戸惑いの循環(1)
向かってくる三体のエーテルスイマーに対し、那岐は動けないでいた。
その視線は人形と雪に向かったままだ。どうするのと目で訴えかける。しかし雪は
「ちょっと……!!」
焦れて声を掛けるが雪は正面を見据えるだけだ。その手が震えている。まさか怯えて戦えないのか? 那岐の目に不審が宿る。
考えてみれば東雲・ウィリア・雪はAランクに昇格したばかりだ。Aランクでの戦闘経験はない。
(本当に大丈夫なの!?)
そんな中で一歩を踏み出した浩一人形がエーテルスイマーと激突した。
強烈な破壊音が人形から聞こえてくる。
浩一を基準とした人形ならば不定形モンスターを正面から倒す能力は人形にはない。
前衛職が不定形モンスターを倒すには属性を付与した武具かオーラ技術が必要だ。
しかし今回人形が持ってきている武具はただの物理刀。
加えて、火神浩一はまだオーラの操作技術を完全には習得していない。その前提がある以上、雪がオーラ技術を人形に反映させているわけがない。
那岐は唇を強く噛んだ。このままでは失格になる。
「ちぃッ! 東雲さん!? 大丈夫なの!?」
自分に向かってきたエーテルスイマーの一体を魔法で処理しながら那岐は叫んだ。
人形は浩一と同程度の戦闘能力を持っていても浩一ほどの判断力はない。手を出すべきか。出さないか。
このまま放っておけば人形は倒されてしまうだろう。
だが手を出してしまっては雪の狙いが掴めない。どういうふうに、試験を進めるべきか。
「火は……あの外骨格に対して相性が悪い……やるなら戦霊院さんのようにやらなければ通じないけど私にはできない……人形に浩一ほどの判断力は期待できない……すべき選択は……」
雪はぼそぼそと何かを呟いている。那岐は舌打ちする。
雪は本当に何もできないだけなのか。本当は何かできるのに手を出してないだけなのか。
「東雲さん! どうするの!? 私は手を出していいの!?」
雪は反応をまったく返さない。失格にならないためにも那岐は人形の破壊だけは防がなければならない。
ふと思い至る。
(東雲さんは私を疎んじている。もしかしてわざと人形を破壊して、私を失格にするつもりじゃ……)
試験などと言いながら、裏にそういう謀があるのか。それとも天門院と雪は繋がっているのか。
疑念が那岐の胸中に満ちていく。
破壊音が響く。那岐は雪から視線を浩一へと戻す。
突っ込んでは離脱するエーテルスイマー。人形は二体のエーテルスイマーと戦っていた。雪の分を引き受けたのだろうか。そういう設定をしているのか。それとも那岐も時間をかけて戦えば人形が間に入ったのか。わからない。
ダメージを与え、ダメージを与えられるAランク相当の戦い。
火神浩一と同性能と聞いたが判断能力が低下している分、耐久力はA相当のようである。
――しかし基準は侍専攻科だ。
金属鎧を纏った騎士専攻科のような耐久力は見込めない。早く介入しなければ手遅れになる。
とはいえ人形は機械だ。不安ではあるが、無能ではない。相応にダメージを受けていたが、相応に攻撃を返してもいた。一方的に攻撃されているわけではない。
一対一なら敵の外骨格を破壊するところまで持ち込めるかもしれなかった。
だが敵は二体いる。放っておけば倒されてしまうだろう。
「東雲さん! なんで放っておくの!!」
雪は那岐に一瞥も向けていない。しかし何もしていない。ただ人形の戦いを見ている。しかしその指はタイミングを図るようにトントンと叩かれている。焦っている那岐はその仕草に気づいても意図にまでは気づけない。
前衛である人形が足止めをしているため、エーテルスイマーは後衛である魔法使いには向かってこない。
雪が戦闘に不慣れであったとしても今ならば安心して魔法を放つことができるというのに、なぜしないのか。
那岐の精神は限界だった。破壊されていく人形をじりじりと見ているだけという状況に耐えられなかった。あれが本当に浩一ならば、今は相応に傷ついているということじゃないのか。
「もういい! 私がなんとかする! 『
