月光よ、刃となりて怪生を討ち滅ぼせ(3)
中央公園ダンジョンの十九階層。赤煉瓦に覆われた通路でアリシアスは空間投影されたキーボードをカタカタと叩いていた。
ただし彼女は両の手のみで作業をしているというわけではなく、思考操作も用いて様々な画面を並列的に処理している。
邪魔にならないように、と思いながらも手持ち無沙汰の浩一はアリシアスに、なぁ、と声をかけた。
「はい? なんでしょうか?」
「そういえば、だが。なぜアリシアスはあのとき『黄金騎士連合』の連中を――……あー、いや、なんでもない」
暇つぶしの話題にしてももう少し考えるべきだっただろうか。
だが、作業をしながらも横目で浩一を見ているアリシアスは機嫌を悪くした様子もない。
結局治療が間に合い、腕を切り落とした男や、胸を剣で貫いた男たちは助かったが、この少女は人間を殺しかけたことなど心の底からなんとも思ってはいないことがわかり、浩一はなんとも言えない気持ちになる。
――アリシアスには世話にはなっているが……。
「問うなら問うで最後まで続けたらどうですの?」
「あー、いいのか? 俺が聞いても」
くだらないとでも思われたのか、アリシアスは正面のウィンドウに視線を戻している。
「何を聞きたいのかはわかっておりますわ。あのとき、あの場所で、どうしてわたくしがあれらを害したかの話でしょう?」
「ああ。多少だが付き合ってみてわかった。お前は話して分からない人間じゃないし、そもそも香水程度で激怒するとも思えない。むしろ、あれはお前が無理矢理
浩一とてそれを行ったのが取るに足らない人間ならば気にもしなかった。
だがそれが
己をSランクに引き上げたい浩一にとっては、アリシアスがとる意味のなさそうな行動の一つでも、気にかかったのなら解明したくなる程度の興味はあるのだから。
浩一の興味深そうな視線に晒され、アリシアスは小さな吐息を零した。
そして少しだけ作業の速度を緩める。
「『黄金騎士連合』、あれらが都市内でランクの低い少年少女を誘拐し、それらをどこかの組織なりへと流していたことはご存じですか?」
「あいつら、そんなことをしていたのか?」
「ええ、していたのです。ですから
ほぅ、と納得しそうになった浩一はいやいやと首を振った。
「いや、なんでアリシアスがそんなことをする必要があるんだ? 治安維持なり、都市警備なりに任せればいい話だろう?」
更に重ねて問う。
「それにどうして相手を殺そうとしたんだ? 別に殺す必要なんてどこにもなかっただろう?」
無力化に成功したなら、捕まえて引き渡せばいいことだ。
沈黙。アリシアスは少しだけ何かを考える素振りを見せるが、次の瞬間、何もない虚無のような貌をしてしまう。
初めて見るアリシアスの表情に浩一は戸惑うしかない。
「……わたくしにはわたくしの使命がございますの。そして、それらは浩一様には一切関係のないことですわ」
「そう、か」
きっぱりと言われれば、浩一はその後、何も聞けなかった。
◇◆◇◆◇
「なぁ」
「なんですの?」
浩一が周辺の警戒を行う為に離れ、時間潰しも兼ねて通路に索敵用の装置を設置し、ほとぼりも冷めたかと戻ってきた後のことである。
ちなみにアリシアスも監視対策の結界はすでに解除していた。
赤煉瓦の通路にはアリシアスが空間投影キーボードを叩く、微かな作業音だけが響いている。
「今何をしてるのか、気になるんだが」
手持ち無沙汰になった浩一の質問だ。
彼はじぃっとアリシアスの作業を眺めていたが、流れるコードの理解を数秒で諦め、その言葉を口にしていた。
「…………はぁ」
浩一の視線に数秒耐えたアリシアスだったが、彼女は諦めたように吐息を零すと手早く思考で操作を行った。
流れるコードの羅列は、浩一にも読める漢字混じりの文字へ数秒で切り替わり、おぉと浩一の口から感嘆が漏れる。
