獣の唄(4)
振るわれる戦斧の内側に入り、斬撃を打ち込む。
同時にさらに踏み込みを進め、身を沈める。上半身のあった場所を通過した拳に構わず黒牛鬼の脇を疾駆。
振り返りざまに斬撃を放つと瞬時に地を蹴り、宙へ舞う。身体のあった空間をミキサージャブの脚が貫くもそれを足場に後方へ跳躍。
呼吸を整えつつ再び疾駆。それを迎えるようにしてミキサージャブが戦斧を振り上げた。
大太刀は太刀と違い、回避に向いていないがリーチが長くなった分だけ大型モンスターとの戦いが楽になる。
――『
しかし浩一は内心の焦りを戦闘に出さないよう、細心の注意を払わなければならなかった。
浩一の戦闘感覚はミキサージャブとの速度へと慣れていく……だが、同時にミキサージャブの戦い方も浩一へと対応したものへと変化していっていた。
戦斧、拳、脚、頭突き、突進、指、咆哮、蹴り、殴打、身震い。ミキサージャブの攻撃はどこまでも物理に偏っている。
だから今の今まで生身で武器を振ってきただけの浩一にはよく理解できる。
(だが……奴も俺を学んでいる)
激闘の中、唇を舐める。舌に汗の味が広がる。これは焦りの味だ。
浩一は情報量によるアドバンテージを『索敵即殺』によって何倍もの力に変えたが、ミキサージャブはこの戦闘を通して覚えた
故に、そう遠くないうちに動きに完全な対応をされ、以前のように詰まされることになるだろう。
(だがよ、ミキサージャブ。俺にはまだ手は残っているぜ――
猛攻を凌ぎながら、浩一は思考操作で『白夜』の
『速度上昇B』『俊敏上昇B』だ。間髪も置かず、纏った着流しが浩一の肉体を強化する。ぎちり、と肉体の速度が強引に上昇させられる。外的な補助を受け、浩一の肉体速度と反応速度が上がっていく。
D強化は使っていた。だから今度は、Cを超え、いきなりB強化でいく。
ちまちまとした段階ごとではなく一気に速度を上げていく。
徐々に上げるだけでは有効にはならない。緩急こそが浩一に唯一使える戦術だ。
(これで、手は全部使っちまったがよッ!!)
浩一はミキサージャブの懐へ踏み込む。直後に、一瞬前の浩一ならば完全に両断されていたであろう斬撃がその背後へと振り下ろされた。
「いけ――ぐッ……!!」
しかし、ミキサージャブはこの展開を予測していたのだろう。
地面に突き刺さり、大地を耕していた戦斧が躊躇なくミキサージャブへと強引に引き寄せられた。
そしてミキサージャブへの懐へいる浩一へ、人間の胴体程度なら容易く叩き潰す拳が叩きつけられんとする。
――出口は左方向しかない。
浩一は一度は深い斬撃を与え、怪我を負わせたミキサージャブの右脚側へと疾走しかけるも、慌てて月下残滓の刃を縦に立てた。
蹴りだ。
(ッ! 反応、できなかッ――)
だが不安定な姿勢で放った蹴りのためか、威力は低いッ! 即死ではないッ!!
(それでもッ……喰らっちまったッ!!)
油断ではない。
ミキサージャブの反応速度が上がっていた。浩一が速度を上げる前と完全に速度が違っている。
浩一が速度を上げられることを読まれていたのだ。浩一が騙すことを予測し、ミキサージャブも速度を温存していたというのか。
(モンスターの戦い方じゃねぇッ!!)