『力ある言葉』と共に生み出されたのは光り輝く黄金の刃だ。金属属性中位魔法『金星剣』。頑丈な金属剣を生み出し、
続いて『雷轟蟲』。魔法陣に固定された二本の金星剣に、那岐が生み出した紫電を発する球体が付着する。
人形の壊れる音が那岐の耳に届く。もはや一刻の猶予もない。
「ッ! 疾く、飛べ! 敵を貫け!!」
那岐が杖を振るい、剣を射出する。空中に浮いた金属剣の柄にはジェット機の噴射口のような穴がついている。そこから魔力の火を迸らせながら音速で剣が飛翔する。
宙を貫き飛んでくる剣に気づいたエーテルスイマーたちは回避運動に移るも、那岐の思念で動く金星剣はその回避運動すら予測し、軌道を変える。
直撃する剣。鋭い音と共にエーテルスイマーたちの宇宙服に穴が開く、そしてその隙間に紫電が入り込み凄まじい爆音を響かせた。
本体たるガス状生命が破壊されたために穴のあいた宇宙服だけがどさりどさりと地面へと落ちる。
そして倒されたエーテルスイマーの死体が光となってPADに吸い込まれていく。
「……大丈夫、みたいね」
魔法の天才戦霊院は先程よりも効率よく敵を処理していた。力を制限されてなおこれ、ランク的には同じであるはずのモンスターたちが那岐の前では敵にすらなっていない。
しかしそれに対しては何一つ誇らしいとも思わずに那岐は安堵の息を吐いた。
立ち止まっている浩一人形へと近づき、損傷部位を那岐は確認した。人形は無事とは言えないが、完全には壊れていない。
壊れていない以上はまだ試験は続いている。那岐はまだ大丈夫だった。
そうして人形への治療魔法を使い(生体素材も使われている戦闘人形は治癒魔法で修理ができる)、雪へ文句を言うべく背後を振り返り、言葉を失った。
「ちょっと、東雲さ――ん?」
那岐を見る雪の視線は冷たい。否、那岐の戸惑いと怒りを封じ込めるほどの――雪の失望。
「ただ黙って見ていることもできないなんて……」
今の戦闘は何かと文句を言おうとした那岐を雪が冷たい言葉で封殺する。
そして、雪は言う。
「はぁ……戦霊院さん。
は? と那岐の口から掠れた声が漏れた。
「失格だよ。失格。貴女と一緒にいたら浩一は死ぬ」
「何を言って……いや、私は浩一人形を助けただけじゃない」
那岐が反論しようとするも雪は間髪入れずに那岐に言葉を叩き込む。
「はぁああああああああ。わかってない。わかってないよ。いい? その人形がこの二戦で
失望した雪の表情に、那岐は背筋に氷柱をぶち込まれた気分になる。
(そういう……ことか……ッ! だけど……!!)
「でも、放っておいたら人形は壊れた。これが現実の浩一だった……ら……」
雪の冷たい目に晒され、那岐の反論は途中で停止する。
「それぐらい私が考えてなかったとでも思っているなら、本当に貴女は失格だよ……くすくす、いや、もう失格だったね」
ふりふりと雪が手を振った。その手にあるのは撤退用に販売されている道具だ。それなりに高価で使い捨てだが、モンスターの感覚器官を封じ、撤退を容易にさせる為の道具。無論、相手はAランクモンスターだ。完全に安全に逃げられるものではない。
それに那岐にだって言い分はある。
「でッ、でも、人形は指示を聞かない筈じゃ……」
だから那岐は手を出した。出さなければ浩一が死ぬと思ったから。しかしいいながら思う。自分の言葉はただの言い訳だ。
そもそも、那岐はこの試験の意図を理解できていなかった。アリシアス・リフィヌスが試験も受けずに看破した雪の意図を、那岐は把握しそこねていた。
だから力ない那岐の言い訳に、雪は澄ました顔で答える。
「浩一は
「な、なによそれ。そんなの」
――つい先日浩一と会ったばかりの那岐には反論ができない。
理不尽だと思った。歯噛みするしかないとも。しかしここで文句を言っても仕方がない。
この試験の試験官は雪で。那岐は頼み込んでパーティーの試験を受けたのだから。
だから那岐はあらゆるプライドを捨てて頭を下げるしかなかった。
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