尽きぬ炎は回廊を飲み込み(5)


 『飛瀑』。中位魔法であるそれは、破壊の力に特化しており、炎の属性を得意とする学生に深く愛用されている。

 爆風や衝撃などの特性がなくとも、この魔法の持つ、押し流す、という特性がモンスターに接近されずに戦う方法となり得るからだ。


 ――しかし愛用されている、ということは性質が知られている、ということである。


 パートナーの雪の得意魔法であるこれの対処法を火神浩一は知っている。

 無呼吸。肺が焼けるために、マスク越しでも息はしない。

 自身に襲いかかる炎の津波を前にしても、肉体に命じることは、月下残滓を手放さず、ただ走ることのみ。

(来る――!!)

 炎に飲み込まれる直前に浩一は跳ねた・・・

 押し流す、ということはそこに物理的な面があること。

 つまり、炎の波に、乗るのだ・・・・

 浩一の体が炎の波の上でバウンドする。うまく月下残滓の刃を立てたが、炎の熱と衝撃で浩一のマスクの端、留め金の部分の金属に亀裂が走ったことが理解できた。

(安物め……)

 浩一の体が跳ねる。月下残滓をうまく櫂のように扱った浩一が、『飛瀑』の反動を利用し、炎の津波を、前へ前へと、水切りの石のように、回転しながら進んでいく・・・・・


 ――なんという絶技だろうか。


 一手でも間違えれば浩一の肉体は炎の津波に飲み込まれていただろう。

 少しでも力加減を間違えれば、浩一の身体はあらぬ方向へと弾き飛ばされていただろう。

 だが、浩一は間違えない・・・・・

 『侍の心得』が恐怖や緊張などの感情を殺し、戦意に裏打ちされた極限の集中力と、死闘の中で磨き上げた技術が浩一を支えていた。

 熱さ、苦しさというものを感じないわけではない。

 既に白夜の大半は燃え朽ちているだろう。

 皮膚も軽度ながら火傷を負っているかもしれない。耐熱ジェルの効能は『飛瀑』程度なら火傷まで減ずるとあるが、その基準はAランクの魔法使いのものだ。

 魔法を本領とする精霊の一撃は格が違う。耐えられるとは思わない。

 それでも浩一は超高速で回転する視界の中でを見据える。耐熱薬の効果は喜ぶべきことに本物だ。

 これだけの熱量を受けながらも浩一の身体に悪影響は殆どない。

 いや、危機感で気づいてないだけかもしれない。それでも現実として炎による身体能力の低下がないならそれでよかった。

 ぐ、と両腕に力を込め、精妙なる調整・・を行った浩一は、浩一は目の前の魔法陣を破壊しながら、突っ切った。

 月下残滓の刃とともに回転しながら『飛瀑』を放つ魔法陣に浩一が突っ込んでいく。

 炎を浴びたが、問題はない。


 ――敵は目の前・・・なのだ。


(死ぃッ――ねぇッ!!!!!!)