だがこれこそがSランクだとでも言うのか。驚愕と苦痛、衝撃に千々に乱れる思考を纏め、これまでと同様に着地点に回復薬を射出した瞬間。風斬音が聞こえ、地面を衝撃が揺らした。
薬は浩一へと掛からなかった。薬はミキサージャブの投げた戦斧によって浩一へと続く射線の途中で刃にぶつかり、戦斧の表面を濡らしている。
「なッ……糞ッ!!」
治療ができないのは
先ほどの蹴りを防いだ際、無理な力が掛かったためか、月下残滓の背を押さえた右の手首が砕けている。
さらに強大すぎた衝撃だったためか衝撃の殆どを受けた右腕の筋が使い物にならなくなっていた。
痛み程度ならば耐えられる。慣れているから集中も続く。だが、月下残滓は大太刀だ。この重さの武具は左腕だけでは満足に振るえない。
今すぐにでも回復しなければならないだろう。五体満足のときですら勝機が一割を切る相手。
ミキサージャブに回復方法を防がれた以上アリシアスの薬は使えない。
いや、PADからアイテムを転送し、アリシアスのテントを利用したときに貰った薬を用いる方法もあるが、これほどの深手を癒やす強力な薬を使うとなると戦闘中に薬剤の副作用を覚悟しなければなるまい。否否否―――ッ! 否だッ!!
(折れたもんはしょうがねぇだろうがッ! 余計なことを考える暇はねぇぞ!!)
続く思考を断ち切る。この思考は刹那も掛からなかった。ミキサージャブは既に無手で疾走を開始している。浩一へと! 一直線に!!
このままでは殺される。舌打ちする間も惜しいとばかりに浩一は立ち上がると同時に地面を蹴り、その場から一歩でも離れようとするも――。
『ヴォオオォオオオオオオオオオォオォォォオオオオオオオオオッッッ!!』
突進と共に巨大な拳が降り注ぐ。猛襲からの猛撃。雷火のごとく降り注ぐ巨大な拳、そして
(所詮、大振りの拳ッ! 避けられるッ!!)
問題はその凄まじすぎる速度だが『索敵即殺』が機能することで先読みは可能だ。
なんとか動きを見切った浩一はその猛襲を命からがら掻い潜る。
距離を取るべくミキサージャブを視界に入れながら浩一は走り出すもすぐに追いつかれる。
(くそッ!!)
再び降り注ぐ拳。
片手で持つ月下残滓が重い……
(だが奴も、武器を失った)
あの巨大な漆黒の戦斧をミキサージャブは投擲に使った。素手で襲ってきたのはそのためだ。
全身を冷たい汗が覆う。回避に全力を使ったためか、呼吸が辛い。
そもそもが戦斧がないからといって浩一が有利になったわけではないのだ。
ミキサージャブの武器はあくまで膂力と速度。優れた知能や偽装もそれらを引き立てる添え物に過ぎない。
浩一とミキサージャブの身体能力差は明らかに天と地なのだ。斧がなくとも強敵なのだ。
索敵即殺の恩恵によりなんとか埋められていた差が次々と覆されていく。
経験していない速度。経験していない窮地。それでも速度の上がる前の経験を強引に適応させ、降り注ぐ拳と拳の間隙に身体を潜り込ませ続け、ミキサージャブより降り注ぐ拳の内側にもぐりこむも、すかさず巨大すぎる膝が迫り、次いで開いた掌が両面から猛襲する。
捕まれた瞬間に身体を潰され
異名を思い出す暇などない。浩一は月下残滓の刃を鞘に納める。両開きに開いた鞘に刃が吸い込まれるように収まる。
当然ながら、その動作も
身体の上を膝、脚、足首と流れた瞬間に、左腕のみで身体を跳ね上げ、即座にミキサージャブより距離をとるも、ミキサージャブの追撃は止まらない。
人間とは明らかに違う体力。引きつる頬を強引に笑みで破壊し。浩一は叫んだ。
「おおおおおおぉぉおぉおおおおぉおおおおおお!!!!!」
『ヴォオオオオオオオオォオオオオォオオオオオ!!!!!』
言葉など要らない。小細工も不要だ。浩一の踏み込み、片腕で力が足りない分は腰の動きによる回転で補う。抜刀術。鞘が
(浅いがッ、
活路は前にしかない。戦うことでしか勝利はない。退いたところで浩一の体力の限界まで拳が降り注ぐだけなのだ。
幸い、今の攻防で索敵即殺に修正が効いた。体内のナノマシンを活性化させ、浩一の肉体にミキサージャブの最新の動きを覚え込ませる。
