シキガミ
キーン コーン カーン コーン――
静かな教室内にチャイムが鳴り響く。
同時にガラリと戸が開かれた。
「……」
先生が教室内を見まわし、お通夜の様な静けさを怪訝に思い一瞬動きがとまる。
けれどもすぐに思考を切り替えて教壇に立つ。
「これから1年、このクラスを担当する
田中先生は鋭い目つきで生徒たちを見つめた。
口もムッとしており、眉間に若干のしわ。何もしていないのに怒っているように見える。
「私が担任となったからには妥協は許さない。出来ないことを教えるつもりはないが出来て当たり前のことを教えるわけではない。分からないことは自ら聞いて学び、自分のものにすること。質問は」
田中先生がすらすらと自分の教育概念を唱え、問いかける。
しかし誰も手を上げず、ぽかんと口を開けて聞いているだけだった。
「ないようなので授業に移る」
そんな生徒を気にもせずキッパリと切り捨て授業に入る。
小学校のクラスでは先生が先に自己紹介をして、クラスの端から自己紹介を言って、それから授業の簡単な説明を受けた気がする。これから1年間一緒のクラスなのに、誰の自己紹介もないことはびっくりだ。
それは他の子達も同じ気持ちで、田中先生のスピードに唖然として口を挟めない。
「本日は式神の使役を行う」
「はい」
一方的な田中先生の話が進む中、リンは声を上げて挙手をした。
それ見て田中先生は一瞬目を丸くする。
「リノット、なんだ」
「シキガミってなんですか?」
「……」
しかめっ面のまま、呆気にとられて言葉を無くす。
それはクラス中の生徒も同じ思いで、さらにびっくりした顔でリンを見つめた。
「式神とは陰陽師が使役する霊や妖類の存在を意味する」
「シエキ?」
「……いうことを聞かせるということだ。言い方を変えると使い魔のようなものだ」
「使い魔かぁ」
その説明でようやく納得した。
使い魔を使役する授業。それは魔法使いとして大切なことだ。これからともに助け合い、支えあう良きパートナーを選ぶ。
ようやく理解できた授業内容にリンの胸はワクワクと躍り始める。
ネコ、フクロウ――日本だからカラスもいいかもしれない。名前は何にしようか、どんな性格の子にしようか――などと次から次へと楽しいことばかりが頭の中に浮かんでくる。
「この授業は校外活動だ。危険を伴うため二人一組で行動してもらう。もし危ないと思ったら私か他の先生を呼ぶこと」
二人一組……バチッとリンと信晴の視線が合う。
ひらひらと手を振りながらにこっと笑うも、信晴は気まずさからふいっと視線を下に反らしてしまった。良いことをしたと思ったが、余計なお世話だったのかもしれない。
クラスの中では席を立って仲の良いもの同士で組がどんどんできていく。
「まだできていないのは……リノットと安倍だけか?」
田中先生がクラスを見回すと既に組が出来上がっている。
二人の周りだけ人がいなく、ぽつんとそれぞれ一人でいた。
「では二人が組めば終わりだな。一旦席に着け」
そういうもわいわいがやがやと友人同士で離れようとしない。
仲がいいゆえか、話しながらゆっくりと席に戻っていく。
――あの二人組むんだ。
――むしろあまりもの同士じゃん
――あの子、式神も知らないんだね
――落ちこぼれとお似合いかも
バンッ!!
大きな乾いた音がしてしんと静まり返る。
音がしたのは教壇で、田中先生が教卓に出席簿を叩きつけた音だった。
「早く席につけ」
無表情だが、声が怒っている。
ピタリと時間が止まったクラスだったが、命令を与えられたロボットのように言葉通り行動する。椅子を引く時も慎重に、音が立たない様にしながらみんな席に戻った。
田中先生はその間表情を一切変えなかった。むしろこのクラスに入ってから一度も笑っているところを見ていない。気難しい先生だ、と生徒たちは顔が青ざめた。けれどもリンは違う。
「(もしかして、庇ってくれた?)」
田中先生をじっと見るも、その表情から感情は読み取れない。けれども結果的に悪口から助けられたため、先生への好感度が若干上がった。
「式神の授業は一日を通して行う。その間校内、校外――街中、山、川、どこに行くのも自由だ」
思いがけない田中先生の言葉に少しざわつく。今までの小学校では体育でも校外に行くなら団体行動ばかりだった。それがいきなり一日どこまででも行っていい自由行動となれば戸惑う。
田中先生が生徒たちを見ただけでまたしんとなった。
「だがルールはちゃんとある。先ほども伝えた通り、危なくなったら先生を呼ぶこと。川でおぼれかけたといった際は周りの大人に頼ること。山に登る際は事前に伝えておくこと。また大体の行き先は校門を出る前に伝えること。そして帰りの会には帰ってくること。これだけは必ず守るように」
帰りの会は大体4時半。
それまでに式神を使役して帰ってくればいいということだ。
「どうやって使役させるんですか?」
気になって質問してしまったリン。田中先生の視線が刺さりはっと手で口を抑えるも意味がなかった。
「初めてだからいうことを聞かせられるようになれとは言わん。札や鏡に封じるも良し、主従関係を結ぶだけでも良し、とにかく帰りの会までに連れてこられたら良しとする」
田中先生は特に怒っていなかった。表情ではやっぱり分からない。教室に入って来た時と同じだ。でもよかった、とリンは胸をなでおろした。教えることに関しては怒らないのかもしれない。さすが先生。
「他に質問は?」
田中先生が尋ねるも、誰も手を上げたり質問したりする生徒はいなかった。
すると田中先生は机一つ一つ回って一台の古いケータイを置いていく。
「肌身離さず持ち、何かあればそれで私を呼ぶこと」
では以上だ、と言って去ってしまった。
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