彼女たちの心はまるで星々の距離のようで。(2)


 戦霊院那岐と東雲・ウィリア・雪の姿が設営されたイベント会場の上空に浮かぶ巨大なウィンドウに表示されていた。

 天体迷宮内部での彼女たちの状況をそのままに表示しているのだ。


 ――画面の中では那岐が魔法を放ち、エーテルスイマーを撃破している。


「おおおおおおおおおおお!! すげぇ! 『詠唱短縮』で詠唱を短縮して、『力ある言葉ワード』のみの発動プラス『連続詠唱』による三連魔法だぜ。どんな脳味噌してんだよ戦霊院って奴は!! 普通は脳の回路が焼ききれんぞ!!」

「いやいや、短縮してんのにあの威力もおかしい。普通のAランクの倍以上の威力だぞ。さすが魔法の戦霊院だな」

 エーテルスイマーを一蹴した那岐の魔法の手腕に、浩一の前の座席に座っていた二人の学生が熱狂したように語り合う。

 いや、二人ではなかった。周囲全て、会場に集まった全員がそうなのだ。

 魔法専攻科の学生どころか、近接専攻科の学生までもが那岐の動きを食い入るように見つめている。

「なぁあの杖、なにも発動してなかったよな」

「あれ、聖堕杖まじょうドライアリュクだろ。武具年鑑に乗ってたよ。EXえくすとら――ランク規格外の武具、搭載スキルは『魔導強化SS』『詠唱補助SS』『暴力強化SS』の三つ。どれも首輪の効力で性能が低下してるか、封じられてるはずだ」

「封じてるってことは、あれでAランク出力ってか。どういうスロット積んでるんだよ戦霊院って奴はよ」

「いや、スロットは使えるが、それだってA相当の出力の筈だぞ。それで補えてるってことは魔導回路が特別だってことなんだよ」

 魔法専攻科の学生だけじゃなかった。

 大人の研究員ですら食い入るように那岐の活躍を見つめている。

 白衣の中年男性たちは深く観察しているのだろう。しかしぼそぼそとした呟きから、彼らが戦霊院那岐を構成する素材を考えていることがわかる。

「戦霊院式の肉体改造は分家連中のとは違うんだろう? ほんの少しでもいい。技術は我々のような研究所にも降りてきてないのかね?」

「戦霊院の秘中の秘らしい。分家どもにもくれてやらないほどのな。だが、素晴らしい速度だよあれは。あれだけの速度で魔法を構築できる技術がこっちに降りてきたなら一般の兵士の戦力がどれだけ上がるか……うぐぐぐ、どんな回路をしてるんだろうなぁ。なんの素材を使ってるんだろうか」

「ぐぐぐ、戦霊院の連中、どれだけの技術を抱えてるんだよぅ。ああああ、羨ましい羨ましい。素材も機材も使いたい放題なんだろうなぁくそぅ」

「諦めろ諦めろ。お前の研究室じゃあ、戦霊院の技術の一つを模倣するだけで千年はかかっちまうぞ」

 ああ、てめぇこのやろうと近くの席の研究者たちが騒ぎ始め、巡回していた治安維持の人間に連れ去られていく。

 待ってくれまだ見終わっていない、と叫ぶ研究者たちだった。

 浩一は周囲の喧騒を他所に黙っていた。


 ――否、他に考えることがあった。


「どうだ。あれがお前のパーティーに入るらしいぜ」

「入るかどうかはまだわからないですし。それに、あれでは……」

 隣に座っているグランがにやにやと笑って浩一に話しかけてきていた。

 グラン。グラン・忠道・カエサル。浩一の通う道場の主将。

 浩一がグランのからかうような言葉に言葉を濁して返した。

 もちろん、浩一も戦霊院はすごいと思っている。その力、その技術、その知識、その財力、全てが全て浩一を上回って余りある。

 しかし、この試練の本質は、戦闘力の測定ではない。

 そんなことにも気付けていないのだろう。カメラサービス代わりにVサインを出していた那岐は背後の雪が戦闘後に放った言葉に固まっていた。

 そして言い合いを始める。浩一はその有様に苦笑した。

 那岐は雪の試験では満点は取れないだろう。だが雪の感情を動かしている。浩一以外に感情を動かせない東雲・ウィリア・雪と口論をしている。

それでいい・・・・・。雪のようになるなよ。那岐」

 グランが浩一を見て怪訝そうな目を向けてくる。人形以外に二人しかいないパーティーが内部分裂しているというのに、これでは那岐は合格できるか怪しいというのに、浩一は笑っている。それが疑問なのだろう。

