彼女たちの心はまるで星々の距離のようで。(3)
雪は言った。「何か聞きたいことがあるなら聞けば?」と。
それに対して那岐は意外なことでも聞いたとでもいうような顔をした。
「……いいの? 聞くだけ聞いて答えないってのはダメよ?」
「答えられるものならちゃんと答えるよ。何よりダンジョン探索中ずっと顔見られててもめんどくさいし」
え、じゃあ、と那岐は魔法で周辺感知をした。敵の気配はまだない。
会話の時間もまだ少し取れるだろうと、二人に構わず早足で先行する浩一人形を追いかけながらも雪に向かって問う。
「その、なんで私を邪険にするわけ? 私、貴女に何かした?」
「何って、浩一とパーティー組もうとしたからに決まってるじゃん」
「決まってるじゃんって……なんで?」
雪の返答に、那岐はきょとんとした顔で首を傾げた。それの何が悪いのかという顔だった。
純粋な疑問の視線に、雪がわかってないなぁ、とジト目で言葉を付け加える。
「貴女みたいな迂闊な人とパーティーなんか組んだら浩一の命がいくつあっても足りないからだよ」
「なんでよ!!」
反射的な那岐の怒鳴り声に「そこをわかってないからだよ!!」と雪も怒鳴り返す。
先の魔導の園での乱闘を二人は思い出した。お互いが拳を握りかけていた。
しかし、ここはダンジョンだ。
戦場であのときのようなくだらない喧嘩を始めたら命がいくつあっても足りない。
これはまずいと咳払いをして那岐が話題を切り替える。
とはいえ、人づきあいの少ない那岐だ。ええとええとと言いながらなんとか話題を捻り出そうとするが。
「……あー、その、えーと、あの」
話題は出てこない。雪はため息を吐きながら、空気を変えるべく話題を提供する。雪もこれで人間だ。聞きたいこともあった。
「いいよ。それより、殺害志向以外に戦霊院さんは浩一のどこに惹かれたの? ああ、誤魔化さなくていいよ。友情以上の感情を持ってるんでしょ?」
「友情以上? ……そう、なのかしら?」
「貴女の命ってそんなに安いの? そんな認識で、こんなアホなことよくできたね。戦霊院さんって友情の為なら命捨てられる人なの?」
「そのアホなことを思いついたのはどこの誰なんでしょうかねぇ」
「私は別に、浩一の為なら命ぐらい懸けられるし」
その目が本気だったので那岐は思わず黙らされてしまう。
(東雲さんの
でも、と那岐は先ほどの雪の問いを自身の内側で反芻する。
――友情の為に、戦霊院那岐は己の生命を懸けられるのか?
那岐は、自分の命が死ぬほど惜しい人間だ。
先のクシャスラ戦の時の感情は嘘ではない。死を死ぬほど怖がる。モンスターに殺されて死ぬなんてまっぴらだ。
それでもこうしてこの場に来てしまっている。こんな首輪までつけて自分の力を制限し、死ぬような目に自分から遭いに行っている。
でもそれが浩一の為かと言うと那岐ははっきりと、違うと言えた。
「……私は、別に浩一の為にやってるわけじゃないわ」
「へぇ? 私が浩一を守ってあげなきゃ、とか考えてないの?」
「それは、少しぐらいあるけど。浩一が死なないように手を尽くそうってのはもっと別の事情があるのよ」
その感情がなんなのか那岐はわからない。
だが、その感情はアリシアスも持っているものだった。
戦霊院那岐は、火神浩一にはどうしてか甘くなってしまう。
頼まれれば一も二もなく聞いてしまうし、褒められれば嬉しくなる。自分の力の及ぶ範囲でなんでもしたくなってしまう。
戦霊院那岐という人物は自他ともに認める程度には他人に厳しい。
そもそもが那岐は取り巻きを作らない。那岐が人のいる場所に行けば自然発生する彼ら彼女らだが、那岐が彼らに何かをしたことはない。だって当然だ。社会の役に立ってもいない人間に戦霊院の富は分け与えられない。
――四鳳八院の富は、力なき民を守るためのものである。
この崩壊した世界で外界の脅威から人民を守るためのものだ。
無論、先日判明した父の趣味は、そういった面から見れば多少逸脱しているところもあるが、
誰もが清廉潔白ではいられない。とはいえそれも程度の問題だ。
その点、浩一に出会う前の那岐は潔癖に近いほどだったが。
勝利の塔にいた頃の那岐は、パーティーメンバーだった死亡した二人に、戦霊院のコネや資産を欠片たりとも使わせてやったことはなかった。
もっとも彼らが勝手に那岐の名前を使った可能性はあるが、それで勝手に相手が動いたならそれは相手の責任だ(確認されれば那岐は否定しただろう)。
