少女は獣とワルツを踊り(2)


 淡く光を放つ乳白色の通路を那岐は歩いていた。

 探索は順調だ。各部屋の中にある資料室に加え、巧妙に隠された資料室も見つけ、その中で機密の観点から重要施設の配置などは欠けていたものの、この階層の案内図も発見する。

 階層の全容は把握できなかったものの、案内図から大体の構造を把握し、下の階層へとつながる通路を導き出した那岐は、下階への階段があるだろう位置へ向かって歩いていた。

(機密情報を始めゴシップや外部の情報の数々……ランクを問わずこれだけの情報が集められてるってことは、ここは基礎シェルターに備わってる情報収集施設ってことか……で、これ。施設が秘匿されてるのも問題だけど、公開されてもやばいわよね)

 学園都市に存在する情報が、四鳳八院に知られずにここまで収集されているとなると、スパイへの警戒や、知るべきでない人物が入った場合などを考えれば、いろいろな意味でマズすぎる施設だった。

 帰ったらどうにかしないと、と那岐は考えながら、さて、と気合を入れなおすように杖を強く握る。

 まずは浩一と合流するべきかとも考えていたが、浩一と接触する前に、那岐は見つけなければならないものがあった。

 浩一に死なれては困るが、施設の性質から即死するようなものはないと判断する。

 そのうえで那岐は、浩一に接触する前になんらかの手柄・・を得る必要があった。

 既に浩一は罠に嵌ってしまった。那岐が傍にいながらにして、罠に嵌ってしまったのだ。

 これは浩一が悪い、浩一が無用心ということではない。

 戦霊院那岐が共に行動していながら、火神浩一が何者かの謀略に嵌ってしまったことが問題である。

 誓約を果たすどころではない。大いなる失点だ。

 だから那岐はここから脱出する方法を浩一より先に見つけ、浩一を無事に逃した後に、浩一を嵌めた連中を見つけ、戦霊院の名の下に誅しなければならない。

 それ以外に戦霊院の名誉を賭けて約した誓いを汚された屈辱を晴らす術はない。

 そう考えたからこそ、この書庫とダンジョン・・・・・の機能が合一した施設を制御する設備のある場所を独自に発見し、この施設を早々に掌握しようと那岐は動いていたのだ。

 そう、施設さえ掌握できれば、当然脱出は容易だからである。

(それに、この真珠色・・・の壁……モンスターはいなくとも紛れも無くここはダンジョンなのよね)

 那岐はこの施設がダンジョンだと気づいた瞬間に、確認のために、魔力殺しを上回る出力を発揮し、壁を破壊していた。

 施設の自動修復が働き、内壁が修復されていく姿を。

 那岐は、自分の起こした破壊がダンジョン以外の施設ではありえない速度で修復される瞬間を確認して、この場所がダンジョンであるとの確信を深めたのだ。


 ――迷宮施設ダンジョン


 通常の施設でもシェルターの施設である以上、必ず自動修復は働く。

 しかしシェルター全体のエネルギーや資源生産は限られている以上、施設ごとに性能の配分が割り振られている。

 そしてその性能配分は施設の特色ごとに変化する。

 電子的警戒が厳重な施設であればそちらにエネルギーを割くために物理装甲は脆くなるし(脆いといっても最低限の必要な硬さはある)、逆に物理防御が硬ければそれを修復するためにエネルギーを多く必要とし、自動修復能力が弱まる。

 基本的にどの施設も施設の役割と相性で配分が決定され、それは大崩壊前シェルターであってもアーリデイズシェルターであっても同じことだ。

(もちろん全部が全部優秀ならば良いけど、そんなものは維持にかかるコストを度外視した、レベル5施設ぐらいのものよ……)

 エネルギーの供給も受け皿も無限ではない。

 もちろん警備プログラムの向上や、警備ロボの配備などで全体的な質の向上は狙えるが、施設の基本的な性能はやはりそういった割り振りに依存する。

 そして那岐が魔法で調べたところによると、この施設は基礎シェルターの構造物らしく電子的、魔力的、物理的防御に現在の技術水準を越え、格段に優秀であるが、ダンジョン系施設の特徴である自動修復機能に性能の重点が置かれていた。

(ダンジョン……よね。やっぱり)