 『飛瀑』を放っていたがために、停止し続ける炎の精霊に、殺意を持った刃を振り上げると同時に浩一は顔面を覆うマスクを剥ぎ取った。

 グローブが割れた金属部分に引っかかり、破れかけるも、マスク越しの明暗のわかりにくい世界ではなく、肉眼で把握しなければならない事がある。

 魔力感知ができたなら、肉体改造を施していたならば、こんな真似はせずとも済んだ。

 だが、浩一にはそんな器用なことはできない。ゆえに必要ならば、それがどんな愚行であろうと行わなければならない。

 肺が、焼ける。目が熱い・・。だが奥に・・見えた。

 揺らぎ・・・――これは――こいつは――違う・・――間に合わない・・・・・・

 目に映った微かなそれを認めた浩一は、振り上げた刀をそのままに反転。眼前の精霊を無視し、背後へ向けて疾走を始める。

 浩一の背後、そこには中心より五枚目の魔法陣より現れる太陽の姿がある。

 先に迫った個体は残っているのに、背後に太陽の精霊は出現した。


 ――複数体、敵がいた……というわけではない。


 『索敵即殺』は敵が一体だと浩一へ教えている。

 そうだ、『飛瀑』を突破した浩一が確かめたかったのは敵の正体だった。

 そもそも、浩一の攻撃が効いていたなら、転移後の太陽は揺らぐだけでなく、身体が損傷していなければ道理に合わない。

 戦士の刃に強い精霊であってもそれは無敵ではない。

 身体を破壊されれば、再生する必要がある。


 ――今まで斬っていたのは、敵の本体ではなかった。


 無論、この推測は外れるかもしれなかった。本当は複数体いるのかもしれなかった。

 貴重な攻撃のチャンスを潰してまで行う理由といわれれば首を傾げざるを得なかっただろう。

 それでも、浩一の勘はそれが真実だと声高に叫んでいた。

 そうだ、見よ。転移した敵の正面に、敵の幻影・・が現れているではないかッ――!!


 ――太陽が持つ、陽炎げんえいの権能だ。


(敵の正体はわかった! 次は敵が転移する前に殺す!! そうだ! 勝機は一つ、相手の反応を上回る速度で接近してぶち殺す! それだけだ! 白夜! 『速度上昇』!!)

 炎に焼かれ、腰と肩にこびり付く様にしてしか存在していない漆黒の着流し、白夜が浩一の意思を受けて少しの力を発揮する。

 白夜はほとんどボロ布のような有り様だった。機能の80%を喪失しながらも白夜は健気にスキルで浩一の身体に働きかける。

 くん・・、と本来のBランクからすれば微量な、しかし浩一からすればそれで十分な力、Dランクの『速度上昇』が浩一へと与えられる。

 そして、さらに浩一の疾走を助ける一手。

 先の転移前。浩一は月下残滓に蓄えられたオーラを消費しなかった。刀は振っただけで月下残滓の刃は白光を蓄えている。

 もちろん浩一には気の心得がないため、時間経過で月下残滓が纏った気は減少するだろう。

 だが、今まで撃った一撃一撃が浩一に確信を与えた。込めた気は、あれを消し飛ばすには十分過ぎる。

 ゆえに気力を込めながら走らなくて良い分、浩一の接近する速度は、今までよりほんの少しだけ速い。

 前回の接触とあまりにも違いすぎる浩一の速度。だが太陽の精霊は驚愕しない。

 機械的な反応。機械的な対処。むき出しの感情しか発さない敵と戦い続けてきた浩一には違和感しか覚えないが、だからこそ、そんな敵の行動はわかりやすすぎた。

(転移のタイミングは把握した――)


 ――こいつは、もう俺から逃げられない・・・・・・


「おおおおぉおおおおおお!!」

 咆哮と共に浩一は駆ける。■■■■■■と詠唱を始めた敵の前に出現する迎撃のための魔法陣。

 『飛瀑』を防いだジェルが効果を失い、疾走する浩一からぱらぱらと白く固まったジェルが剥がれ落ちていく。

 炎に対する防御手段は喪失している。敵に接近することで、熱の直撃を受ける。ぶわっと汗が全身から滝のごとく湧き出てくる。

 もうマスクもない。次に炎を喰らえば、いや、接近し、刀を振り上げれば終わる。

 太陽の放つ熱は驚異的だ。このままでは熱によって浩一は重症を負う。

 だが浩一は躊躇なく地を踏みつけ、駆けた。飢えた狼のように。獰猛に口角を釣り上げて。

 視界の中で広がっていく敵の姿にがはッ、と自然に笑みが溢れる。

 事前にわかっていた浩一の気力使用上限は四発前後。すでに二発放った。一発は蓄えている。だが、体力を消費しすぎていた。


 ――次弾は用意できない。


 ならば一撃に全てを賭け、いや、賭けるなんて不確定は許さない。絶対に命中させる。させてやる。

 敵のやり方を理解した。陽炎・・だ。幻影だ。目の前の幻影の奥に、幻影発生と同時に透明になった本体がいる。

 故に、絶殺の気概を込め、浩一は月下残滓を両手に疾走する。

「■■■■■■■■■■■■■■■」

 耳に入る太陽の変わらぬ旋律の詠唱。

 新たに現れている魔法陣は八。だが遅い。速度上昇に気の操作の放棄、上昇した速度に機械的・・・な敵は対応できていない。

 魔法が放たれる前に浩一は真正面に展開された未完成の魔法陣を全身をぶつけて粉砕していた。

 魔法使いが杖を使って場を整えるように、魔力というものは物理的に不安定だ。

 だからこうやって戦士が接近して破壊すれば役に立たなくなる。

 物理的に破壊された魔法陣が宙空に魔力を霧散させていく中、浩一は幻影の太陽へと踏み込み、その奥に存在する見えない太陽の本体に、月下残滓を振り下ろしていた。


 ――った!