――勝ってみせる。殺してみせる。
何もかもが遅くとも、神懸った予測を持って浩一の体が動く。
無論、本当に未来が見えているわけではない。ミキサージャブの思考が読めているわけでもない。
『索敵即殺』はそこまで便利ではない。
たった二度の戦闘でミキサージャブの全てを暴けるわけではない。
これは、火神浩一の
今までの、無駄とだけ言われ続けてきた闘いの記憶が浩一を支えている。
ゴブリン、オーク、コボルト……それら多くの下位ランクのモンスターから、ミノタウロス、アックス、ナイト……中位から上位へのモンスターたち。
その中には、商店街のあのAランクのクランリーダーとの戦いも含まれる。
――火神浩一の肉体は、誰もがかえりみない戦いで作られている。
そして今、ここだ。
Sランクモンスターであるミキサージャブの本気によって、死地の死地へと追い込まれた浩一は、生き残るために戦闘経験のすべてを融合させていた。
「なぁッ、おい! ミキサージャブ! なぁ、俺の敵ッ!!」
限界を超え続ける肉体が悲鳴を上げる中、浩一は叫ぶ。魂は歓喜の中にある。
明らかな弱者であったはずの自分が強くなっている事実。死地だというのに浩一は笑っている。
一手しくじれば死んでしまう、こんな戦いを
身体が熱い。心が熱い。それでも思考だけは冷徹に。
拳を掻い潜り、大太刀を振るい、傷を与え、傷を与えられ、浩一は笑う。
「楽しいなッ。楽しいなぁッ。おいッ!!」
力を込め、技術を用い、月下残滓を振るう。
刃こぼれ一つない美しい刀は浩一の熱気に当てられたのか、刀身は光満ち、その鋭さを増していく。
『ヴォォオオォオオオオオオォオオオオオオォオオオオオッッッ!!』
呼応するようにミキサージャブも叫ぶ。
小癪な敵に激怒しているのか。それとも浩一を美味なる獲物として喰らいたいと思っているのか。
その叫びには浩一が声に乗せた熱以上に、力と熱が篭もっていた。
「そうかッ。オマエもそう思うかッッ!!」
致死の連打。巨大な拳が地面に叩きつけられる。その拳を細身の身体は掻い潜る。しかし無傷とは言えない。烈風のような鋭さを持つ拳は余波だけで頬を切り裂き、皮と肉を微かに弾き飛ばす。
浩一の右腕は動かない。ただの一戦でA+ランクの防具である白夜にも破損が目立つようになる。
月下残滓は使い手と敵の血に塗れ、だが、だからこそ
浩一の満身創痍の身体に残る体力気力は微かだった。
だが浩一は笑う。アックスの殺戮のときに浮かべた残酷な嗤いではない。純粋な喜びに口角が大きく釣り上がる。
「はッ――はぁッッ!!」
浩一の斬撃は、この世界でのSランクと称される者達ほど速くはない。
それでもミキサージャブが拳を振るうために生まれる、ほんの少ししかない
無限とも、永久にあるとも思われるミキサージャブの体力。それが削られていく。
しかし対する浩一の身体は限界を訴えていた。心という炉から無限に湧き出る熱を全身にめぐらせても、肉体の疲労は誤魔化せない。
そして自己治癒能力の低い浩一の肉体では、その疲労を癒やすことはできない。
それでも、
肉を飛ばし、血を流させ、皮を裂いている。
ああ、なんと嬉しきことか、宿敵の身体より、血の華が咲いている。
ならば、負けることがあるものか。傷を負わせているならば、敵の拳を避けられるならば、負ける道理があるものか。
「おおおおおおおおぉぉぉおおおおオオオオオォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!!」
『ヴォォオオオォオッォッォオォオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!!!!!』
両者は叫ぶ。笑いながら、戦いながら、刀と拳をぶつけ、脚と心臓を動かし叫ぶ。
その表情にお互いに対する敵意は浮かんではいない。
――いつのまにか敵意は消え、ただ純粋な殺意のみがあった。
己たちは、俺達は、恨みのために戦っているわけでも、自身の命のために戦っているわけでもない。
それはいつしかモンスターであるミキサージャブですらそうだった。
