シロの一声

 ゴウっとひときわ強い風で境界線の枝や葉は簡単に吹き飛んでしまった。2人は腕で顔を隠し、飛ばされない様足に力を入れる。そうしないと吹き飛ばされそうだ。

 砂まで巻き上げて、目が開けられない。小石もぴしぴし飛んでくる。


「おい! さっきより酷くなってないか!?」


「いたっ分かってる!」


 息もしにくいなか、枝を振って呪文を唱えようとする。運悪く飛んできた石が枝に直撃しバキッと折れてしまった。


「どーすんだよ!」


 さっき投げたルーン石を探すも、この風でどこかに飛ばされてしまった。荷物になるからと1個しか持ってきてなかったことを後悔する。


「わ、私にばっかり頼らないでよ! あんたもなんかしなよ!」


「さっきまでふんぞり返ってたくせに!」


「さっきと今じゃ状況が違うでしょ!? もう一回ごめんなさいしたら?」


「この砂嵐でどこにいるかもわかんねーのにムリだろ……いってぇ」


 運悪くこめかみに石が当たり、その衝撃で体勢を崩して膝をつく。当たった部分からじんわりと血がにじんでいる。


「陸!?」


 助けたくても、一歩も動くことが出来ない。今の格好を保っているので精一杯だ。


「大丈夫だ」


 とは言ってもこのままだとまた怪我をする。今度はもっと大きい石や枝が刺さってしまうかもしれない。どうすれば……そう考えていた時、突然風が止んだ。


「怪我見せて!」


 これ幸いと陸の怪我にハンカチを当てる。そして2匹のキツネはどうしたのか、なんで攻撃を急にやめたのか気になり辺りを見回す。

 コーン、とキツネが鳴く。


――やっぱりまだいる。


 また攻撃される。強張って目をつぶるも、一向に風が吹く気配はない。

 おそるおそる目を開けて声のした方を見ると、社の屋根に大きくて白いキツネがいた。月の光を浴びて艶やかな毛並みが目を引く。


「キレイ」


「うちのおキツネ様だ」


 え、と驚いて陸を見ると、安堵して身体の力を抜き、白いキツネに顔を向けていた。白いキツネも陸を視認する。アイコンタクトでもう大丈夫だと言っているみたい。


「リンちゃん、陸くん!」


 信晴が慌てて駆け寄ってくる。その目には若干涙が浮かんでいるも、顔は嬉しそうに笑っている。


「信晴!? お前がやったのか」


「先生呼びに行かなかったの?」


 2人がたたみかけるように言葉を発したため、信晴は一瞬たじろいだ。


「2人に行ってもらって、僕が陸くんのところの神使を呼んだんだ」


 陸は驚いた。

 稲荷神社は他の稲荷と繋がっている。それはもうインターネットのように。信晴はそこにアクセスして、陸の知り合いのキツネを探し、ゆかりのある神使を見つけて呼び寄せた、ということになる。それは地道で気の遠くなるような作業だ。血縁の陸でさえ絶対にやりたくない。けれどを成し遂げ、神使を呼んでくれた。気骨のある奴だ、と少しだけ見直した。

 白いキツネは灰色のキツネ2匹を睨み付ける。体格差もあり、まるで2匹は子狐のよう。力の差を実感しているのか、小さい体を縮こませてひるむ。




『野良狐共が、うちのせがれに何をしている』




 低く、静かな声で白いキツネは唸った。その声には怒りが混じり、助けられた陸ですら怯えている。身内だから怒ると怖いことを知っているからかもしれない。野良狐と罵られた2匹も、あまりの剣幕に何も言わず逃げていった。

 白いキツネはふん、と鼻を鳴らして怒りを抑える。呆気ない終わりだった。


「あの2匹はこの神社の神使じゃなかったの?」


「違うよ、ここのお稲荷様はもういなくなっちゃったんだ。それを知ってさっきのノラギツネ

は我が物顔で居ついてたんだ」


「もしかして、最初から知ってた?」


 すらすらと答える信晴にリンは不信感が募り眉を吊り上げた。それなら最初に言ってくれれば良かったのに、と顔に書いてある。


「お稲荷様の神使は白いキツネだっていうから……で、でもそれをあの時言ったらノラギツネをさらに怒らせると思って」


 リンの剣幕があまりに恐ろしく、最後にか細くゴメンと付け足す。納得がいかない、と不満に思うも信晴を見てると怒るに怒れない。


『うちの陸を見捨てず助けてくれて感謝する』


 リンに向き直り、優雅に揃った毛並みを光らせてお辞儀をする。神使が頭を下げるなんて、と信晴と陸は目を見張った。


「こちらこそ、助けていただきありがとうございます」


「ありがとうございます」


 リンがお辞儀すると、信晴も続けてお礼する。陸は身内のため照れくさいのか、特にお礼もしない。白いキツネもそんなことは気にせず陸に話しかける。


『何故うちで式神を得ようとしない?』


「え、だって家から学校まで遠いし、稲荷なんてそこら辺にあるからどこでもいいと思って」


 白いキツネは呆れた、という表情を隠そうともしない。


『そんな理由かよ!』


「うわっ」


 キツネの後ろからひざ丈くらいの小さな白いキツネが陸に突進する。


「シロ!」


 陸は受け止めようとするも、その腕をとととっと歩いて肩に乗った。そして尻尾でぺちぺち陸の頬を叩き、怒りをあらわにする。


『昔から一緒に遊んでやったのに恩を忘れやがってさ!』


「痛くねーよ、そもそもお前『弱輩者じゃくはいしゃの元にはつきたくない』とかいってただろ」


『いっ……たけど』


『どちらも未熟だ。ゆえに切磋琢磨し、己が相手に負けぬよう励め』


「じゃあ式神にしていいの!?」


 こくり、とこの場で一番権限のあるキツネが頷く。

 そしてシロと呼ばれた子ギツネに視線を向けると、そっぽを向きつつ


『しょうがないからなってやってもいいぞ』


 との了承を得た。ふりふりと尻尾が揺れ、嬉しさが隠せていない。似た者同士だとその場にいた1人と1匹以外は思った。シロは音もなく地面に着地して陸と向き合う。


「知ってるけど、オレは村田 陸」


『――――』


 シロが何か言うも、なんて言ったのか聞き取れずリンは首を傾げる。


「今のはたぶんシロの本当の名前だよ」


「本当の名前? シロじゃないの?」


『それはあざなだ。真名まなを唱えるとその者から縛られるゆえ、主従関係が成立する。だがそれでは普段呼ぶ名がなくなるため字をつける』


「じゃあシロって字は陸がつけたの? そのまんまじゃん」


『ああ』


 白いキツネは陸とシロを見て目を細める。動物は表情があまり変わらないけれど、なんだか微笑んでいるように見える。


『面白きかな、陸の祖父も私をシロと呼んでいた』


「え、同じ名前なの?」


『血とはこうも似ると思わなんだ』


 その瞳は陸とシロを見ているようで、祖父と自身を重ねているみたいだ。どんな人だったのかは知らないけれど、やっぱり陸に似ているのかもしれない。何代にもわたって見てきた想いがつまっている。

 リンは今までとは違う、血筋を大切にする人たちの想いを感じ取った。そしてそれは、やっぱりどこか近寄りがたいものがある。他人のそれを見るのは、なんだか無性に家族に会いたくなるような、ホームシックな気分をほうふつとさせた。

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