もちろん、そんな那岐にあの二人は不満を持っており――なぜかアリシアスが彼らに聖堂院たるリフィヌスの名前を使うことを許し、あの二人も那岐に戦力以上を要求することはなくなったが……。
しかし、それが浩一だとどうしてか那岐は使ってしまうのだ。
装備を自弁するのは学生なら当たり前だというのに那岐自ら浩一に防具を贈ってしまった。
(それを私は嬉しがってるし……)
さすがに疑問に思い、そもそもの発端を那岐は思い出す。
出会いはミキサージャブに助けられたときだ。そのときにどうしてか嫌悪もなく那岐は浩一と契約をしてしまっていた。もちろんそれが家名を守るために行った行為であり、嫌悪しようと悩もうともやらなくてはならないことだったとはわかっている。
――
戦霊院さん、と那岐は雪に声を掛けられた。
「それで、戦霊院さんの別の事情って?」
雪は那岐の言葉を待っていた。わざわざ人形まで止めて、立ち止まり、那岐の言葉を待っていた。
挑戦的な目だ。嫌だな、と那岐は思った。理解した。この目……東雲・ウィリア・雪、この女、私のことがどうにも
だから那岐は堂々とした態度を示した。胸を張って、雪に対する。
そうだ。雪に対してはぶつかっていくしかない。こんな女、そもそもが那岐だって好きじゃないのだ。生意気だし、意地っ張りだし、弱いし、なんか生意気だし。
でも雪は浩一の仲間だった。浩一が一番信頼している人間だった。ゆえに、那岐はお互い信頼とまではいかなくても妥協点を探らなければならない。
そのためにも全力でぶつかっていくしかないのだ。
――那岐は雪を知らねばならないのだから。
人間関係で遠慮して得られるものなど存在しない。
相手の心の席が既に埋まっているなら、無理やりにでも尻を押し込んで座るぐらいの勢いが必要だった。
私が、と那岐は言う。
「私が、浩一を大切に思うのは、彼が私に必要だから。浩一に私が必要なんじゃないの。私に浩一が必要なのよ」
それは、浩一が持つ殺害志向が那岐に与える熱とは違うものだ。
那岐の頭にある詩が思い浮かぶ。四鳳八院の各家に伝わる詩。その言葉を心の中で唄う。
(もしかして、浩一が
四鳳八院は待っている。ずっとずっと待っている。自分たちを救ってくれる者を。鳳閑によって示された可能性を。
既に怪物になりかけている私たちが望む英雄を。
そんな那岐は、雪が那岐を冷ややかな目で見ていることに気づかない。
彼女は言った。
「そう……でもね。その望みはきっと浩一を殺すから」
「……どういうことよ」
「貴女には、きっとわからないよ」
雪の真意は那岐には理解できない。
そして二人と一体は歩みを再開する。
◇◆◇◆◇
「あの、馬鹿どもが……」
浩一は額を抑えた。
「がっは、がっはっはっはっはっは」
浩一の隣に座っているグランがくつくつと腹を抱えて笑っている。
周囲の喧騒は遠かった。無論、先ほどとは違う意味で騒がしいことはわかる。だがその騒ぎは浩一の耳には入らない。
顔が赤くなる思いだった。
「あいつら、なんで、こんな全国放送されるようなイベントであんな糞ったれた恥ずかしい話を……」
「男冥利に尽きるじゃねぇか。二人の女に想われてよぉ。ああ、いや、もっといたか?」
「誰のことを言ってるんだかわかりませんが、あんまり茶化さないでくださいよ」
「はは、そもそもがお前には一人だって勿体ねぇ女どもだぜ。茶化しぐらい受け入れとけ」
「はいはい。わかりましたよ。まったく」
それにしたって、どうしてあの二人はあんな話をしたのか。
「いや……」
そういえば自分が那岐に雪と話しあうように薦めたのだと浩一は額を押さえる。自業自得だった。
「どうして火神ばかりが……」
ん? と浩一はそんな微かな声に反応する。隣席のグランの呟きだった。
「呼びましたか? 主将」
「いや、なんでもねぇよ。それより戦闘が始まるみたいだぞ」
はぁ、とつれない言葉だけを返すグランを怪訝に思いながらも浩一はモニターに視線を戻した。
そこには出現したモンスターに向かって突っ込んでいく人形と、それに対して何もアクションを起こさない雪がいた。
それを那岐がおろおろとしながら見ている。
「雪に任せることにしたのか。だが、那岐もこれでわかるだろう。雪の求めていることが」
浩一を守りたい東雲・ウィリア・雪は強いだけの戦力など求めない。
求めていないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます