尽きぬ炎は回廊を飲み込み(4)


 ――『【スプンタ・マンユ】 第一層【アシャ・ワヒシュタ】』


「転移ッ!? クソッ、さっきの詠唱はあれの下準備か!!」

 階下への階段へ続く通路に等間隔に十二枚の魔法陣が設置されていた。

 そして浩一の背後の三枚目の魔法陣に消し飛ばしたはずの敵が存在していた。

 確実に当てた・・・と思ったが、オーラは我流で、今この場で習得した技術だ。うまく感覚がつかめない。

(威力がでかけりゃそれだけ感覚も狂うか……ッ!!)

 しかし、転移したとはいえ、浩一はあの衝撃が全く敵に影響を与えていないとは思えなかった。

(ああ、きちんと通ってはいるようだな……)

 敵の身体に揺らぎ・・・が見える。円盤状の岩にも見える敵の体だが、魔力で構成されているのか、浩一の攻撃による衝撃で、陽炎のように揺らいでいた。

 だが、それだけ・・・・だ。

 致命傷になっているかすらわからない。空間を震わせた己のオーラの威力は、敵の身体を掠めただけだったらしい。

(だが、揺らいだ。敵の体は肉だの岩だのといった物質的なものとは別だ。やはり敵は精霊種)

 そして攻撃は通じた。敵は躱さざるを得なかった。今はそれだけで十分だ。

 通じたならば当たるまで攻撃を繰り返す。それだけでいい。

 だが・・、と浩一は自らの肉体を一瞬だけ見る。ジェルと耐熱薬の効果は炎に対する脅威を減らしているが、代わりに肌がジェルで鈍り、感覚でのダメージ把握を困難にしている。

(まだ大丈夫そうだな……)

 身体の熱に対するダメージの把握を目視で行った浩一は、炎の直撃を受けずとも数回程度の接触が限度・・だと計算した。

 凄まじい熱量だった。近づくだけで燃やされかねない敵だ。

 敵のあれはきっと平熱・・だ。戦闘態勢になってはいるが、熱量はまだまだ上がるだろう。

 完全に炎に触れているわけではないのでジェルは未だ効力を保っているが、それもいつまで続くことか。

 浩一は敵を凝視しつつ、PADを片手で操作した。気休めだがSEIDOU製の『気力の泉』とラクハザナル薬師連合製の体力回復薬『デストム中級薬』を転移しマスクの下半分だけを開き、服用した。

 これらの薬は即時回復ではないため効果の発揮は後回しになるが、今飲んでおかなければならない。

 索敵即殺が今までの経験から計算した結果を囁いてきたのだ。今飲んでおかないと、あとで酷い目に遭う・・・・・・と。

 飲みきった薬の、空の包装が自動的に転送されて消える。ゴミはゴミ箱へ。綺麗な探索をしましょう。ダンジョン探索の基本だ。

(さて、どうする?)

 浩一は刀を握っていない手でマスクの口を閉じつつ、薬を服用する間も決して逸らさなかった敵の姿を改めて確認する。

 変わらぬ姿の太陽に、禍々しくもその円盤を覆う炎の触手。

 宙に浮いた太陽は、周囲に炎の触手を蠢かせている。浩一の喉がごくりと鳴る。あの炎は脅威だ。己が勝利できるかどうか、自信がなくなってくる。

 しかし勝たねばならない。勝たねば命はないし、なにより面白くない・・・・・

(敵の攻撃手段は炎の触手と魔法か? それで俺の攻撃を避けた転移だが……転移を可能とする位置はこの戦闘空間全てとしとこう。予断はできないが甘く見れる相手じゃない。転移先は魔法陣。これは、まぁ転移なんて複雑な術式なら疑問はないな。転移先を自由に設定するのは困難なはずだ)

 突然背後に現れるなんて無茶はできない。魔法陣に注意することで敵の出現を知ることができるだろう。

 もっとも魔法である以上、当然ながらミキサージャブの斧、漆黒の咎を置いておけば魔法陣は霧散されるだろうが、それはつまらない・・・・・

(さぁて、魔法にも限界・・はある。万能なんてものはこの世にはねぇからな)

 あの太陽が持つ独自オリジナル権能スキルの可能性もあったが、あの太陽が詠唱を行っていた以上はあれは魔法で間違いない。そして魔法であるならルールが存在する。

 詠唱の感覚からして恐らく長文二つ分、その程度の魔法ならばあの太陽がそれに特化していようと、それほどの無茶はできないはずだ。

「それでも、やらにゃならんか!!」

 考えていても仕方ない。まずは情報だ。経験だ。慣れ・・だ。

 浩一は先ほどよりも心持ちオーラを少なく体中から集めると駆け出した。

 攻撃に気力と集中を奪われる分、走る速度は少し落ちる。

 だが心中に喝を入れ、浩一の足は通路の床を蹴りつつ、軽快に駆けていく。

 未だオーラを消費する感覚には慣れないものの、一度目の失敗を経て、攻撃にどれだけ気力が失われるかというのはなんとなくだが理解できるようになった。

 それに白いオーラに覆われた月下残滓の刀身。それの秘める威力を思えば頬も緩むというものだ。

(俺にもこんな攻撃ができるようになるとはな)

 太陽は迫りくる浩一に対し、宙に浮かびながらも次々と焔の触手を繰り出してくる。

(この触手、パターンがあるな……?)

 徘徊範囲が決まっていることといい、戦闘前に警告を出してくることといい、生物にしては、機械的という印象の強い敵だ。

 迫る浩一の姿に老爺の顔は変わらない。まるでプログラムのように攻撃を繰り返してる。

 人工的すぎる偶像シンボルが生み出した特性だろうか?