「お、おおぉおおおぉおおぉ――――――ッ!?」

 ずどむ、と空間を震わせる衝撃。自身が発した衝撃にもかかわらずあまりの威力に浩一の手から月下残滓が吹き飛びそうになる。

 ギリリ、と歯が、骨が、筋肉が軋む。全身に気合を込め、柄を握るそれに力を込めるものの、気力の大半が失われかけた浩一の身体には力がそれほど残っていない。


 ――衝撃に耐えられない。


 びりびり、ぎしぎしと刹那にも満たない間に爆風が吹き荒れる。

 月下残滓に込められた浩一のオーラ。それが空間に猛威を振るい、ピークを迎えた。

「う、うぉおおおおおおおぉぉおぉおおお!!」

 ずどん・・・、と自身の攻撃の反動で浩一の身体が吹き飛んだ。

 吹き飛ばされ、壁と床に叩きつけられた浩一。即座とはいえないが、なんとか立ち上がるも月下残滓はその手から失われている。

「ぐ……ぐぁ……」

 気力の全喪失し、全身に打撲と火傷を負った浩一を救ったのは先ほど飲んだ回復薬だ。

 枯渇した浩一の身体からこんこんと気力が湧き出てくる。傷が多少なりと塞がっていく。即時に全回復するわけではないが立ち上がるには十分だ。

 ふらつきながら浩一の目が愛刀の姿を探した。混乱しているのだろう。歴戦の戦士は敵の姿の確認を忘れていた。

 そして視線をさ迷わせた挙句、自身から三メートルほど離れた床に転がる月下残滓を見つける。

 浩一の荒々しい気をダイレクトに流され、乱暴に扱われた挙句に、持ち手以上の衝撃を全身に受けた美しい刃。

 だがその刀身には歪みの一切がない。

 折れてないことに安心した浩一がよろよろと近づき、傷ひとつない柄を握った。ぜぇはぁと息を吐き出し、疲れたように顔を上げる。

 その全身には酷い火傷が刻まれ、細かい傷からは止めどなく血が流れていた。

「敵は……? どこだ?」

 肺が焼けているのか、言葉を発するたびに激痛が走る。

 だが、攻撃のあとにこれだけ無駄な時間を過ごしていながらも追撃がこない以上、結果は見えていた。

 そこには何もなかった。十二枚の魔法陣も消えかかっている・・・・・・・・

「消え、かかって? あぁ?」

 完全に消えていない。敵はまだ生きている!

 油断した、と後悔する浩一が視線を向けた先は通路の奥だ。

 そこには浩一から最も離れた一番端の魔法陣の上で魔法を唱えようとしている敵の姿があった。

 距離は遠い。今から駆け出しても、相手の魔法の発動阻止はとうてい間に合わないだろう。

 しかし生存する敵を見つけながらも浩一の身体は動かなかった。

 否、握った月下残滓を大きく血振りするように振るうと鞘にさっと戻す。

 そうして、じっと太陽を見た。

 敵は無惨な姿だった。

 荒々しい炎はもはや存在しない。構成する半ば以上を一撃で吹き飛ばされ、身体の維持も不可能な姿である。

 月下残滓に切り裂かれた老爺の顔が唱える詠唱は途切れ途切れで旋律は淀み、正常ではない。

 あれほどの一撃だ。核に致命傷を負ったのだろう。

 ただ浮いているだけだというのにボロボロと円盤のような身体が崩れていく。

「俺の勝ちだ。なぁ、おい?」

 ■、■■と精霊は最後の最後まで機械的に詠唱らしきものを呟いていたが、不敵に嗤った浩一の目の前で、その姿を宙へと散らしていった。



 No.0001189 アシャ・ワヒシュタ[new]

 耐久:B 魔力:A+ 気力:B 属性:炎

 撃力:A 技量:C  速度:A 運勢:C

 スキル:『詠唱短縮Ⅳ』『転移』

 武装:陽炎の帳

 報奨金:2000G

 入手アイテム:天則の鍵


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