番外編・闘蟲勇者カブトロス(1)



 ――誰にだって趣味ぐらいはある。


 それはもちろん火神浩一にもだ。

 クシャスラとの戦いを終え、アリシアスの完璧なる治療によって戦霊院家から追い出されるようにして自宅に戻った浩一は、アパートの自室で身体を休めるために横になっていた。

 まだ日中で部屋の明かりはついていない。

 日当たりの悪い部屋に周囲の建物に遮られた斑な陽光が差し込んでくる。

「ああ……何をしようか……」

 アリシアスからは数日は安静にしていろ、と言われている。

 もっとも肉体の疲労はない。アリシアスの治療は完璧だからだ。しかし心の疲労までは取れていない。

 ミキサージャブ、クシャスラとSランクと連戦した以上、休息が必要だった。


 ――『殺害志向』を思い出した今ならば疲労さえも心の熱で覆い隠すことができるが……。


(好きで死にたいわけじゃねぇからな……)

 急ぐ理由はあれど、死に急ぐ理由にならない。

 浩一は床に天井を眺めながら、部屋着の作務衣の懐からPADを取り出した。

 呼び出すのは、浩一の趣味・・・・・に関する電子書籍だ。

 書籍のタイトルは『ゼネラウス名ダンジョン100選』。

 シェルター各所のダンジョンについての最新情報が書かれているオンラインブックだった。

 有志が代金と引き換えに、ダンジョンの情報を提供することで常に新鮮な情報が入るようになっている集合知的な情報誌でもあるそれ。

(さて、なにか情報はあるかな……)

 こういった一般層には公開されていないが、学生やその関係者、軍人がいつでも読める本が学園都市にはいくつも存在する。

 『ゼネラウス名ダンジョン100選』はその一つで、学生たちの投票によって常に順位の変わる『ダンジョンランキング』に載っているダンジョンが紹介されていた。

 ちなみに浩一がアリシアスと修行に使った中央公園ダンジョンは三十位付近。

 アーリデイズ学園の学生しか潜れないアリアスレウズダンジョンは圏外だ。

 なお現在一位はユーラシア大陸原産モンスターである『エンジェル』種の亜種生産成功によって建設されたダンジョン『天使の園』だ。

 もともとランキング上位に常にいる人気の高いダンジョンだが、現在一位なのは祝日の入場料カップル割引と天使系素材のドロップ倍増期間であることが影響しているのだろう。

 そんな陽キャでリア充が群がるようなダンジョン情報は読み飛ばし、浩一の指がウィンドウを操作していく。

 目的のダンジョンは別だ。浩一の目がそのダンジョンの情報を捕らえ、ウィンドウの動きが止まる。

 ほう、と興味深げな声が浩一から漏れる。

(新種発見か。いいな。俺も直に見てみたいな)

 浩一が現在読んでいるのは、アーリデイズシェルター六十九区の『グリーブシーブ大樹海』ダンジョンについて書かれている記事だった。

 『グリーブシーブ大樹海』――昆虫系モンスターが比較的多く出現するために女子学生には不人気であるが、樹海のようなダンジョンの中に広がる生態系は面白おかしく低学年の男子学生に人気のスポットだった。

 加えて人気なのは、自然ダンジョンなために人工的な罠が少ないのと、昆虫系モンスターは探知能力が高く、探索職を入れずともモンスターが勝手に寄ってきてくれるからだった。

 このダンジョンは物理耐性を高めていけばドロップアイテムの利益だけでコンスタントに稼げる・・・ダンジョンとして戦士職に人気だった(もちろんいつかの浩一のような狩り方をすれば警告が来るが、ほどほどであれば警告は来ない)。

 ダンジョンの順位は七十四位。

 このダンジョンは特殊な攻撃をしてくるモンスターが少ないため、今の浩一ならそれなり以上に戦える場所だが、浩一が注目しているのはそういうところではない。

 モンスター情報が浩一の目に映る。『ギガントヘラクレス』『コーカサス・あまつ』『阿蘇あそ大鬼鍬形おおおにくわがた』『天山てんざん驟雨しゅうう女郎蜘蛛じょろうぐも』『金色殿様飛蝗』エトセトラエトセトラ…………。

 そして新たに発見された新種であるユニークモンスター、Sランク『天国大兜あまくにおおかぶと』。

 その色艶のある黒い装甲を見ながら浩一はうっとりとした吐息を漏らす。

「Sランク……さすがの貫禄だな。撃力耐久共にSランクオーバー。オーラによる突進技で巨木三本を一気に破壊か。発見から三日っつーことはもう捕獲されたか? 既にミョウジョウ学院の『荒武者』か戦斗院学習塾の『インセクツ』辺りが出張っててもおかしくないが……捕まえたら見せてもらえるかね? あっちには俺も知り合いコネはいないが……ううむ」

 カタログを開きながら浩一はPADを操作し自身の『虫カゴ・・・』を開いた。

 『キングオオカブト』『月夜小蝶つきよのさざめき』『百星テントウ』…………。

 それは時の止まった・・・・・・空間に捕獲されている昆虫型モンスターたちだ。

 DやCランクモンスターが多く、最大がBランク止まり。


 ――全て浩一の所有モンスターである。


 『虫カゴ』はゼネラウスに居を構える昆虫専門の企業『アースオブガイア』が提供するPADサービスの一種である。

 行動不能にした昆虫モンスターに『アースオブガイア』が販売している特殊な昏睡薬を投与することで、処理を行った人間が契約している『虫カゴ』と呼ばれるモンスター捕獲スペースに昆虫型モンスターを『時間停止』状態で保持しておくことができるサービスだ。

