月光よ、刃となりて怪生を討ち滅ぼせ(4)


 月下残滓の解析も終わる。

 とはいえ鍛冶師『道僧山どうそうざん』がSSランク大太刀『月下残滓』に施したプロテクトは強固で、アリシアスが『月光』と名付けたスキルで解析できた効果はそこまでは多くなかった。


 ――それも推測を多く伴ったものだ。


 データを比較することでアリシアスは『星』の上位属性『星光』の亜種とまでは断言できたが、少数の、それも月下残滓側からの情報を得ていない上での推測だ。

 それに不可解なこともある。

 高ランクモンスターであるミキサージャブの討伐に必須の『再生阻害』スキルについてだ。

 アリシアスが『月光』と名付けたそれは、『聖炎』の傷口を焼き再生を阻害する力と『光輝』の切断した部位の周辺細胞の悉くを破壊するものの両方を併せ持ったものだった。

 しかしそこに『聖炎』のようにそのまま対象を炎上させる力はなく、『光輝』のように対象の精神を破壊するような力もない。

(月下残滓……他にも何か隠してる気配はありますが。未だそれを発揮する様子もなし、と)

 自らの前に全てをさらけ出さない生意気な刀にアリシアスは鋭い視線を向けた。

 渡す刀に月下残滓を選んだのは、実のところ昨晩の言い訳のようなものではなく、浩一が雲霞緑青に向けた視線や、ミキサージャブに敗れた自身を卑下するような口調から、特殊な能力のない切れ味が良いだけの刀を欲しているのだと判断したからだ。

 あの言い訳は所詮、浩一に気を遣わせないための方便にすぎない。

 故に、リフィヌス本邸で性能を確かめたうえで、最も相応しいであろう月下残滓を選択したのだが……。

 アリシアス・リフィヌスともあろうものが、恩人に渡す武具の力を見定め損ねたか、と無機質な自罰がアリシアスの深奥で瞬くも、それらから今後の対策だけ得るとアリシアスは今この場での己の思考へと戻る。

(そうですわね……浩一様も落胆はしていないようですし。結果が悪くないものであるなら、月下残滓についてはここまでにいたしましょうか。あとは、このわたくしを動かしている懊悩ですけれど……)

 アリシアスは、何故こんなにも浩一に対して目的以上の好意を与えてしまうのか、それがどうしても理解できなかった。

 恩人であっても本当はこんなにもしないはずなのだ。

 ただ熱のようなものが溢れて心の防壁を緩ませる。そしてそこにアリシアスは危険や恐怖のようなものを一切感じていない。

(恋ではないのですけれど……)

 何事にも傲慢であろうとしているアリシアスであろうとも、恋愛感情だけは自身に禁じている。


 ――というよりも、そこまで人間的であることを四鳳八院は自身に許していない。


 アリシアスの精神にはある種の拘束ロックが課されている。

 それはアリシアスの身体が機密の塊だからだ。

 髪の毛一本体液一滴細胞一片であっても一度身体から離れれば自壊するようにプログラムされているのがアリシアスたち四鳳八院だからだ。

 だから恋はあり得ないと断言できる。

 で、あるならばやはり浩一は――否、とアリシアスの思考は判断した。断言するには流石に早計に過ぎた。

 だがこの胸の奥の熱情はなんだろう、とアリシアスは浩一をそっと見て、どうしてこうも自分は浩一に甘くなってしまうのか、その甘さを楽しんでいるのか不思議に思う。

 アリシアスは自分の感情ならば自分で掌握しきっていると自信をもっていたのに。なぜわからないのか。

(もちろんわたくしに遊ぶ余裕・・・・はありませんけれど……。そうですわね。この熱の正体を確かめるまでは浩一様に……)

 それが良い、とアリシアスは判断した。

 それが甘さ・・からくる判断だと気づきもせずに。

 そして、そんな不安定な自身を知る由もなくアリシアスは解析結果を浩一に簡潔に説明していく。

 浩一はミキサージャブとの戦闘で使える純粋な、しかし決定的な武具を手に入れられたことを喜び、アリシアスの手をとって感謝を伝えた。

 その無骨な手に触れられ、弾んでしまう心を抑えるアリシアスは、手を握りながら突然に雰囲気を変えた浩一をどこか高鳴る胸と共に見上げた。

 侍は精悍な顔に獰猛な笑みを浮かべていた。

 その姿に思わず、見惚れ・・・――

(わ、たくしは、何、を?)