 だが浩一にとってはそれでいいのだ。それでいい。那岐は那岐のままであればいい。

(那岐。お前はそれでいい。あらゆることに疑問を持ち、納得のいかないことに抗うお前だからこそ、雪の頑迷さが砕けるんだ)

 だから雪を頼むぞ、と那岐を見ながら浩一は想う。。

(俺じゃ雪の頑迷さには勝てないからな)

 殴られ蹴られ殺されかけた幼少期を思い出す。

 雪に対して浩一は牙を剥けない。浩一では雪には勝てない・・・・

 上下関係が染み付いてしまっている。


                ◇◆◇◆◇


 戦闘が終わった那岐に雪が声をかけていた。それはため息交じりの、呆れた声色だった。

「はい、減点十。駄目だなぁ。駄目駄目だなぁ。戦霊院さんは」

「は? 減点? 減点十!? 倒したのに!? そりゃ最初に人形に傷を負わせちゃったけど。ちょっとはすまないと思うけど。あれぐらいなら自動回復が働くでしょ。すぐ治るわよ」

「そんなことを言ってるんじゃないよ。まぁ、戦霊院さんがこのままなら試験は確定失敗だし私としてはそのままの方が助かるけど」

「説明は――いえ、いいわ。そう、自分で考えろってこと」

 雪の言い方は自分で気づけというものだ。それに哀れっぽく説明を請うのは那岐の性分ではない。

 っていうか助かる・・・って何よ助かるって、と那岐は内心で雪の言葉に怒りを覚える。

 火神浩一はこれからも激しい戦いに身を投じる。そのために那岐の強大な力は必要不可欠なはずだ。

 いや、力だけではない。戦霊院という強力なコネクションは浩一の戦いを戦闘以外の面からでもサポートするだろう。

 だからこそ、那岐は浩一のパーティーに入りたいが、浩一だって那岐を欲するはずだと那岐は考えている。


 ――いや、浩一はそれをどうでもいいと思っているのかもしれない。


 だが悪くはないと思ってくれるはずだった。

 現に、アリシアスは引き入れている。それともアリシアスがいるから那岐を必要としていないのか。

 那岐は唇を噛んだ。感情で損を選ぶ雪を、那岐は理解ができない。自身の武具であるドライアリュクを握る那岐の手に力が籠もる。

(――待ちなさい私。感情的に行動しては駄目よ。浩一が言っていたじゃない、東雲さんを理解しろって)

 ではどうすべきか。決まっている。次の戦闘では手を出さない。

 勝ってしまったのがいけなかったのだろうか。雪を活躍させなかったからダメだったのだろうか。

 観察しよう。雪の行動を見て、自分がこの試験でどう動くべきかを考えるのだ。

 そして、戦いのあとは無言だった。

 ずんずんと無警戒に進んでいく人形。それを早足で追いかけていく雪と那岐。

 宇宙空間を模した闇そのものの通路を早足で進む二人と一体の頭上を那岐が放った光球が照らしながら移動している。

 天体迷宮は宇宙空間をイメージしたダンジョンだけあって、光は壁に反射しない。光はそのまま飲み込まれ、どこへともなく消えていく。

 そうなると光源を浮かべていても意味は無いと思われるが、那岐や雪、人形の身体、他にも壁の中にある星などに光球の光が反射し、光源となっているのだ。


 ――しばらくして那岐が口を開いた。


「浩一ってこういうペースで進んでるの?」

「ん、未探索地域はそうでもないけど、一度探索したところはこんな感じかな。今回はそんなに時間も取れないし、人形の記憶領域にここのマップを埋め込んでるんだよ」

 そう、と那岐は言葉を返した。質問をすれば雪は答えを返してくる。この娘は、意地はわるいがあくではない。そう思う。

(というか、悪じゃないから困るのよね。嫌うだけならいつでもできる。でも、この娘はただ浩一のことを考えているだけ……なのかなぁ)

 意地悪なだけなら原因を解消してしまえばいい。

 お互いメリットのある関係だと理解してくれれば雪も友好的に接してくれるだろうか。

(接して――接してくれるのかしら? その辺聞いてみたいけど、聞いていいのかしら……)

「あの、戦霊院さん」

「何? 東雲さん」

「近い近い、歩きにくいよ」

 え、あ、ごめんなさいと肩が触れかけるまでに雪に近づいていた那岐は謝りながら離れた。何か聞きたいことがあるなら聞けば? と雪がついでに言ってきた。


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