肉は叩くと柔らかくなる(1)


 火神浩一は強く息を吐き、腹に力を入れて大太刀である『月下残滓げっかざんし』を両腕で振るった。

「ふッ」

 長剣ロングソードを振りかぶった、人間に良く似た亜人型のモンスターの首が宙へと跳ねた。

 しかし、浩一はそれを見ていない。首に刃を入れた時点で、浩一の視線は別の個体へと移っている。

 中央公園ダンジョン地下十五階層。

 時刻は午前二時。これは過去の日本で丑三つ時うしみつどきと呼ばれていた時間帯だ。

 現在、アリシアスと浩一がテントを設営した小広間に、棲家と食糧を求めたロングソード達が攻め込んで来ていた。

「次はどいつだッ!」

 否、長剣種ロングソードたちは浩一たち・・・・へと攻め込んだのではない。

 成長する生体剣を手に、この世に生まれ落ちた美青年の顔を持つモンスター達は、数時間前までこの小広間に生活の場を作っていた同族へと闘争を仕掛けに来たはずだった。

 だがそこには何もなかった。

 砂に覆われた荒野には打ち壊された小屋らしき残骸が残っているだけだった。

 そして小広間の中央に、この戦争の目的であるモンスター達の生命をながらえさせる秘薬の溜まった井戸の脇にその人間がいた。

 夜にも似た暗闇の中に、ぼうっと光る光球を傍らに置いた侍だ。

「来たか……」

 侍、火神ひかみ浩一こういちはロングソードが己を認識したことを確認すると、腰掛けていた井戸の縁から立ち上がって腰の大太刀に手を当てる。

 浩一の意思を反映し、大太刀の鞘が自動で開き、刀身を解放した。

 ずん、と浩一の腕に大太刀の全重量がかかる。

「さぁ、来いよ」

 戦意十分の浩一が通じぬ人語をモンスターに向けて放てば、応じるようにモンスターたちは敵意に満ちた雄叫びを上げた。


                ◇◆◇◆◇


 モンスターは人間に敵対的である。これはこの世界における絶対普遍の真理だ。

 それはあらゆるモンスターの脳内に仕込まれている正体不明のナノマシンが原因だった。

 故に、浩一を認識したロングソード達の脳内に棲むナノマシン群はロングソードが人類・・を認識した瞬間、思考を蝕むために働き出す。

 この場に来たのはこの場にある井戸を確保するためだというのに、目的・・が脳から消し飛んでしまう。

 生来備わっている強力な闘争本能を始めとする数多の機能が、ナノマシンが発生させた大量の電気信号や劇薬により強力に刺激され、凶暴化・・・する。

 学園都市の調整後でも欠片は残っていた僅かな知性を暴走ともいえる闘争心によって消失させたロングソードたちは敵手の力を測ることすらせずに剣を振りかざし、浩一へ突撃した。

 侍は嗤っている。口角を釣り上げ、不敵そうに嗤っている。

 人を遥かに上回る身体能力を持つモンスター達が、津波のように迫り来てもその表情は変わらない。

 一人対群れ。同ランクの学生たちなら迷わず撤退すべき場で、浩一は撤退しない。

 ただ嗤う。不敵に嗤う。そして、とても、とてもとても愉しそうに刀を振りかざすのだ。

 そうして、覆りようのない彼我の差は、意志に凌駕され、理不尽な現実を塗りつぶす。


                ◇◆◇◆◇


 五体満足――多少の手傷は負っているが――で息を吐く浩一の傍に、一匹たりともロングソードは残っていなかった。

 全てが斬り殺され、転送光となって処理された。彼らがいた証はPADに情報ログとして記録されるのみだ。

「もう少し苦戦すると思ったが……武器がよかったせいか?」

 とはいえ、新たに刃となった月下残滓は浩一が心配したような特殊な能力の一切を発揮しなかった。

 安い刀の飛燕と違って月下残滓は首を一撃で断てるが、せいぜいがその程度だ。

(まぁその程度が戦士には重要なんだが……)