 ただし時間属性は扱いの難しい属性であることに加え、昆虫モンスター専門であることと、審査が厳しく利用料金が高額であることから、このサービスの利用者は少ない。

 登録待ちが多い中、浩一が登録できているのはとあるコネを使って格安でこのサービスに加入させてもらっているからだった。

 とはいえ、浩一の虫カゴのラインナップは登録している人間の中では一番貧相なものである。

 まぐれや偶然でSランクモンスターを倒そうとも浩一はAランク以上のモンスターを捕獲することはできない。

 捕獲はある意味撃破より難易度が高く、相応の腕と専門の技術が必要な行為だ。

「俺も強くなったし、せめてAランクのコーカサス・天ぐらいは捕獲してみたいもんだが。今の俺じゃ傷つけずに気絶させるのは無理だしな。ううむ」

 浩一はモンスター情報と自身の虫カゴを比べながら嘆息した。

 殺すだけなら今の浩一なら簡単だ。捕獲も頑張ればできるかもしれない。

 だが、当然のことながら捕獲する際に余計な傷を付けてしまえばモンスターの価値は激減する。

 ミキサージャブやクシャスラのような強力な再生能力を持つ個体は稀だ。

 モンスターの再生治療に掛ける金を浩一は持っていない。

(なんだかな……那岐にこれを頼めばよかったか)

 必死すぎて浩一の視野は狭かった。いや、もしかすればくだらないことを頼んで那岐からの評価を落としたくなかっただけか。

 羨むように浩一がウィンドウに表示されたSランクモンスター『天国大兜』の生息する地域を撫でたところでアパート備え付けのインターフォンが鳴った。

 誰かが来たのだろうか? 寝転んだまま浩一はポップアップしたPAD情報から、外部カメラと接続してドア前を確認するとそこにはちょうど那岐がドアの前に立っている姿が映し出される。

 戦霊院那岐、浩一が先日共闘したSランク魔導士の少女だ。

 彼女は真っ赤な皮素材のへそ出し半袖外套の下に、修復したのだろう、黒色のボディスーツ型の防具である『星厄』をシャツの形で着ていた。

 下半身はショートパンツ。細長い生足を露出し、長い髪はポニーテールにしている。

 有名すぎる顔を隠すためだろうか? 薄いブラックのサングラスの隙間から見える目にはわからないぐらい微かな緊張の色が漂っていた。

(那岐か……? なぜ急に)

 思えば、戦霊院那岐の装いはころころとよく変わる。服をたくさん持っているのだろう。

 外に出るときは着流ししか着ない浩一としては、那岐のこういったマメなところは面白いと感じてしまう。

 そんな彼女は浩一がアパートのカメラで見ていることに気づいたのか、カメラに向かってひらひらと手を振っていた。

「鍵を開ける。入ってこい」

 スピーカーを通じて那岐に言う。

 浩一がPADから部屋の鍵を開けると扉を開けた那岐はブーツを脱いでずかずかと入室し、スタスタと軽快に廊下を歩くと、遠慮無く浩一のいる部屋に入ってくる。

 那岐もアリシアスの治療を受けたのだろうか? 神経を傷つけるほどに魔法を多用し、腹にどでかい穴を開けられたというのに、怪我の影響も見えない那岐は元気そうだった。

「やっほ。元気? お見舞いに来たわよ」

 そんな那岐は床に横になっている浩一を見下ろし、にこにこと機嫌良さそうに笑っている。

 寝転んでいた浩一は上半身を持ち上げ、胡座をかくと、不思議そうに那岐を見上げた。

「見舞いってお前。何も持ってないだろ」

「うん。だからさ。うちに来ない? 身体も歩けないほどってわけでもないんでしょ? いろいろと話したいこともあるしさ」

 浩一は無意識に身体の調子を確認する。重症からの復帰だが、歩けないほどではない。

 いや、アリシアスの治療はいつかに受けたのと同じく完璧で、止められているが、今すぐ実戦に出ても問題ないぐらいだ。

 だから本音としてはSランクモンスター『天国大兜』を見に今すぐ『グリーブシーブ大樹海』に出かけたいぐらいだったが……。

「戦霊院本家に俺が、か?」

「うん。ダメかな?」

 断られるかと思ってか、那岐の声が小さくなる。

 どうしてかこの少女は、誰に対しても強く接するというのに、あの戦い以降、浩一には臆病だ。

 その様子を見てというわけではないが、浩一はいや、と首を横に振った。

「わかった。支度するから待ってろ」

「う、うん! あ、手伝う? 服着せてあげよっか!」

「ガキじゃないんだからいらんわ! 玄関で待ってろ!」

 はーい、と去っていく那岐に調子を狂わされながら浩一は部屋着の作務衣から買い足した新品の白夜に着替える。

 特に用事はない。那岐の誘いを受けても問題はない。


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