己の食欲のため、己に傷を与えた人間に対する本能のみで動いていたはずのミキサージャブですらそうなっていた。
心の奥の熱が叫んでいる。心臓の横で脈動している。どくんどくんと咆えている。もっともっとと身体を急かす。
浩一の斬撃がミキサージャブの脚に深い傷を与える。ミキサージャブの豪拳が地を叩く。当たらずとも衝撃は浩一の身体を貫通し、全身に負った裂傷から血を噴き出させる。
「おおおおおおおおおおぉおおおおおお!!!」
浩一が咆えながら跳躍した。
『ヴォオォオオオオオオオオオオオオオ!!!』
ミキサージャブが咆哮を上げながら両掌を組み、巨大な拳を振り上げた。爆速。間髪すら与えず宙空の浩一に巨大な両拳が叩きつけられる。
――しかしそこに浩一の姿はない。
数センチ、いや、数ミリでも拳の周囲に近づいていたならば浩一は死んでいただろう。裂帛の気合が浩一の跳躍の速度をほんの少しだけ高めたのだ。
「おらぁッッ!!」
宙空の浩一が身体を回転させる。腰の回転を利用した斬撃がミキサージャブの顔面へと叩きつけられる。
斬撃は顔面の正中からほんの少しずれ、その左の目を深く切りつけるも、
「ウルルゥゥォォッォォオオオオオオオオオッッッ!!!!」
血に汚れた柄に渾身が込められ、月下残滓が刀身を輝かせ、月光が放たれる。
左眼とその真下の頬を通過する刃。再生を長時間遅らせるであろう光が傷口を焼ききった。
『ヴォォオォオオオオオォォオオオォォッォオオオッッッ!!!!』
激痛にミキサージャブが叫ぶ。至近にいる浩一の身体が咆哮の衝撃でびりびりと震える。骨が震え、肉が弾けそうになる。
両耳から数瞬のみ音が消える。だが浩一の身体は止まらない。汗と血で汚れた柄を強く握り、死角となった左側から攻めかかる。
身体は休息を欲していた。呼吸をしたい。治療をしたい。身体を休めたい。強く強く欲している。
――だが浩一は止まらない。止まれない。
熱に急かされ、判断を逸しているわけでもない。
――
(なぁッ! そうだろうッ!! おまえもッッ!!)
追いかけなければ、重症を与えたミキサージャブが逃げるなどと思っているわけではない。
愛すべき
例え浩一が人間の賢い判断で撤退してもミキサージャブは千里を駆けてでも浩一を殺しにきてくれるだろう。
この激闘の間に浩一は深く想いあった恋人以上にミキサージャブを理解した。
だからこそ、浩一は攻めるのだ。攻めなければならないのだ。
――
今このとき、ミキサージャブに勝つには、勝利するには、その首を落とすには、今攻めるほかにないのだ。
この好機に、命おしさに怖気づいて、退くわけにはいかないのだ。
熱に従い、■■■■を、心を燃え上がらせ、浩一は踏み込む。
攻めるのだ。ただこのときを。命を燃やして攻めるしかないのだ。
「おおぉぉっぉおおおおおッッッッッ!!!!」
咆え、叫ぶ。死角から攻めようがなんだろうがミキサージャブは浩一の位置を把握している。咆えようが叫ぼうが関係ない。左目の傷によって遠近感が狂っているのか、ミキサージャブの拳がほんの僅かだけ
(おお、ずれた。これは、
望んだわけではない。計算していたわけではない。
浩一が動かないはず右腕に力を入れる。微かだが動く。体内ナノマシンによる治癒が
肉体改造ができない浩一でもこのナノマシンの機能だけは十全に使える。
治癒の促進。ほんの少しだが、それによって右腕の機能が戻った。
――だが、まだ使わない。
優れた技能を持つものは片腕が使えないだけで戦闘に致命的なノイズを走らせることがある。
平衡感覚、間合い、斬撃、いくつもの要素がずれてしまう。
それでも、この十年間。浩一の身体の中には莫大な戦闘経験が詰まっていた。
その中には当然片腕を失いかけ、それでも戦い続けた記憶が残っている。
それが『索敵即殺』に作用し、なんとかここまで持たせてくれた。
――私がいない間に、無茶したり、怪我したり、死んだりしないでね。
『索敵即殺』が貪欲に記憶を漁るからだろうか、ふと雪の泣き顔が浩一の中に浮かぶ。
(勝つさ。今までだって、これからだってッ!!)
