熱の在り処(1)


 火神浩一のパーティーが雪との二人パーティーだったのには明確に理由がある。

 それは表向き、浩一が出来損ない・・・・・で、弱くて、一般的な戦い方ができないから、パーティーを組みにくいからとされている。

 だが、それなりの場数を踏み、それなりの腕を持っている現在でも人材が集まらないのは少し以上におかしかった。

 アーリデイズ学園は広い。求める人材の基準を下げ、挑む階層を分相応にすれば対応が可能なはずなのだ。

 浩一自体が出来損ないでも、練武館での下級生達とのやりとりのように慕う人間はいるのだから。

 しかし現実に、浩一は今まで雪と二人だけで戦ってきていた。


 ――そう、問題なのは火神浩一だけではない。


 東雲・ウィリア・雪。

 この少女の頑迷さもまた、浩一たちのパーティー『ヘリオルス』がパーティーメンバーを増やせなかった要因である。


                ◇◆◇◆◇


 熱を取り除く。

 その一言で視線に殺意を宿らせた那岐を目の前にしながらも雪はつまらない顔でため息をつくだけだ。

 低ランクの学生なら即死しかねない威圧だが、そもそも人類最強だった兄やその仲間たちに囲まれて育ったのが雪だ。

 この程度の威圧、そよ風程度にも感じない。

 那岐が口を開く。震えるようなそれは恐怖ではなく憤怒が混じった結果だ。

「ねぇ、東雲さん。それはどういう意味かしら?」

「言葉通りだよ。そのままの意味。大丈夫わかる?」

「わからない。何よそれ」

 雪にとって、これは定期的に起こるものだ。

 浩一とたまたまパーティーを組んだり、浩一の狂気迫る戦闘を見て、殺害志向のに当てられた人間がこうしてパーティー加入を迫ってくることがあった。

 だから雪は処理をした。たいていの人間は熱さえ消してしまえば浩一から興味を無くす。冷静な頭で考えて顔を青くするのだ。どうしてあんな血迷ったことを言ってしまったのだろうかと。

(この人も、そうなるでしょ)

 雪にとって他人とは結局のところそういうものだ。

 アリシアスのように基準を満たしているならともかく、その基準に思い至らない人間を入れる意味はない。

 むしろ入れても浩一を損なうことになる。


 ――火神浩一に必要なのは戦力ではない。


「だから言葉通りだってば。戦霊院さんから殺害志向の熱を取り除く。それで貴女は浩一から興味を失ってこの話はおしまい。ばいばいってなるの」

「だから、どういう意味なのよ」

 雪はめんどくさいな、とため息を吐いた。これがまた那岐をいらつかせ殺意を滾らせる。


 ――殺害志向の熱は時に人々に伝染する。


 魅了や洗脳の類ではない。人々の本能に根ざした戦闘意欲を刺激する熱だ。すごい人物のすごい活躍を見て、自分もがんばろうと思うもののちょっとだけ影響が大きいものだ。

 本家本元の殺害志向のように死闘に惹かれる類のようなものではない。だが、それがときにとても効く人間がいる。那岐のような人間だ。

(なんで当てられちゃうかな……)

 雪は殺害志向に惹かれたことはないのでそれらがどういうものかの実感は薄いが、効果はだいたい理解しているし、それを取り除く方法も所持していた。

「一度で理解して欲しいな。熱を取り除いてあげるから黙って言うこと聞けって言ってるんだよ! 私がおとなしくしてると思って調子に乗って! いい加減にしろ!」

 薬と無針注射器入りの薬剤ケースを転送し、テーブルに叩きつける雪。

 別に危険物じゃない。ただのちょっと強力な鎮静剤だ。殺害志向専用に調整されており、彼らの胸で燃える仄かな熱を下げる効果がある。当然これは浩一にも効くが、殺害志向所持者は次から次へと熱を発生させるので一時しのぎにしかならないものだ。

 だけれど、ただ熱に当てられただけの人間には一本で十分だった。

 注射器の入ったケースを見て、劇物を見たかのように那岐は身体を後退させた。

 那岐の肉体であれば薬の種類がわかれば薬剤であろうと分解することもできるが、わからなければ通してしまうからだ。

 その反応に雪は驚かない。いつものことだ。殺害志向の熱に当てられた人間はその熱がまるで本当に大事なものであるかのように守ろうとする。だがそんなこと雪にとっては知った事ではない。

 本当に大事なものなら薬程度で散らされるわけがない。

 雪の心で今も赤々と燃える恋の炎のように。

「さぁ腕出して、鎮静剤射って浩一から興味を失って終わり。貴女は自由。私も邪魔者がいなくなってすっきりする。何も問題はないでしょう?」

 は、と那岐が口を開けた。そして口角がつり上がった。はは、と彼女は笑い。笑いながら、金属製の机を細腕で叩き割った。

「問題あるわよ! 私が殺害志向の熱に誘導されてるって? 知ってるわよそんなこと! 知ってて浩一に惹かれてるのよ私は! あいつの熱が私を救った! あいつの熱が私を動かした! あいつの熱が私に世界を受け入れさせた! それを解除するですって? この馬鹿幼なじみ! お断りよ!!」

「でもそんなこと私は知らない」

 雪が注射器のケースを突き出し、那岐が手刀でケースを叩き割る。ふふ、と雪が嗤う。ふふ、と那岐が嗤った。

「よくもやったね!!」

「ええ! ええ! やったわよ」

 喧々諤々。蛙鳴蝉噪あめいせんそう。そうして取り巻き達すら動けない中、彼女たちはお互い拳を振り上げた。

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