 那岐は壁を撫でる。ザラつきのない、艶のある感触だ。

 真珠色の壁材。

 これはダンジョンにしか使われないものだ。

 使わなければならない。アーリデイズを有するシェルター国家ゼネラウスだけでなく全世界に存在するシェルター国家間で定められた世界条約で定められている条約で決まっている。

 いつから決まっていたのかは那岐さえも知らない。

 ただ、アーリデイズシェルターが建設されるより以前からその条約は存在した。

 曰く、モンスターを利用する施設の構造材には必ず『クリステス』を使用すること。

 クリステス――大崩壊時代以前のシェルター施設のみで生産できる基礎構造材の名前だ。

 これは単体では非常に脆いが、他の物質と非常に結びつきやすく、あらゆる建材に混ぜて・・・使用することができる。

 ただ生産量はそこまで多くない。だから基本的にダンジョン建造の際だけにしか使われない貴重な素材だ。

 通常、人類の文明施設の内部にいるモンスターは人類の文化を破壊することにしか知能を使わなくなるが、クリステスの混じった建材で作られた施設内部ならばその破壊衝動を抑えることができる。

 遺伝子に命令が刻まれているのか、モンスターが持つナノマシンに命令が刻まれているのか、その両方か。

 人が生産したモンスターでもその特徴は変わらない。

 そしてダンジョン内部のモンスターには、クリステスで文明への破壊衝動を抑えたうえで、人間を見ると人間を攻撃するようになる命令プログラムの入ったナノマシンが注入されている。

(横道にそれてる気がするわね。クリステスはもういいわ)

 施設の性能もそうだが、クリステスが使われている以上、ここはダンジョンだ。

 内壁にクリステスが使われた迷宮構造を持つ施設を、学園都市では『ダンジョン』と呼ぶ。

(まー、ダンジョンってことならフロアの生成パターンはわかりやすいけど)

 フロアのランダム生成が学園都市の所有するダンジョンの特徴だ。

 そのランダム生成の元を辿れば閉鎖された環境で、否応なしに溜まっていく人類の無聊を慰めるために作られた観劇装置を利用したものである。

 ただ、その観劇装置もまた、基礎シェルターからの解析で得た技術の発展だった。

(ランダム生成といえど逃れ得ぬパターンは存在するのよね……これで推測したフロアマップの確度が上がる、と)

 ダンジョンと情報施設の複合型であるなら、当然、利用する人間が利用を躊躇するような構造にはならない。

(で、ダンジョンってことなら、最下層にこのダンジョンの機能を維持する施設が存在するのは確定、と)

 最深部に重要施設を置くのは踏破を目的とさせるダンジョン系施設の特徴だ。

 無論、途中の階にも調整のための機械は存在するだろうが、そんなものでは中枢機能のもつ全能を凌駕することはできない。

 ただ敵も戦霊院の次期当主を自らの用意した舞台装置の内側に引き込んだのだ。

 施設の乗っ取りを警戒していないということはないだろう。

 だが、どうにも意図や目的はわからないがこの敵は問答無用というわけでもないらしい。

 こうして那岐に探索を許すのがその証拠だ。

(ダンジョンってことなら、クリステスで施設内被害を抑えられるわけだし、モンスターの転移システムと直結させて私をモンスターで圧殺すればいいものを……舐められている、のかしら?)

 とはいえ無改造の火神浩一ならともかく、戦闘体勢に入っている戦霊院那岐をダンジョンの持つ機能で殺すことは不可能だ。

 このダンジョンが魔力殺しの機能を持っていることは確認できているが、那岐とて魔力殺しに完全に屈服しているわけではない。

 現に調査の段階で施設の壁材破壊にも成功している。

(……『漆黒の咎』レベルのものに関しても対策はできてるしね……)

 そもそも施設クラスの魔力殺しには欠陥が存在する。

 それは、施設の機能を維持するために必要とする魔法まで無力化するわけにもいかない点だ。

 シェルター概論を学び、そういった仕組みを十全に理解している那岐ならば、その欠陥を突くことで施設の機能を崩壊させることも不可能ではない。

(とはいえ、それもね……スマートではない)

