逢魔が時
陸を含めた3人が凍り付いたように固まった。心当たりがあるのか、青い顔を見合せる。
「それってもしかして……」
「さっきの『神使』だよな」
取り巻きの2人がじりじりと後ずさっていく。
「『シンシ』って?」
「『神様の使い』で『神使』、さっき言った眷属と同じだよ。僕が見たキツネのことを言ってるんだと思うけど……」
「そうなんだ」
キツネが神使で、それを使い魔にしようとして睨まれてる、って……そこまで考えてこの3人が何をしたのか気づいた。
「つまり1回呼んで使い魔にできなかったのに、まーたのこのこやってきて怒らせてるってこと?」
「だ、大体そんな感じ」
「自業自得じゃん」
バカにしたような目で見下す。人のことを馬鹿にして笑っていられる立場か、と無言の圧力をかける。3人は悪事が全てばれてしまったような気まずい顔をし、言い返すことすらできない。
「そもそも呼べなかったのに、また来て何するつもりだったの?」
「知らないだろうから教えてやるよ。どうせ『逢魔が時』って言っても知らないんだろ?」
「知らない」
「だろうな、今くらいの時間のことだ。暗くなると幽霊や妖怪が起きだす時間って言われてんだ」
「
「だーかーらー、もう1回呼んで式神にさせんだよ。そのチャンスが大きいのが今ってこと」
「でもダメだじゃん」
「夜中に起こされたら誰でも不機嫌だろ」
だからいま呼べば可能性はある、と自信満々に言い切る。つまり活動が活発になるのは夜なのに昼間に呼んだから機嫌が悪くて式神になってくれなかったという考えだろう。そのため暗くなれば話が通じて式神になってくれる、と。
その自信はどこから湧いてくるのか、リンと信晴は顔を見合わせて首をひねった。
「止めた方がいいってさっき信晴がいってたけど」
「落ちこぼれの言うことなんか聞くわけないだろ」
「そーだ、そんなヤツよりりっくんの方が強いしな」
「信晴なんて家の名前が大きいだけじゃんか」
「なによそれ!」
「なんだよ!」
いつの間にか信晴の悪口になっていき声を荒げる。
どちらもケンカ腰になり、3対1でにらみ合う。
「ちょっと待って!」
ケンカの元である信晴が間に割って入る。今まで散々言われたから自分で何か言いたいのかもしれないとリンは思って前を譲る。それは3人も同じ考えで、何を言われるのかと身構える。
「……帰ろう。もう帰りの会になっちゃう」
その場の全員が肩透かしを食らったような顔をした。
すぐに反応したのは陸だった。驚かせやがってと緊張を解く。
「だったらお前らは帰れよ、オレたちは式神をゲットしてから帰る」
「今日中に式神を使役できる人は少ないはず」
「もしかしたらりっくんが一番のりかも!」
シッシッと犬猫を追い払う様に手を振ってあざ笑う。
取り巻き2人もはやし立てて帰る気はない。
「リンちゃん、帰って先生呼んで来よう」
「えー私も見たい」
「え?」
「誰かが式神を使役する瞬間なんて普通見れないもんじゃない?」
「そんな……」
裏切られて絶望の顔をする信晴とは対照的に、リンはわくわくと好奇心旺盛に陸へ近づき様子をうかがう。
「かけまくも かしこき おおいなり――」
「あれが呼び出す呪文?」
「あれは『祝詞』っていうんだよ」
「『のりと』?」
「うーん、神様とか神使とか、偉くて位の高い霊や妖に話しかけるとき使う言葉かな。敬語みたいな感じ」
「そうなんだ、結構長いねーアレ暗記しないとダメ?」
「たぶん……それより先生呼びに行こう、本当に危ないんだ」
リンの服を引っ張ってその場から離れようとする。しかし祝詞が進むにつれ、神社の空気が変わっていく様子をリンは興味深く観察して楽しんでいる。
「呼び出すだけでしょ? こっぴどくフラれるのを見て笑ってあげようよ」
「ダメだよ! 逢魔が時は確かに式神は手に入るかもしれないけど、それってとっても危険で僕たちみたいな子供が出来ることじゃないんだ! 暗くなればなるほど陰の気が強くなって、子供じゃ抵抗できないから、だから先生は早めに帰ってくるように言ったんだよ!」
「むー、そんなことないよ。いざとなったら私もあの陸って子を助けるし」
「そんなの意味ないよ!」
混乱しているのか、いつもは遠慮してはっきりと言わない言葉をきっぱりと言い切る。自分の力を信じてもらえないのはショックだが、神使とはそれほどまでに強いのかもしれない。
ちらり、と陸を盗み見ると、既に祝詞は終わっていた。
辺りはしんと鎮まりかえっている。
「あれ?」
「何も起こらない」
「キツネもいねーし」
3人は辺りをきょろきょろと見回すも、何もいなくて若干焦りを見せる。
そんな様子を見てリンはひとりほくそ笑む。
「失敗じゃない? アレ」
「違うよ」
信晴はきっぱりと否定した。その目はまっすぐ社を睨んでいる。
「じゃあ成功か?」
信晴の言葉を聞いていた陸が期待からか口元に自信がみえる。
しかし信晴は何も言わず、首を横に振る。成功もしていない。
「だったらなんなんだよ!」
じれったくなり声を荒げると、その声に驚いたカラスが一斉に飛び立った。
「わっ」
「い、いきなりなんだよ」
「びっくりさせんなカラスの分際で!」
3人が飛び立つカラスに悪態をついているとき、地面ではネズミが必死に神社から逃げていく。カラスに交じってスズメもいなくなり、アリまでもが列をなして巣から這い出ていった。
動物は人よりも本能的に危機察知能力に優れている。その生き物が『ここは危険だ』と逃げている。
「……これちょっとヤバイかも」
敷地内の空気が変わり、肌にぴりぴりと突き刺すような視線を感じる。それは敷地内にいるもの全てを敵視して見ているような、決して好意的ではない。カラスの様に飛んで逃げていたら追ってこないかもしれないが、もう遅い。
3人もやっと異様な雰囲気に気づき、先ほどとは打って変わり静かになった。そして恐怖に気圧されて身を寄せ合う。
「あ! コマギツネ!」
取り巻きの一人がそう言って指さす。その方向は社。一斉に注目を浴びる先には灰色のキツネが2匹、ちょこんと座っていた。
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