おおおおおッッ、自身の耳にうるさいほどに叫ぶ。オオォオォッッ、叫びながら斬撃を振るう。
月下残滓がその光を強め、お前も楽しいか、と浩一は嬉しくなる。
ヴォオォォォオオッッ、ミキサージャブが咆える。ヴォォオォッッ、咆哮を上げながら拳を振るう。
まるで神話の怪物だ。その威容だけで低ランクの精神は消し飛ぶだろう。
拳の衝撃だけで浩一の肉が抉れていく。恐ろしい速度。恐ろしい膂力。ただの一発でもまともに喰らえば死に至るそれを、浩一は音で、視覚で、衝撃で感じ、それでも攻めを途切れさせることなく月下残滓を片腕で振るう。
皮が裂ける。血が咲く。肉が弾ける。骨が軋む。脳はアドレナリンで酔っ払い、血管には炎が詰まっているようだ。
何時間か、何分か、何秒経ったのか。
浩一は自身の中で何かがガチリガチリと噛みあっていく音を聞く。
――それは歯車だ。
唸る拳を避け、迫る爪先をかわす。世界に自身とミキサージャブしかいないのではないかという妄想をねじ伏せ、倒れそうになる身体に気力を巡らす。
ミキサージャブの拳を避ける。ただ真正面に、ただ真正直に浩一を打ち抜こうとする、拳を放つための
――浩一は強くはない。才能もない。力もない。
忌々しい体質のせいで改造はできないしスロットもない。
体質のせいで戦闘の道具の使い方も致命的なほどに下手糞になっている。
それでも――ようやく。
(ここまで、ここまできた)
月下残滓を握る手に力が入る。握る柄から熱が流れ込んできたような気がした。戦いを続けるうちについた愛着が、柄に力を込めさせた。
「ミキサージャブ……」
『ヴォォオオオオオ!』
拳を避け、斬撃を与え、血を散らしあいながら笑う。
ガチリ、と認識が、索敵即殺が、経験が、戦いが、熱が、■■■■が浩一の身体の中で噛みあっていく。
「ミキサージャブッ」
『ヴォオオオオオオオオオ!!』
自然と身体が動いていく。
「ミキサージャブッッ!」
『ヴォオオオオオオオオオオオオオ!!!』
ミキサージャブの肉体――脚、拳、指、眼、角、鼻、胸。傷ついていない場所など全身には一切ない。
斬撃に次ぐ斬撃がミキサージャブの身体に余すところなく傷と浴びせ、血と肉と骨を見せている。
「ミキサージャブッッ!!」
『ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
浩一は叫んだ。最適の動きを、噛みあった全てが教えてくれていた。
「ミキサージャブッッ!! お前は、お前は、素晴らしい!!」
――浩一は叫び、月下残滓を鞘に収め――
『ヴォォオオォオォオオオオォオォッォォオオオッッッッ!!!!!』
――ミキサージャブは咆え、豪拳を放ち――
月下残滓を包む白鞘が
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
浩一の踏み込みと共に、雷撃が落ちるような、轟音が鳴った。
身体が、心が、熱が誘う全てに身を預けるようにして踏み込んだ浩一は、拳が纏った颶風に身を裂かれながらも
――それこそは剣士の理想、技の極致、窮極の一刀。
弱者である浩一がミキサージャブを殺せる唯一の
紫電帯びる雷速。月下残滓の一刀により、
全身全霊を放った
浩一の鞘から紫電の残り香が発され、握る力を失ったのか月下残滓が力なく地面に落ちる。
「ぐ、ミキサージャブッ!!」
浩一が全身の痛みに呻きながら振り返れば、そこには首のないミノタウロスが拳を振り下ろしたまま動きを止めている。
数々の強者を無慈悲に食らった怪物が死んでいた。
倒れたまま、浩一は呟いた。ほんの少しの寂しさと共に。
「楽しかった。ありがとよ」
ぼぉん、ぼぉん、とダンジョン実習イベント終了時に鳴る、鐘のような音が響く。
立ったまま、拳を振りぬいたままのミキサージャブが光の粒子へと変わっていく。
――死闘は終わったのだ。
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