「凄いな。八院ってのはこんな事もできるのか?」
「八院でなくてもこれぐらいはできますわ。それより、これで満足ですの?」
「ああ、ありがとう。さっきはなんか悪かったな」
「別に、気にしてはおりません」
先程の質問も、アリシアスは言葉ほど気にしてはいない。
だが何故こんなにも自分は浩一に甘いのだろうと、晴れない疑問を棚上げしながらアリシアスは作業に戻っていく。
「なるほどな。こんな作業をやってたのか」
もちろんコードを、学のない人間にも読める文字にしただけでは浩一には理解しきれない。
――アリシアスがやったのはコードの
アリシアスの指輪型PADより、浩一とモンスターが戦った記録が三次元映像となって二人の目の前に投影されていた。
なお情報の確実性を上げるために、周辺の監視端末より拝借した迷宮内映像に、討伐したモンスターのナノマシンと月下残滓に記録されていた戦闘情報を重ね合わせて作られたものでもある。
「こりゃ見事なもんだな」
浩一の感心したような声に、アリシアスは頬がむずむずとする奇妙な感覚を覚えながら操作を続ける。
「これで浩一様にも把握できるかと……」
アリシアスが「再生」と唱えれば、先ほどまで静止していた包丁鬼児と戦う浩一の映像が動き出す。
そして表示されている映像は一つではない。包丁鬼児の他にも他の階層で戦った『アイアンランス』という再生能力の高いモンスターの姿もそこにはあった。
投影されている映像の数は四つだ。アイアンランスが三。包丁鬼児が一。いずれの映像でも浩一が月下残滓を振るう瞬間、再生がスローになり、モンスターに刃が食い込んだ瞬間で完全に止まる。
浩一は複数の自分が同時に動いたことに興味を惹かれ、嬉しそうに映像に見入った。
浩一も自分の
そして浩一が自分の戦闘記録を見ながら、月下残滓を同じように振るい、戦闘の型を見直す中、アリシアスが「終わりましたわ」と声を掛けた。
「終わったのか?」
「はい。説明しますのでどうぞこちらへ」
アリシアスの隣に遠慮なく座った浩一は早くしてくれと、新しい武具の、詳しい性能が知りたいとばかりにウキウキしながら問いかける。
「お待ち下さいな。それでは浩一様、月下残滓のスキル発動はここからですわ」
アリシアスが映像のスロー再生を始める。
月下残滓の刃の傍らに大量の情報ログが浮かんだ後、それらは瞬時に処理され、いくつかのスキル名が表示された。
それはリフィヌス本家に保存されているスキルデータからのスキルの予測だ。
「浩一様。言うまでもありませんが、シェルター国家ゼネラウスの歴史でも有数の名鍛冶師の一人である道僧山が
アリシアスはその細い指で画面の浩一を指さし。
「そういうわけですのでわたくしが行ったのは、簡単な推測のみとお考えください」
わかった、と頷く浩一にアリシアスは、まず、と説明を始める。
「このデータ通りならば、浩一様が仰るとおり、月下残滓に再生や治癒の類を遮断する
「そう、だな。俺自身は扱ったことがないから講義やカタログのままになるが。それでいいなら」
どうぞ、とアリシアスに目で示され、浩一は思い出しながら答える。
「スキル発動の順序は確か、武具に搭載された人工知能が使用者の要請に応じたり、
だいたいあってますわ、とアリシアスが頷くと一枚のウィンドウが浩一の前に表示される。
「ですので発動情報からスキルを推測いたしました。こちらを見てください。リフィヌス傘下の企業が収集しているスキルの各種データですわ」
「ほう、こんなものまで見られるのか」
浩一の感嘆に、八院ですから、とだけ言ったアリシアスは指を振った。するといくつかのスキルを示す文字列がわかりやすい色で染色される。
「それで話は戻りますが、これはわたくしたちが普段『再生破壊』や『治癒阻害』と呼称しているものの性能試験の結果。そこに」