(まぁミキサージャブよりはマシか……)

 パターンがわかり、炎が多少眩しいが、見えている・・・・・攻撃だ。

 大太刀を両手に握る浩一の身体が沈み、髪の先が焦げるも三十を超える焔の触手は浩一の身体の上を、何も貫くことなく通り過ぎて行く。

(触手の多くは貫いたら振り上げる・・・・・

 速度を落とすことなく低姿勢のまま浩一は駆ける。元々、転移先はそれほど離れていなかった。ならば到達もそれだけ早い。敵の振り下ろしは間に合わない。

 ひゅう、とマスクの中の浩一が息を吐いた。

 力強い踏み込みとともに、月下残滓が老爺の顔を持つ太陽を下から切り上げた。月下残滓の刀身から浩一が込めたオーラが解放された。

 先ほどよりも衝撃は小さいものの。確実に敵の大半を消し飛ばせるほどの衝撃がびりびりと浩一の腕に伝わってくる。

(……こいつは、すごいな……)

 斬撃を与えた空間に白い線が走ったままだった。月下残滓の特性だろうか? 空間・・に亀裂が走っている。

 すごいはすごい。だが浩一は残心を解き、素早く背後を見た。舌打ちが自然と漏れた。敵が未だに生きている。

「クソッ、転移してやがるな……」

 どういう理屈だ、と浩一が再びオーラを練り始めた。『索敵即殺』が効果を発揮して分析を行い、感覚として敵の情報を伝えてくる。

 今、斬ったのは転移の残影ではない。浩一は確実に転移前の実体を攻撃していた。

 だが消し飛ばしたはずの半身は転移後には復活、再生している。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 浩一が攻撃を加えたことで攻撃パターンが変化したのか。

 ぐるぐると老爺の顔が回っている。太陽に刻まれた老爺の口から旋律を伴った音が聞こえ始める。

「ちぃッ! 魔法詠唱かッ!!」

 浩一に精霊の言葉はわからないためなんの魔法かの判別はつかない。

 転移か、攻撃か。中心部より通路の奥側に四枚目の魔法陣に太陽は浮いていた。

 浩一の位置から七枚も先だ。太陽はくるりくるりと回転すると詠唱を次々と重ねていく。

(間に合うかッ!?)

 改造をしていない浩一の速度は戦士の中では並だ。

 だが何よりも驚くべきはその判断の早さである。

 思考は敵の行動に驚愕を覚えながらも、身体は迷うことなくすべきことのために動いている。それが火神浩一の特性だ。

 しかし、浩一が最善を尽くせば敵が素直に死んでくれるわけではない。


 ――当然ながら、敵の方が生物として優れている。


 詠唱が終わり、老爺の口から『力ある言葉』が発せられた。紡がれる韻律の異なる■■という単語。

「は、やッ!?」

 いぞ、とまで言い切ることなく浩一が自身の真正面に現れた六つの魔法陣に戦慄する。

 接近してくる浩一の疾走を封じるように通路へと展開されたそれは、浩一にも覚えのある文様をしていた。


 ――それは東雲・ウィリア・雪の得意呪文だ。


(『飛瀑』かッ――しかもこの通路でッ)

 『飛瀑』とは火炎系中位魔法、炎の津波の発生させる魔法だ。

 その威力は凄まじく、浩一より遥かに頑丈なミノタウロスですら動けずに飲み込まれて焼殺させられる魔法である。

 六つの魔法陣で通路全体を塞ぐように展開された『飛瀑』を避ける方法を浩一は知らない。

 既に気の収束の終わっている月下残滓なら一時的に弾くことは可能だろうが、あれはまさしく瀑布のような魔法だ。津波のようなそれを一時的に防いだとしても続く波に押し流されるのが落ち。

 それに、魔法を防ぐためにオーラを使えばあの太陽を撃ち落とすことができなくなる。

 未だ敵へは辿りつけない。そしてその間には焔を吐き出そうとする魔法陣が存在する。


 ――当然、逃げるのは論外だ。


 魔法の破壊は困難だが、魔法陣・・・の破壊は到達さえできれば容易だ。

 しかし太陽の魔法は雪より発動が早い。駆ける間に浩一の身体は確実に焼かれるだろう。

 回避することのできない脅威に浩一は笑みを深め、地を蹴る足に力を込めた。

(この場を切り抜ける方法なんて一つしか知らねぇよ!!)

 太陽に浮かぶ老爺の表情は変わらない。あくまで機械的なその姿勢。

 それに浩一の口角は釣り上がる。どこまでも感情を浮かべない敵。敵に対する理解と予測が深まる。

 ぐん、と浩一は地を蹴る速度を深めた。その間に気力を月下残滓に喰わせ、一撃の威力を高める。既に自身の半分以上の気力を持っていかれている身としては今にも倒れそうだが、意識の有無は、所詮意思の強弱でしかない。


 ――ならば火神浩一の肉体が倒れることはない。


 浩一が己の意思をしっかりと保持できるなら、意識が途切れるということだけは免れ得る。

 ただ、生命の源泉たる気力が枯渇すればそれもまた不可能になる。オーラを撃ち尽くせばそこで浩一は終わりだ。

 それでも戦意を限界まで練り上げる。純然たる真白な殺意を刃に乗せ、浩一は通路を駆け抜けた。

 敵までは距離にして三十メートルもない。だが、浩一にはただただ遠いと感じられる。

 未だ敵に到達していない浩一の目に、魔法陣から溢れ始める炎が見えた。

 ぐ、っと覚悟を決め、真正面からこれを起こした太陽へと突撃する浩一。

「ぬ、ぬぅぅ」

 轟、とまるで濁流のごとく流れる灼熱の炎。

 耐熱薬を服用し、ジェルを全身に塗り、顔面の全てをマスクで覆う浩一をそれは容易く飲み込んだ。


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