 渡したアリシアス自身が「はい? 月下残滓だった理由? と、言われても……そうですわね。リフィヌスが保管していた刀で一番ランクが高かったのが月下残滓……ではなく、どうせ刀なんて物好きぐらいしか使いませんし、わたくしもこんな金属の塊なんぞには不勉強で。だからというわけではありませんが、倉庫の隅に転がっていたSSランク宝刀でも渡しておけば貧乏そうな浩一様のことでしたから泣いて感謝でもしてくださるかしら、などと考えたところ、ちょうど御爺様の和室に鑑定書付きで飾ってあった月下残滓を見つけたので。とりあえず、これでも渡しておけばそこそこ感謝でもされるかしら、って、ちょ、その呆れた顔はなんですの? ちゃんと理由ならございますわ。ですから――」などという超適当極まりない理由で選んだと言っている刀だ。

 だからか、今のところ、ただ良く切れるだけの刀として浩一には認識されていた。

 息を吐き、血振りをし、懐から取り出した布で刀についているはずの脂を拭った浩一だったが、刀身にも布にも汚れのようなものは一切なかった。

 自己修復か自己洗浄の能力でもあるのかもしれない。

 これがSSランク武具かと妙な関心をしながら懐のPADで戦果を表示する。


 No.0013586 ロングソード

 耐久:B 魔力:E 気力:C 属性:無

 撃力:B 技量:B 速度:C 運勢:C

 武装:生体剣 衣服のような皮

 報奨金:550G

 入手アイテム:生体剣のカケラ(小)


 相当な数のロングソードを屠ったせいか、それなりの褒賞が入っている。

 思わぬ遭遇戦で来月分の家賃の足しにできたことに満足した浩一はアリシアスの待つテントへと戻っていった。


                ◇◆◇◆◇


 浩一の戦闘をテントの中から見ていたアリシアスは自分でも気づかずに、感嘆の息を吐いていた。

 技。わざとも言うべきか。

 人類が生まれたとき、小さな枝を持った。その枝に石をくくりつけ殺傷力を増し、武具とした。

 技とはその枝を振るう動作だ。人が集まって枝の振り方を研究したものが、技となってやがて武術と呼ばれるようになった。


 ――武術。


 弱者の抵抗手段。強者の闘争技能。呼ばれ方は様々で、武術の種類も様々だ。

 その無数の暴力は正しく継承されたとは言い難いが、それでも闘争を常とする者たちの間には静かに、深く浸透・・している。

 身体性能、繁殖能力、環境適応……etcエトセトラ。様々な面でモンスターに劣る人間だからこそ、手段を選ぶ余裕はなかった。

 生存のため、生き残るため、大崩壊後の人類は古今東西の武術にも手を出していた。

 だが、浩一のような人間は確認されてこなかった。

 身体改造技術が発展して以来、生身でモンスターに立ち向かった人間はいない。

 シェルターの歴史の闇に葬られた人外共『超人』が活躍した時代ですらそんなものはいない。

 勇敢ではなく無謀だからだ。戦いではなくただの食餌になるからだ。だから人は肉体を改造・・する。

 生き残るために。

 抗うために。

 空想上の神の定めた設計図を改変し、人の手が及ぶ限りに肉体を改造する。

 だから、ただの一般人相手なら百人以上を無傷で殺戮できるBランクモンスター長剣種ロングソードに、鍛錬と身に収めた技能だけで勝利を収めることは、本来ならば決して在り得ない事だった。


 ――愚かすぎて、誰もやらないから。


 しかし、現実として、アリシアスの目の前にそれがいる。

 こんな誰もが信じられないことを平然と、当たり前のように為している。

 それでも浩一のランクは上がりはしない。

 それは浩一の身体能力が上がっていない為だ。

(信じられない……こんな方がいたなんて……)

 火神浩一はこの学園都市において、まるで奇跡のような存在だった。

 実際、アリシアスから見れば火神浩一は雑魚だ。アリシアス自身が戦えば一秒もかけずに殺すことができる。

 だが、そうではないのだ。

 そう、この男はまるで――。

「……まるで四鳳八院の祖、鳳閑ほうかん様のよう……」





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