月下残滓のウィンドウの一部から数値などが取り出され、染色された部分と重なる。
「これは月下残滓が発動したであろうスキルを解析するために、浩一様が倒したモンスターのナノマシンが感知した情報を纏めたものですわ。残念ながら月下残滓から取れたスキル情報そのものは高度に暗号化されていて、データを解析できませんでしたので、他の実験結果と比べるには正確性に欠けてしまいますけれど」
浩一はアリシアスの提示したデータを見ながら眉を寄せた。
「似てるが……既存の再生破壊系とは明らかに効果が違うな」
しかし、結果として再生は阻害されていた。アリシアスは浩一の言葉にはい、と頷きながら操作を続けていく。
「ですので検索に手間取りましたけれど、こちらの性能実験との比較を」
データを表示しているウィンドウが移動し、別のウィンドウが表示される。
新たに表示されたそれにも大量のデータの羅列がある。しかしアリシアスは注目すべき部分を先に染色していた。
浩一がその部分を眺めれば確かに、いくつかの数値は違うものの、月下残滓のスキルといくつかの部分で重なっている。
アリシアスが見やすいようにしてくれているせいか、浩一にも月下残滓のスキルの実態がわかってくる。
「これは、なるほど。つまり、そういうことか」
――浩一は安堵の吐息を漏らした。
アリシアスが示したそれは武具の性能が浩一の期待を裏切らなかった証拠だ。
毒ではない、浩一にはそれさえわかればよかったのだ。
それに嬉しいこともある。それはこれならばミキサージャブにも通用するかも、という大きな期待だ。
心に燃え上がるものが沸き上がってくる。
「これなら確かにミキサージャブを倒せるかもしれない。
武具の価値を理解してなお、変わらない浩一の姿に、アリシアスはどうしてか嬉しくなってしまう自分がいることに気づく。
「浩一様、ご説明します。月下残滓が持つスキル。それは、再生破壊や治癒阻害ではなく。記録されているモノの中でも上位に位置する――」
――ミキサージャブのような再生能力に優れ、討伐しにくいモンスターを倒すために作られた武具は数多ある。
それが再生破壊や治癒阻害のスキルを持つ武具だ。
しかし世に武具は数限りなく、その中には強力なスキルを持つが故に、結果として同一の効果を導き出すものも多くあった。
そう、それこそが――
「――武具そのものに概念を付与する『上位属性』スキルですわ」
武具にも
そしてある程度のランクを越えると、武具そのものに『聖炎』『創氷』『塵雷』などの
簡単に言えば、武具を通じて、斬れば燃える。叩けば凍る。貫けば感電させる。そういった効果を魔力やオーラ、機械といった機構や原理を通さずに発動させることができるようにするものだ。
形のないものを形にする、炎や氷などの『概念』そのものを武具にするスキル。
それは科学技術だけではなし得ることはできない、魔導技術の発展によって得られた技術でもある。
アリシアスが調べたところ、月下残滓の持つ再生を阻害するスキルはそういった上位スキルの副次効果のようだった。
故に再生を阻害するスキルを月下残滓が持っていても、ただの治癒阻害とはデータは重ならなかったのだ。
「で、だ。こいつは」
「はい。『星』系統の上位属性『星光』の亜属性、記録に該当すべきものがありませんから、そうですわね……月下残滓から取ってスキル『月光』と名づけるべきでしょうか?」
「月光、月光……か。くく、いいな。これは、いいな」
月下残滓の刃を見ながら、喜びの声を上げる侍。
自身が与えた武具の正体に、満足げな表情を見せる浩一に、アリシアスもまた静かに喜ぶのだった。
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