1章

決意を新たに

 ――次の日。

 リンは緊張しながら教室の入り口に立つ。

 クラスは三つあり、それぞれ20人くらいずつに分けられた。

 その中の1年1組がこれから1年過ごす教室。


「(もう10歳なのに1年生って、変な感じ)」


 廊下にあるクラスが書かれた表示名プレートを見て、年齢が低くなってしまったように感じた。

 この学園は10歳から入学し、15歳で卒業。

 その後は一般の高校を受ける人もいれば、実家の手伝いをする人もいる。

 その場合は神社やお寺、祓い屋や占い師など、そっち関係が多い。

 私は将来どうなるんだろう、と一瞬思考が未来に飛ぶ。

 けれども今はそんなことを考えている場合ではなかった。いつまでもクラスの戸の前でうろうろしている方が不審に見られてしまう。


「(それだけは絶対イヤ)」


 ガラッと戸を開けると、教室内はすでにわいわい賑やかで、前から友人同士だった者が多いらしく、すでにいくつかのグループに分かれている。

 席順は五十音順になっており、教室を入る前に廊下で確認している。

 『リノット』が名字なため一番後ろの窓際の席だった。

 自分の席に座ると、いたるところから視線を感じる。先程の入学式で一番注目を浴びたせいだ。

 イヤだな、と一瞬顔に出そうになるけれど、母親の言葉を思い出す。

 そして一呼吸おいてガタリ、と立ち上がり教室を見渡して、


「これからよろしく」


 教室にいるみんなに、軽く手を挙げて笑いかけるも、


「……」


 シーン――。

 なんの反応もなかった。ちょっと恥ずかしい。

 けれど気にしないふりをして席に座って本を取り出し読み始める。するとひそひそと話し声が耳に入ってきた。


――日本語話せるんだね


――目の色だけじゃない?


――肌もちょっと白くない?


――外国人でも髪が黒い人はいるって


――東洋系の黒とは違う感じかな


――もしかしたらハーフかクォーターかも


 聞こえてくる言葉はリンの容姿や言葉のこと。

 聞こえていないと思っているのだろうが、全部聞こえてきてしまう。もしかしたらと憶測で話し合って本人には声をかけない。直接聞いてくれれば答えてあげるのに。本を持つ手に力が入る。内容が一行も頭に入ってこない。


「(でも、ここでくじけたらダメ)」


 ここで啖呵を切って、教室中の人間関係を切ってしまい諦めたら、また同じになってしまう。

 頑張ると約束したから、授業も始まっていないうちに諦めるわけにはいかない。

 まだ大丈夫。決意を新たにすると、誰かが教室に入ってきた。


シン――


 リンがみんなに挨拶した時よりもはるかに静かで、戸を開けた人物を見つめて固まったように誰も動かない。


「……」


 入ってきた男の子はこれといって特徴のない、黒髪黒目、日本人の男の子。少し背が低くて、 何故か申し訳なさそうに眉がハの字になっている。

 内気なのか注目されているのに何も言わず、そそくさと自分の席に座って教科書を開いた。

 リンとは真逆の前の方の席で、入り口に一番近い。恐らく名前はア行。

 どうせ読むふりなんだろうな、とリンは自分と重ねて本をしまう。

 そして居心地悪そうにしている男の子をじっと見る。


――アイツ入試に受かったんだ


――落ちこぼれなんでしょ?


――アベなのにね


「……」


 聞こえてくるのは酷い言葉ばかり。

 リンの時とは違ってはっきりと悪気があり、バカにしたような口調でからかっている。

 男の子の横顔が辛そうに俯いていくのがリンには見えた。




「アベってなに?」




 リンは教室を見回して疑問を口にする。

 瞬間、しんと誰もがおしゃべりを止めて声を発した人物に注目した。


「……僕が、安倍だけど」


 おずおずと男の子が答える。


「ああ、アベって名字ね」


 アベなのに、という言葉の意味が分からなかった。

 かといって男の子の名前が安倍だからなんなのか理解はできていない。

 リンは立ち上がって安倍の席まで行く。


「私はリノット・リン。これからよろしく」


「でも……僕……」


 リンが右手を出して自己紹介するも、男の子はおどおどと戸惑う。


「名前は? アベって名字だよね?」


「……信晴のぶはる


「信晴くんね、よろしく」


 無理やり信晴の右手をとってぶんぶんと握手をする。

 いきなりのことに握られている手をみることしか出来ない信晴。

 その表情はなんでこんなことになっているのか分からない、とありありと書かれている。


「人の悪口や容姿をこそこそ話す人よりよっぽどマシだよ」


「!」


 信晴はびっくりして顔を上げる。

 リンは青い瞳を細めてにっこり笑い、自分の席に戻った。


 友達になれそうな人を見つけて安堵したのか、今度は本を読み進めることができる。

 自分の容姿についてよく言われるため慣れていた。だがそれ以上に酷い言葉をささやかれる人を見るのは辛い。なんでそんな言葉を言えるのか、言われる立場を知っているため黙って聞いていることが出来なかった。


 リンの言葉はクラス中の者が聞いており、チャイムが鳴るまで教室内はしんと静まり、こそこそと話し合うものは誰もいなかった。

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