「お、モンスターの気配だな」

 浩一が手を離し、腰の月下残滓を握ったことでアリシアスの意識も戻る。

「――そうですわね。浩一様」

 浩一が大太刀を鞘から引き抜く意思を示せば、開閉式の鞘が割れるようにして開き、刀身を露出させる。

 そして遅れたようにして鳴り始める設置式の警報。

 アリシアスは解析用のツールウィンドウを消すと杖を手に、歩いて行く浩一を見送った。

 きっと彼は傷を負って帰ってくる。強いとはいえ浩一は未だに足りないものだらけなのだから。

 だからアリシアスは治療の準備をして待っている。

「わたくしは、一体……? この感情が何か、わからない」

 ただ先ほどのように急に疼きが大きくなると呼吸ができなくなるような苦しみに襲われる。

 それが嫌じゃないことが不思議で、だけれど全てを認めることもできていない。

(それに、浩一様はわたくしにとっては別の意味で必要な方……の、ハズ)


 ――恩も好意もあるが、浩一に手をかけるのはそのため・・・・だ。


 いまだ浩一の価値は未知数だ。浩一はまだまだ成長していて、何をなすのかもわからない存在だ。

 本来は四鳳八院が目に止める価値もない存在だ。だけれどアリシアスは出会い、火神浩一をってしまった。

 故に、アリシアスは彼を自身の思惑・・に加えることに抵抗を覚えなかった。

 火神浩一はどんな結果になるかわからない劇薬のようなものなのかもしれない。

 いずれそう遠くない時間と場所でその結果を受け止めることになるのだろうと思う。

 それでも自分で決めたことだから後悔だけはしないと決めていた。

 結末は歓喜か絶望かはわからない。

 それでもアリシアスには火神浩一が必要・・だった。

 勝機の定まらないものが迫り来ることを知っているアリシアスは、三度までも常識を覆した黒衣の侍こういちに期待せずにはいられなかったのだ。


 ――この世界は、生身の人間が戦い続けられるような場所ではなく、この迷宮は、寄る辺のない人間には耐えられない。


 だからこそ意思以外に確固たるものを持っていないはずの浩一を、万人が羨むものの全てを生まれたときから纏ってきているアリシアスは無意識に、眩しそうに見てしまうのだ。

 その胸の高鳴りと共に。


                ◇◆◇◆◇


 迫ってきた敵の群れを惨殺した浩一はアイテムや報酬、PADのログを選別し、一息吐いた。

「お疲れ様です。浩一様」

 肉体に暖かなものを感じた浩一が自身の傷を見ると、戦闘の負傷を『青』属性のが治療し始めていた。

 戦闘後にこういったことをされるのはあまりないのでどこか落ち着かないが、アリシアスによる治療だと気付き、警戒を解く。

「おう、ありがとな」

「別に感謝しなくとも結構ですわ。わたくしはわたくしの宣誓に相応しい行動を取っているだけですもの」

「なら、俺も俺の矜持のためにアリシアスに感謝するだけだ。改めて、ありがとう」

「……もう、そろそろ行きますわよ。必要なことだったとはいえ解析に時間をとられてしまいましたし」

 照れたように顔を歪めたアリシアスはさっさと歩き始めてしまう。

 それは警戒も何もない歩き方。迷宮ではありえない進み方だ。

 だけれど浩一は知ってしまった。

 無意識にだろう、アリシアスは先日と同じように、耐性や覚悟のない生き物が怯え、竦むだろう重圧を自然と周囲へ放っていた。

 それはただの学生にはできないダンジョン探索方法だ。

 隠れているモンスターはアリシアスの気配に怯え、存在を現す。

 そのあとはナノマシンによる強制的な人類敵対衝動で襲いかかってくるが、やはりそこには怯え・・がある。


 ――それは浩一には一生できないやり方だ。


 いや、浩一にはできない生き方なのだろう。

 だが、アリシアスにとってはあれがこの場、否、擬態していない状態の常態。

 発散される圧力だけで弱者が怯え、強者が反応する。

 強すぎて、持ちすぎて、敵味方を判別する方法がそれしかないのだ。

 息苦しい有り様だなと浩一は思いかけるが。

「そうでもない、か」

 浩一が見たところ、アリシアスは怪物だが、心根はとても人間的に見えた。

 一緒に食べた食事。会話した夜のテント。治療してくれた時に見せてくれる微かな笑み。

 そんな小さな出来事が積み重なり、二人の間には小さくとも信頼が芽生え始めている。

(だからこそ俺が信じるべきなんだろうな)

 小さくとも信頼があるのなら、そうするべきなんだろうと侍は思い。

 ついてこない浩一を不審そうに見るアリシアスを追いかけるように駆けていくのだった。


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