キツネの怒り

「なんだよ、成功じゃん」


「ただの脅し……?」


「よかったね、りっくん」


 3人は少し安堵の息をつく。だが異様な空気はそのままのため、あまり強い虚勢ははれない。現に社の前にたたずむ2匹はただそこにいるだけなのに威圧感を放っている。

 呼び出されたことに怒っている。だからこんなに居づらい空気が流れているのか、とリンは納得した。肌を指すように空気が張りつめている。どうするの、信晴にと聞こうとしたが、それよりも先に動きがあった。


『何度も何度もなに用か』


『つまらぬことなら常夜とこよへ引きずり込むぞ』


 2匹は無表情のまま、何ともないように平坦な声で言い放つ。

 『常夜』とは、つまり『あの世』のこと――5人はぞっと背筋が凍った。


「どうしよう……」


「もとはと言えばりっくんが……」


 2人はもごもごと小さな声で何かを言いながら陸から2歩、3歩と離れていく。

 陸は自分がやってしまったことの恐ろしさにやっと気づく。キツネの恐ろしさに飲み込まれそうになるも、ぐっと手のひらを握って1歩前に出る。


「オ、私は、村田むらた りくと申します。家はこっから……ここから少し離れた、稲荷神社で……6代にわたりお稲荷様を、信奉しております。この度、お呼び出ししましたのは、お稲荷様の神使に私の式神になっていただきたく」


『くどいぞ』


『先も断ったであろう。なに用かと聞いておる』


 陸のたどたどしくも敬いの言葉はキツネによりばっさり切られた。

 悔しさにうつむき、歯噛みする。陸は今日のことを思い出す。


 陸たちが真っ先に向かったのはこの神社だった。

 コンビニで好物の油揚げを買い、すぐに呼び出そうとした。だがどれだけ祝詞を唱えても何も応えてくれなかった。今の様にキツネが出てくることもなく、むしろ頭上に石ころを落とされただけ。それが拒絶であることは分かったが、納得できない。




「はい」




しんと静かな中、リンは授業で発言するように手を上げてキツネたちをまっすぐ見つめる。


『なんぞ』


『申してみよ』


「私はリノット・リンと申します。私の式神になって」


『嫌じゃ』


『どこぞの血筋かもわからぬ異国人なんぞの下に誰がつくか』


 異国人、その言葉にリンは鋭い何かでぐさりと刺されたような痛みを感じた。日本人の血も入っているのに、日本人には見られない。それは人からだけではないのだと思い知った。


『つまらぬ』


『もう用はないのか? ないなら――』


 キツネは赤い目を細める。表情はないが異質に笑っているように見える。悪意の塊のようで、言葉の続きを想像してぞっとする。

 待って、と信晴が焦って口を開こうとするも、


「……なんでだよ」


 俯いたまま陸が呟く。


『なんぞ』


「オレの家は6代も続く稲荷信奉だ。血筋だってはっきりしてる、外国の血なんて入ってない、なのになんでこんなヤツと一緒で俺もダメなんだ!? おかしいだろ!!」


 キツネを指さしてめいっぱい叫ぶ。

 自分がキツネを使役できず、拒絶されたことが納得できない。そしてその言葉がリンを傷つけていることも気づけていない。


『逆上したぞ』


『嘆かわしい』


 ヤレヤレ、という風にキツネはゆるくかぶりをふる。


「なんだよ、ちゃんと聞いてんだろ! 答えろよ!」


『哀れなわらしじゃ』


『一つ占ってやろう』


「……なんだよ」


『近い未来そなたは孤立する』


『このままいけばよくて引きこもりじゃ』


 コーンコンコンと口元を前足で隠して上品に高笑いする。馬鹿にしてあざける笑い方に怒り、一歩踏み出す。


「インチキ占いだ! そんなの誰が信じるかよ! こんなボロいやしろにしか居つくことが出来ないくせに、稲荷じゃなかったらこんなとここねーよ!」


 恐怖を忘れて鼻息荒く地面の石ころをキツネの方に蹴り上げる。石はキツネをすり抜け社にコロコロと転がった。


「陸くん! あまり刺激しないで!」


「そうだよりっくん、ちょっとやりすぎ……」


「冷静になろう、相手は神使だ」


 友達と思っていた2人が信晴の言葉に同意する。それにより陸のいら立ちはさらに増す。


「そんなの知るか! オレは信じないし、そんな未来よりここのが先に潰れるだろ」


 けっと吐き捨てるように言った瞬間。コーンと高く鳴きだした。


わっぱのたわ言といえど許せぬぞ』


『お前はダメだ』


言ってコーンコーンと何度も鳴く。空気が重くなる。すると一筋の生ぬるい風が吹き抜けた。


「わ!」


「うっ!」


「なんだ?」


 その風は陸には感じられなかった。だが近くにいた2人には重いクッションをぶつけられたように激突し、後ろへと下がってしまう。


「どうしたんだ?」


「陸くん、逃げて!」


 信晴が叫ぶも、どうしていいか分からずその場で立ち尽くす。二人が下がったことにより、陸1人で前に出ているかたちに不安が募る。

 すると陸の周りに風が吹き始めた。ゆっくりと落ち葉が動き、陸の周りをくるくると旋回する。


「うわあ!」


 風はどんどん大きくなり、つむじ風となって陸を飲み込む。逃れようと動くたび、風も一緒にまとわりつく。


「りっくん!」


「大変だ! どうしよう」


 風はさらに枝や砂塵も巻き上げて陸を襲う。鋭い枝が頬を傷つけ血がにじむ。


「いって!」


「ちょっと、なんとかできないの!?」


 最初から危ないと気づいていた信晴に問い詰める。もしかしたら何か助かる方法を知っているかもしれない。縋る様に肩を掴むと、この中で誰よりも青ざめた顔をしていた。


「どう、しよう……」

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