 そもそも、元々那岐をこの罠に取り込むことを想定していなかった首謀者がわざわざ那岐対策に魔力殺しを用意していたとは思えない。

 ならばこの機能で抑制しなければならないものが、このダンジョンには存在しているはずなのだ。

 魔力殺しの効力がダンジョンを破壊する指向を持つ魔法のみに反応をするとなれば必然、この施設には魔導を得手とするものが潜んでいることになる。

 ダンジョンの魔力殺しはその存在を縛るものではなく、それ、もしくはそれらに地形を気にせず魔法を扱えるようにするための措置なのだろう。

 故に魔法の撃ちあいになるならばその恩恵は那岐も受けることができる。


 ――通常のダンジョンでは火力を自重している那岐が、全力で・・・魔法を撃てるのだ。


 この施設の貴重さを思えば破壊するのも考えものだったので那岐には都合の良い機能だった。

(まぁいざとなれば全部壊しても構わないのだけれど……)

 必要だと思うならば那岐は障害を迷わず排除する人間だ。そんな那岐が施設の破壊をしなかったのはやはり、浩一の存在がある。

 那岐の肉体は頑丈だ。

 人間が踏破できることを前提としたダンジョンが持つ程度の仕掛けで死ぬような人間ではない。

 魔導に特化しているとはいえ戦霊院は四鳳八院だ。

 その身体を破壊するには高ランクの人間、もしくはモンスターの殺意の篭もった攻撃が必要である。

 来る途中に会った職員は不気味だったが、異様なプレッシャーを感じたとはいえ、あのような映像のみの相手に那岐は殺されない。

 如何にこの施設を用意した敵の得体が知れなくとも、やる気になった那岐は、全てを自らの肉体で破砕して突き進むことができる。その確信がある。

 しかし、浩一は違う。魔力殺しを停止した場合、巻き添えを食ってこの施設の空調が停止したり、施設の機能が暴走する危険性があった。

 そんな可能性がある以上、軽々に施設の停止はできない。

 浩一を助けるつもりで浩一を殺してしまうような状況は避けなければならなかった。

 最終手段として施設の破壊は視野に入っているが、施設の図面や、機能の詳細がわからない以上は無闇に施設の機能に攻撃を加えることは避けるべきである。

 那岐もこういった施設の知識はあるが、それは似たような構造や当時のシェルター建造技術を知っているというだけで、この施設自体を見知っているわけではないのだ。

 確かにもっとより詳しくダンジョンを調べれば詳細も知れようが、現状、施設の正確な建造時期すらわからないのであれば手を出すことは憚られた。

(せめて年代さえ知ることができればね……)

 アーリデイズの構造の基礎となったシェルターのことは那岐も四鳳八院の一院として詳細を知っていた。

 大崩壊以前のシェルター建造の初期と中期では当時の国家の政情の関係からか、建築の技法が高コスト高品質志向から低コスト大量生産へと変わった時期であったと那岐は記憶している。

 当然、低コストのシェルターはこの時代まで生き残ることはできなかった。

 理由はモンスターではなく、環境と時間によって安易な構造の施設の耐久が削られ、結局は中身を含めて全てが崩落してしまったからだ。

 幸いアーリデイズを建造する際に使用した基礎部分は高コスト高品質なものだったが、その全てが高度な技法の恩恵を受けているわけではない。

 アーリデイズでは都市メンテナンスの際などには時間によって朽ちたのか、今まで発見できなかった通路などが朽ちた構造材の先に存在することもあり、その先には大概使われることがなく、機能の停止した施設などが発見されることがある。

 時にはダンジョンに似た構造の施設もあり、それらを再利用することでダンジョンを新造することもあった。

 そういった施設の存在を知っている以上。那岐が危惧するのは、このダンジョンが中途半端に初期と中期の間に晒されている場合だった。つまり基礎は丈夫であり、今の時代まで生き残ることはできた。しかし機能は中期につくられたものであり、それらはつついた程度で全てを巻き込み、自壊する、といったものだ。

 その場合、浩一が生き残れる可能性は皆無だ。

 あれは那岐と違い、建物の崩落には耐えられまい。

 運よく命を拾えたとしても、今後戦士として生きていけるとも思えない。

 那岐はそこまで考え、やはり自身が最下層まで赴き、この施設を掌握するしかないと決断した。

 安易に力任せに進んでも生き残れるのは自身だけであるだろうし、火神浩一B+の生存能力に期待してはいけない。

 だからこそ、最速で障害を排除しつつ、この施設の掌握を行うことにした。


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