逃げちゃったら変われない

 入学式は終わり、昇降口にクラス分けの張り出しがされてある。

 授業は明日から始まり、今日はもう保護者と帰ってもいい。多くの子供は親と笑いあい、校門で写真を撮ったり友達としゃべったりしている。


「リンも撮ろう」


「きっといい記念になるわ」


 父親がカメラを構える。黒髪黒目の純日本人。

 リンは楽しい気分になれなくて首を横に振る。


「もう帰りたい」


 こんなこと言っちゃダメだってわかってるけど、周りの子のようにはしゃぐことが今のリンには出来なかった。

 なんだか両親の顔を見ることが出来ず、かといって俯きたくもないのでそっぽを向く。


「リン」


 ポンっと頭に大きな掌が乗せられた。

 父の大きなごつごつした手だ。


「みんなリンの名前にちょっとびっくりしただけだよ。ジャガイモ畑にニンジンがひとつあったらびっくりするだろ?」


「その例えはどうかと思うけど、ジロジロ見られてなんだか動物園のパンダになったみたい」


「それならとっても人気者じゃない。手でも振ってあげたらみんな喜ぶわよ」


 母親も青い目を細めて笑いながら言う。

 同じ瞳の母親を見つめて思わず呟く。


「どうして日本で暮らしてるの?」


 その問いに母親は一瞬悲しそうな顔をした。小学校で何度も聞いている質問だから。

 けれども朗らかに微笑んで教えてくれる。


「昔は海外の方で魔女狩りがあったでしょ? あの頃、私たちの先祖はいろんな国を渡り歩いて日本に落ち着いたの」


「もう移動しないの?」


「日本が気に入っちゃったみたいね。私のおばあちゃん、リンからすればひいおばあちゃんからはずっと日本にいるのよ」


 いつまでも外国人扱いされて嫌ね、と笑って言う。

 リンの母親も先ほどの入学式で二番目に注目されている。この人があの新入生の母親、とじろじろ見られていい気はしないだろう。

 それを何事もないかの如くにこやかに愛想を振りまく。

 なんでそんなことをするのか、怒って見るなと言えばいいのにとリンはもやもやする。


「ふーん、私はあんまりかな」


「もう、そんなこと言ってたら友達できなくなっちゃうよ」


「もういいよ、どうせ友達なんてできないから」


「それは前の学校でもそうだったから?」


 父親の言葉にドキリと胸が鳴る。図星だ。

 前の小学校も、目の色が違うからと遠巻きにされた。

 それがなんだ、友達なんて要らないとこっちから1人で常に行動していた。

 どうせ今回もそうなる。弱さを見せたらダメ、そんな思いがリンにはあった。


「そうだよ、みんな私の外側しか見ない。本当は英語も喋れないのにそんなことも知らないで『日本語上手だね』って言ってくる」


「なんて返してあげたんだい?」


「『当たり前でしょ』」


「リンはその子と友達になりたくなかった?」


「……べつに」


「なりたいんだったらそんな態度はいけないよ」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。

 痛いくらいに父親の言葉がぐさりと刺さった。

 分かっている。だけどどう接していいか分からない。


「……どうすればいいの?」


 ぽつりと、か細い声で呟く。

 周りのはしゃぐ声に負けず、両親の耳にははっきりと聞こえた。


「ヨイショ!」


「きゃっ!」


 父親から抱き上げられて腕にのる。

 大きくなってからはあまり抱っこされたことがない。


「大きくなったなぁ」


「恥ずかしいんだけど!」


 嬉しさよりも羞恥心が勝ってしまう。

 家でならまだいいけど、周りは同年代の子が沢山いる。

 この年で抱っこされている子はほとんどいない。


「まずは、目を見て相手と話すんだ」


父の黒い瞳に映るリン。

いつもの強気な自分はそこにはおらず、不安げな顔をしている。


「……でも」


「日本人はシャイなんだ。本当は仲良くなりたくても、ちょっと遠回りをしてしまうんだ」


「なんでそんなことするの?」


「こっちが仲良くなりたいって思っても相手はそう思ってないかもしれない、そういうことを考えすぎて最初は話しかけられないんだ」


「そうなんだ」


「でも、リンから話しかけたら、相手は嬉しいって思うんじゃないかな」


「私から?」


「話したいと思ってる相手から話しかけてくれたら嬉しいだろ?」


「うん」


「だったらリンも頑張って話しかけなきゃ、まだみんなと初対面だからね」


「分かった」


 話していると、不安に思っていたことが雪がとけるように消えていき、自分から皆に話しかけてみようという意欲がわいてくる。

 前の小学校は自分から話すことはなかった。最初のうちは遠巻きに噂をされ、それがなくなったらもうみんな仲良しグループが出来上がっていた。

 でも今度こそ、とガッツポーズをとる。


「それじゃあリンが光明学園に通うようになった記念に、一枚」


 いつの間にか母親の手にカメラがあり、


 ――パシャリ


 シャッターを切られてしまった。


「今撮らないでよ!」


 リンは父親に抱き上げられながら抗議の声を上げる。


「ふふ、いいじゃない」


「子供のうちだけだからなー」


 母親はまたカメラを構え、父親はピースサインをする。


「降りて撮る! ちゃんと立つから!」


「このまま帰ってもいいんだよ?」


「さっきまで帰りたがってたものね」


「それはイヤ!」


 春の暖かな日差しの中、楽しそうな声がいくつも聞こえる。

 リンの日之出学園生活が幕を開けた――。

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