ウィッチ・クラフト
「ちょっと! しっかりして!」
リンは信晴の肩を揺さぶって正気に戻そうとする。自分も落ちつこう、と周りの状況に目を配る。
取巻き2人は陸に近づこうか、けれどもそれが出来ないためどうしようかと立ちすくんでいる。その様子をずっと見ていた信晴は自分なんかに陸を助けることは不可能だと悟って涙目になる。
「ムリだよ……」
むしろこの神社から逃げることすらできない。陸は2匹のキツネによって最悪殺されてしまう。恐怖で一歩後ずさろうとすると、
「ムリじゃない!」
リンだけはこの状況下でまだ希望を持っていた。肩に置いた手に力を入れ、信晴が後ずさるのを力ずくで阻止する。
「信晴は誰よりも早く危険に気づいてた。あのキツネにも一番最初に気づいてたでしょ? それってこの中で一番力が強いからできたことだよ」
だからといってキツネを倒すことが出来るとは言わないが、皆を連れて逃げることくらいならできるはず。リンはそんな思いで一緒に頑張ろうと励ましたつもりだった。
「……それでも、ムリなものはムリなんだ」
けれど信晴はその励ましに応えることが出来ず俯く。足がすくんで立っているのが精いっぱいだ。
「なんでそんなに弱気なの」
「人前とか、緊張すると……怖くて何もできなくなるんだ」
今にも泣きだしそうな顔をしながら本音を漏らす。
だから教室で酷いことを言われても何もできなかったんだ、とリンは理解した。それと同時に焦る。頼りにしていた信晴がこの状況で何もできないなんて。
「なんだよ使えねぇ」
「りっくんどうすんだよ」
2人は信晴を責める。どう見ても悪いのは陸で、信晴を頼りにしていることがおかしいことなのに。
信晴は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん……」
おかしい。リンはブチっと堪忍袋の緒が切れるのが分かった。
「アンタたちねぇ、さっきから酷いことを言うか同調するかしか出来ないの? 何度も信晴が注意したのに聞かなかったのは誰だと思ってんの!?」
キっと二人とともに渦巻く風の中にいる陸も睨み付ける。あまりの剣幕に二人はうっと言葉に詰まり何も言えない。こういう時に言い返してくれるのは陸だった。
「ぐっ……息が……」
しんと鎮まった4人の間に、陸の弱々しい声が届く。まとわりつく風が強すぎて息がしにくくなっている。そのことに気づいて早く助けないと、と4人の意志は一つになった。
「今まで頼りっぱなしでゴメン」
すぐに動けたのは――リンだった。信晴に声をかけ返事も待たずに走り出す。
「え」
信晴は呆然と走っていくリンを見つめることしか出来なかった。どうしてあんなに強いんだろう。僕にも勇気があれば――。それは残された2人も同じ考えだった。
「俺ら、どうすればいいんだ?」
「ケータイもさっきから圏外だしよ」
リンが動いた以上、自分たちも動かなければと考えた2人。頼りのケータイは圏外。GPSがついていると聞いているが、いつになったら探しに来てくれるか。
この中にリーダー格はいなく、どうしようと右往左往するばかり。信晴は考えを巡らせ、1つの案を思い浮かべる。目に溜まった涙をぬぐい、2人に向き合う。
「ちょっと考えたんだけど――」
リンは近くに落ちていた木の枝を拾う。そしてポケットから1つの小さな石を取り出して
「ウルズ!」
呪文を唱えてそれを投げると、つむじ風がバチンと音を立てておさまった。すかさず陸の前に立ち木の枝を使い、
「フェルン!」
と唱えて一線を引く。落ちていた他の木の枝や葉が光り出し、リンとキツネの間に境界線が出来る。
『こしゃくな』
『異国の妖術か』
自身の術を破られ、守りに入ったリンを睨み付ける。そんな視線怖くない、とでも言わんばかりにニッと口角を上げて笑い返す。
「助かった……」
つむじ風がやんで息が出来るようになり、ぜいぜいと呼吸を整える。そして目の前に立っているのが友人でも先生でもなくリンということに若干の敗北を感じた。
「……なにやったんだ?」
謝罪や感謝の言葉は出なかった。言うのが気恥ずかしく、照れ隠しに出た言葉は見たこともない呪文と術についての疑問。リンも今更感謝の言葉が聞けるとも思っていない。
「私が投げた石がルーンで木の枝はオガムの魔術。ハンノキだから扱いやすくて良かった」
リンが投げた石には「n」の様な文字が刻まれていた。木の枝はそこら辺に生えている木から自然に落ちたもの。ここは
「ルーン……は何となく分かるがハンノキ? オガムの魔術ってなんだよ」
「ケルトでハンノキは守護に使うことがあるの。この境界線は私達を守るものだよ」
魔術について軽く説明していると、さっきまで怖がっていた自分が嘘のように自信がみなぎってくる。後ろを向いて大丈夫だと笑いかける余裕すら出てき、陸を安心させた。
「……さっきは悪かったな」
それは陸が怒りで我を忘れてキツネに言った言葉。冷静になって思い返すと、リンに酷いことを言ったと気づいた。
「もういいよ」
「お前、すごいよ」
「まあね」
日本で唯一の
威張っていて嫌なヤツだと思ったが、根は良い子だな、と考えを改めた。
『少し
『もう許さぬ』
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