熱の在り処(2)


 火神浩一は苦痛の中にあった。背には誰かが乗っている。

 触覚は封じられているが体重でわかる。師である相原桐葉だ。

「浩一、探れ探れ己を探れ。暗闇に広がるのはお前の世界・・だよ。この機会だ。隅々まで把握・・しな」

 師の言葉がするりと脳を通り抜けていく。聴覚と痛覚しか機能していない浩一の身体だ。注意はどうしても自らの内に向かっていく。

 暗闇の中、世界が広がっていく。

 世界とはなにか? それは己の身体だ。

 肉の器。己の内部知覚を高めていく。壁にぶつかる。これが己が限界。そうなのだろうか。肉体は浩一の全てだ。そうなのかもしれない。

 だから、その暗闇の中にほのかに光る何かがある。

 それは力だ。オーラ。チャクラ。気。言い方は様々だ。浩一は師の言葉通りに細胞の中から微量に作られ続けるそれを、蜘蛛糸を掴むように集めていく。

 力が集まっていく。糸をるように力を練っていく。練り、練り、練り、そうして力を玉にする。

 視覚で捉えなくてもわかる。白い光。未だ何物でもない無色、オーラの輝きが意識の内にあった。


 ――これが、オーラだ。


 破壊を望めば破壊をもたらし、助力を望めば身体能力を拡張する万能の力。

 これには無限大の可能性がある、らしい。

 浩一も詳しくは知らない。全部聞きかじりで、だから今覚えようとしている。

 外からの指導の声だけを頼りに今、ここに治癒のイメージを絞り出し、オーラに属性いろを付けていく。

「浩一、オーラは純粋なエネルギーの塊だ。やりたいことをイメージしてみな」

 やりたいこと――問われて思うのは破壊された肉体の修復だ。足が折れている。癒やさなければ立ち上がることすらできない。

 集めた力につけたイメージは元の体のイメージだ。こうなりたいという欲求――ではなく、十全な肉体のイメージを力の塊に付与していく。

 それを師によって破壊された自らの肉体部位へ向かわせるようにオーラを移動させる。肉体の経路はこの世界じぶんの把握と共に終了している。

 経路に沿ってオーラを移動していく。すんなりとうまくいった。オーラは怪我した部位へとするりと収まる。

 それで? それでどうするのだろう。困惑する浩一に対し、よくやったというように師の手が子犬でも撫でるように頭を撫でたが、触覚が封じられている浩一にそれはわからない。

