次男とか三男とかの家系のことだ」


「何となくわかったけど……それでも名字はみんな『安倍』じゃないの?」


 結婚したら名字は変わる。だが長男が家を継ぐという日本の文化ではその者の名字は変わらず残るのが普通だ。となると安倍晴明の子孫は安倍で、次男も三男もお嫁さんを貰って安倍のまま。名字が変わるとしたら女性が生まれてどこかの家に嫁ぐ時だ。それ以外で名字が変わることはあまりない。

 でもそうなると安倍家はなくなっているはずだし、女性だけが生まれたわけじゃないなら名字は安倍だし……とリンは頭の中がこんがらがって来た。これが歴史を勉強してこなかったツケか、と勉強の大切さを知った。


「確か宗家の跡目争いがあって、その時に京都でも戦があって、天皇に土御門家の陰陽術が認められて、それから宗家が土御門になった……だったかな」


「室町時代に天皇から土御門の姓を貰ったとか、諸説あって……そもそもその戦がよく分からなくって、詳しいことはよく分からないんだ」


 瑞樹も深く頷く。あまり勉強は出来ない方だと思ったけれど、説明は分かりやすい。ただ分からないと信晴までさじを投げてしまうと思わなかった。


「安倍晴明の家系って難しいんだね」


「俺らも小さい頃は自分の家系や歴史を習わされたけど、やっぱ安倍晴明の話が多かったな」


 今度は信晴が頷く。どっちも安倍晴明のことは小さい頃から聞かされていたらしい。

 どんな幼少期だ、とリンは少し引いた。安倍晴明への尊敬がすごすぎる。


「そういえば瑞樹くんはなんでここにいるの?」


「俺は地相学でここら辺をフィールドワークしてたんだ、そしたらノブ見っけたから声かけた」


「地相学?」


「3年になったらある授業で風水みたいなもんだよ。そっちは1年だから式神の授業か?」


「そうだよ」


「そうか! そりゃあちょうどいい!」


 うんうんと1人で何度も頷く。

 ちょうどいい? どういう意味だろう、と信晴の顔を見るも首を横に振る。親戚でも分からないようだ。


「実はこの前のフィールドワークで良いとこ見つけたんだ。そこなら式神になってくれるヤツがいるかもしれない」


「それホント!? どこ!?」


「それは――」


 瑞樹はちらりと信晴を見る。彼も期待に満ちた目をして聞きたそうにしていた。それを確認すると一度口を閉じ、ニッと笑う。


「着いてからのお楽しみだ」

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