アリシアス・リフィヌス(1)
ほう、とアリシアスが吐息を漏らした。
堪能した。なんでもない男が
甲斐があった。恩以上のものを与えた価値を見た。
(まさか、あれが決め手になるとは思いませんでしたが……)
――正宗重工製Aランク鞘『
大太刀用のその特別な鞘は、収めた太刀の重さを鞘に入っている間、軽減する『重量軽減D』と、収めた刀身を任意に
月下残滓は大太刀で、戦闘中に隙が大きくなる鞘から刃を抜く動作を短縮するためだけに用意したもの。
この鞘は思考を読んで鞘が開閉させることができる。だから、それだけのためにアリシアスが月下残滓用に改修した鞘。
――
ミキサージャブが魔力殺しを使うために魔導系の強力な鞘を用意できなかったために用意した旧式の装備だ。
強力すぎる装備は浩一がきっと嫌がるだろうからと、まぁいいかという気持ちで持ってきたもの。
だが、それを用いて首狩りをするとは……。
最後の瞬間、電磁加速鞘によって雷速に加速された月下残滓が放った紫電一閃を思い出す。
あの輝きこそはまさしく英雄の――そこでアリシアスの思考が止まった。
『特殊イベント【ミキサージャブ】のクリアが確認されました。特殊イベント【ミキサージャブ】のクリアが確認されました。参加クラン【血道の探求者】【
◇◆◇◆◇
アナウンスがフロア中に響いていた。
そのアナウンスで藤堂正炎は最後まで手に持っていたクロスボウを取り落とした。
装填されていたものは毒矢だ。ミキサージャブ用に用意してきた、対Sランク用の毒矢。
――結局、それは一度も放たれることはなかった。
「な、あ、ぁ」
声はアリシアスによって正常に癒やされた。だが、心はそうではない。粉々に砕け散った正炎の心は、復讐に向けられた熱は、発散されることなく、正炎の魂を蝕んでいた。
一太刀も、一矢も、
彼の復讐は果たされていない。その身を蝕む憎悪の炎はどこにも行けず心の中で澱んでいる。
「ぅぁ、ぁあぁ、あああああ」
それでも、宿敵を殺した人間を恨む気持ちにはなれない。あの闘いを見たからこそだ。だから正炎は自身の脚を見る。
車椅子に座っている自分。たったひとりでは立つこともできない脚。それさえ無事であったならば自身もあの場に、あの侍と同じように、ミキサージャブの前に立てたのだろうか。
それとも、今と同じようにただ見ていただけだったのか。
――わからない。正炎は結局、立ち向かうことなく終わってしまった。
闘いが終わり、座る物のいなくなった椅子とテーブルを見る。そこで先ほどまで優雅に紅茶を飲んでいた少女はいない。
アリシアス・リフィヌスはアナウンスを聞くやいなや、立ち上がり、片付けもせずに歩き出してしまっていた。
まるで爆撃でもあったかのように掘り返された大地を、危なげなく歩いて倒れた侍の元へ向かう天使のように美しい青髪の少女。
正炎も、自身もせめて勝者の傍に、地面へと倒れてしまった侍の下へと向かうべく車椅子の車輪に手を掛けたところで。
――スロット発動『斬撃強化Ⅲ』『衝撃強化Ⅲ』。
――黄金剣グライカリバー搭載スキル発動『
正炎の後方、遥か彼方から――つまりはアリシアス・リフィヌスの知覚範囲から正確に半歩分ほど下がった距離より、黄金剣グライカリバーに搭載された
「あ……? なん――」
所有者が注いだオーラに、斬撃の特性を付与し射出する
正炎は何が起こったのか理解できなかった。
車椅子の破片ごと地面にぶち撒けられる自分の肉体。その身体の断面からは内臓が零れ落ちている。血は止まらない。頭が血の海に沈んでいく。だが、正炎は自身が誰に殺されるのかも、どうして殺されるのかも、何もわからなかった。
「
なぜ自分ばかり奪われるのか、なぜ自分ばかり駄目なのか。ここで死ぬのか。殺されるのか。何もわからず。何も得られず。何を為す事もできず。
「
即死はしていなかった。藤堂正炎は、これでも将来を嘱望された戦士だったから。
だからゆっくりと、手を伸ばした。正炎の目には、正炎をひき裂いてなお威力を失わない『天使の刃』を追いかけて走る男の背中が見えていたから。
自然と、あれが自分を殺した下手人なのだとわかった。
そうして開放されることのなかった胸の熱を、使われることのなかったクロスボウを手に取ることに費やした正炎は、そのトリガーに指を掛けると最後の力を入れ、その命を、何を為したのかもわからないままに終わらせた。
◇◆◇◆◇
商店街にてアリシアス・リフィヌスと争い、そのあとにクランメンバーを謎の人物に殺された男、クラン『黄金騎士連合』のリーダー、ゼリバ・ライゴルは駆けていく。
森の中を、木々の作る道の中を、自身が放った刃を追い、再装填した黄金剣を手に、ただただ必死に駆けていく。
ゼリバを駆り立てているのは死の恐怖だ。
ぽっかりと、空洞のような眼をして死んでいた仲間たち。
顔中を歪め、苦痛に染まりながら死んでいた母親。
――
あの黒い影のような人物。自分を虫けらのように扱ったあの恐怖。
「ハァッ。ハァッ。ハァッ。ハァッ。糞ッ、糞ッ、糞ッ、糞ッ!!」
既に何が起きて、何が原因で、誰が、何を、何のためにゼリバにさせようとさせているのかなんてわからない。
いまからアリシアスを何のために、誰のために殺さなければならないのかもわからない。
そもそもがゼリバはすべてを失っているのだ。
母親。仲間。都市での居場所。まともな思考は働かなくなっていた。
だが、だが!!!!!!!
それでも――
仕向けられたとしても――
脅されたのだとしても――
そうやれと命じられたのだとしても――
「アリシアスッ! アリシアス・リフィヌスッ!!」
あの女に関わってから、あの女に仲間を殺されてから、あの女のせいだ。あの女が原因だ。
それは正解ではなかった。結局は影の人物に殺されてしまったが、アリシアス・リフィヌスは自害した男たちを火神浩一に請われ治療していた。
しかし一面では事実ではあった。
――ゼリバの不幸はアリシアスと関わったからだ。
それでも決定的に間違っている認識を抱きながらゼリバは駆ける。
この先に、アリシアスがいる。見えている。見えているぞ!!
ゼリバは肉体強化を十全にできているAランク前衛だ。殺意も十分。
ゆえに、以前に対面した時よりも明らかに強かった。恐怖に追い立てられているとはいえ、殺意と敵意がゼリバを強くしていた。
彼は飛ぶ斬撃と同等の速度で大地を駆け抜けていく。
その途中、車椅子に座った少年を知らずに殺害したことなど気にもかけず、死闘の終わった空間へと踏み込んでいく。
そして
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