 師は言った。イメージを高め、治癒を促進させよと。

 どうすればいいのか。どうするべきか。浩一は考え、たどり着く。つまるところ再生を想起し、そのイメージでオーラを染めよということだろう。

 やってみる・・・・・。元の自分のイメージし、オーラに付与する。

 しかしそれでは足りない。外の自分は痛みを発し続け、未だ傷は治っていない。

 再生。治癒。それを思い起こす。想起する。

 幸いにも怪我の記憶は多い。それを治した者を浩一は次々に思い出していく。

 薬を塗ってくれた誰かの記憶。身体を治そうと泣いている雪の記憶。迷宮での負傷を癒やしてくれた校医。たまたま野良のパーティーとして知り合った神術師の少女。


 ――だが全てを覆すほどに鮮烈なのはただ一人だ。


 自然、アリシアスの姿が思い浮かぶ。

 甘い神術師だ。自らをたすけてくれた少女。神術専攻科。神技とも言える使い手――アリシアス・リフィヌス。

 あの少女は、なかなかに面白い。浩一が内心のみでくすりと笑う。

 オーラにそんな浩一のイメージが注ぎ込まれる。自分の身体が、あれだけ強く発していた痛みを失っていくのがわかる。

 お、と聴覚と痛覚以外閉じた世界で師の驚く声が聞こえた。

「なんだ、浩一。やはりお前は才能があるんじゃないかえ」

 肉体改造ができない以上、自分の世界ぐらいは自在に把握したいものです、と発せられない感情を浩一は自らの心のうちに響かせた。

「そうかそうか。才能と熱意があるということはいいことだ。だから」

 肩に手が置かれる。ばきり・・・と小枝でも折るように破壊された。

「お前が治したら我が壊してやるからさっさと次に進もうか。できる限り手早く、この治癒を戦闘で使えるレベルにまで練達させてやろう」

 脳内が痛みで染まり、浩一の世界が悲鳴で満ちる。


                ◇◆◇◆◇



 ぐ、ぐぐぐと雪は全身の痛みに呻きながらばたりと床に倒れ伏した。

 そんな彼女の前に立ち、雪を殴りつけた拳を手のひらで撫でているのは那岐である。

 周囲のギャラリーは何も言えず、ただただ棒立ちのままだ。十数人ほど那岐の威圧に当てられて倒れている者もいる。

 那岐は拍子抜けした気分で雪に言う。

「強いと思ったんだけどな。なんか弱いわね、アンタ」

「あったりまえだよ! この馬鹿力! AランクがSランクに勝てるわけないじゃん!」

 そりゃそうだけど、じゃあなんで素手の勝負を挑んできたんだろうこの娘、と那岐は呆れた心地で倒れる雪を見下ろした。

 雪から感じた奇妙な得体の知れなさは、素手で勝利してしまった今、感じることができなくなっている。

 不可抗力とはいえ勝って・・・しまった・・・・ことを那岐は反省した。

 いや、手加減してもその得体の知れなさは消えさるだろう。やはり素手の喧嘩を受けるべきではなかった。

 勝利という甘美な感覚が那岐の感覚を歪ませてしまっている。


 ――もはや、雪をただの少女としか那岐の感覚は捉えられない。


 失敗したと感じている那岐と違い、雪はあー、と手のひらで目を隠していた。

 那岐に殴られた顔面を冷やしているのだろう。割と本気で殴っていたから数日は痛みが続くかもしれない。

「治療してあげるわよもう」

「い、いらないよ! 私だってそれぐらいはできる、と思うし」

 ああ、Aランクだとか言っていたかと那岐は納得した。

 魔力による肉体の治癒はだいたいその辺りのランクから行使可能になる。

 B+ランク以下ではできないのは、人間の身体を魔力で治癒するという複雑な行程に対してAランク程度でようやく知覚が追いつくからだ。

 意外に高いと思われるだろうが、補助魔法と違って回復系魔法の難易度は高い。

 神術と違い、神の(那岐は神がいるとは思っていない、概念や属性としての存在は信じてはいるが)力を借りずに奇跡・・を起こすからだ。

 魔導の発達により、かつては神術の分野であった肉体の再生を誰でも施術可能な技術に堕とした代償。

 施術者にはそれなりの魔力と(肉だけならともかく金属骨格などの改造部位の補修にナノマシンを動かすにはそれなり以上の魔力が必要である)それなりの知能が求められる。

 それに、この魔法の行使には人体改造の知識も(人間の身体だけでなくどんな改造が行われているかの知識)必要な為、治癒魔法の使用許可をとるのにはいくつかの資格が必要だった。


 ――それを満たすには、肉体改造だけでなく様々な知識が必要になる。


「そこそこ優秀みたいね」

 上から目線で雪に那岐が言うが、喧嘩でも魔力行使でも那岐が優っている以上それは当たり前の言葉だ。

 雪も否定せずに頷いた。

「うん。そこそこ優秀なのは自信があるしね」

「そこそこ優秀な貴女でも務まるなら、別に浩一をサポートは私でもいいんじゃない?」

 那岐は自然と浮かべた。雪を見下す目を。SがAに向ける当たり前の評価を。

 だが雪はそれを受けても平然と傷の治療を行っている。

「だから、その認識じゃ、浩一のパーティーには入れられないよ。~~~ッ。あー、痛いなぁもう。殴り合いなんてするんじゃなかった」

 格の違いは明らかだというのに雪の様子は何一つ変わらない。

 梨のつぶてとはこういうことを言うのだろうか。

 どんな認識が足りないのか。格別に浩一の役に立つだけではいけないということだろうか。

「……教えては貰えないの? 私は言われればその通りにできる自信があるわ」

「言わないとわからない人に口で教えても、それは本質を理解したとは言えないし」

「それは貴女の伝達力が足りないんじゃないの? 東雲さん」

「そうじゃなくて、そういう実感を持ってない人と浩一を組ませても浩一は何も得られないばかりか、機会・・を失っていくだけだから。ごめんね。こればっかりは私も譲れない」

「~~~~~~~~~~ッッッ」

 雪に申し訳無さそうに謝られてしまえば那岐には何も言えなかった。


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