救った代償はとても重く(3)


 火神浩一はアリシアス・リフィヌスから受け取った大太刀を握りながら、重いな・・・と思った。

 恩義の話ではない、純粋に重量がある。

(Aランク以上の近接武具は基本的に巨大で重くなる傾向があるが、そのせいか)

 武具が重くなるのは、モンスターの多くがランクが上がるにつれ巨体になる傾向にあるからだ。

 大きく、重い物は強い。遥か古代から続いている鉄則が、アリシアスから受け取ったこの武具にも適応されているようだった。

「その大太刀は、銘を『月下残滓げっかざんし』と申します」

「その銘は、聞いたことがある」

 銘、武具に付けられる名のことだ。聞いたことのあるソレに驚きつつ、浩一は鞘から刀身を引き抜いてみせた。

 月下残滓という名の大太刀。太刀である飛燕よりも長大で重く、肉厚の刃だ。

 宙に寝かせるようにして刃の腹を手のひらに乗せると、緩く弧を描く刀身をじっくりと確かめる。

(美しい……)

 落ち着いた明るさの店内照明に照らされた月下残滓の刃は美しかった。

聖堂院せいどういんの蔵にあるとは聞いていたが……それが俺の手の中にあるとは)

 万金や片腕・・(名家が独自に収集している生体データを意味する)を積んででもこの刀を欲しがっているものが多くいるということを疑わせない神秘性が刃からは感じられる。


 ――『月下残滓』。


 それは『月の光を鍛えあげ、刃と為してこの世の化生を殺害す』と世に出た当時、高名な武具検査官によって謳われた大太刀だ。

 作成者は類まれなる武具製作の腕を誇った怪人『道僧山どうそうざん』。

 既に故人ではあるが、この道僧山という男は数十年前に八院にして武具製作の名家、剣牢院けんろういんを出奔した四鳳八院の人間だ。

 彼は名を変え姿を変え何十人もの鍛冶師の下を訪れた。そしてその鍛冶師が持つ独自の技術を盗み続け、SSランクを超えるEXランクの武具すらも作りあげた。

 だが、後に技術を守るために鍛冶師たちから派遣された暗殺者に殺害されている。

 道僧山、その本当の名は剣牢院篤胤あつたね

 SSランク大太刀、月下残滓はその道僧山が鍛えた最上大業物と呼ばれる最上位の武具の内の一振りだった。

 この刀は公開と同時に武具収集家だった当時の聖堂院当主が買い上げ、蔵にしまい込まれたがゆえに今まで誰にも振るわれたことがない。

 唯一、鍛冶師にして剣士である藤堂村正が公開時の試し切りにて、海の向こうの中国大陸で暴れ回るEXランク、災害級と呼ばれるモンスター『ベヒーモス』より採取した皮膚を一閃したことからSSランクへと格付けされたが、スペックの殆どは未だに謎のままだ。

 しかし、道僧山の鍛えた武具のほとんどがなんらかの異能を持つが故に、道僧山が没して長い年月が過ぎようと月下残滓を欲する剣士は後をたたなかった。

 浩一は興奮に震える手で月下残滓を握り、アリシアスに問う。

「……いいのか?」

 いつの間にか浩一の後ろに立ち、熱心に刃を鑑定するドイルを無視しながら、浩一はアリシアスを見つめ続ける。

 先ほどの一喝の影響もあって浩一にアリシアスに対する遠慮はない。

 借りを返してくれるならありがたく返していただく。刀を貰えるならありがたく貰う。

 一瞬、雲霞緑青と同じく腕を腐らせる武具かもしれないとの疑念も浮かんだが、不思議と月下残滓を握っているとその考えは雲散霧消していく。


 ――この刀はそういうものではない。


 贔屓目に見ているのかもしれないが腕や心を腐らせることはないと思えてくる。

 この刃からは、そういった毒のようなものが感じられなかった。

 アリシアスの返答を持つ浩一だったが、アリシアスは無言で微笑んでいる。

「あーあーあーあー。面倒っちィなァ浩一ィ。これ、預かるぜィ」

 背後に立っていたドイルがアリシアスから正式な返事を聞く前に、浩一が腰に佩いていた飛燕をひょいっと抜いてしまう。

「は? おい、ちょっ」

「さ、行きましょう。浩一様」

「いや、まて、おいッ」

 困惑が口と顔に出る。しかし、アリシアスは浩一の腕を取ると、華奢だが有無を言わせぬ力強い足取りで店外へと歩いて行く。

 振り払おうか迷いながら、どういうことかと浩一はドイルを睨んだ。

 愛刀である飛燕を手にした店主は空いている手をひらひらと浩一に向けて振っていた。

「変な遠慮するんじゃァねェよ、浩一ィ。グァグァグァ! そいつを使うならコイツはとりあえず預かっておいてやるからよォ。ちぃっと本格的にメンテェでもしておいてやらァ」

(心配、ないのか?)

 微かに浩一の中に残っていた疑念を払拭させるかのように、ドイルは浩一に向けてうむ、と鷹揚に頷いてみせた。

 それは、月下残滓を信頼してもいい、という浩一専属の武具屋のお墨付きだった。

「くだらないやり取りは不要ですわよ浩一様。時間がないのでしょう?」

 アリシアスに手を引かれ、ようやくきちんと歩き出した浩一へ向けてアリシアスが言う。

 浩一とアリシアスの前にアリシアスがPADより呼び出した半透明のウィンドウが表示された。

 それはアーリデイズ中央公園ダンジョンの実習受付の申請ウィンドウだ。

「おまえ、なんでここまで」

「わたくしは浩一様の望み・・を理解していますわ。それよりもさっさと覚悟を決めてくださいませんか? 浩一様はわたくしを――」

 じろりとアリシアスは浩一を見上げる。

 繋いでいる手からアリシアスの手の暖かさが伝わってくる。

「――信用できませんか?」


 ――わかっているよ。


 浩一はわかっている。アリシアスに気付かされたからだ。

 自分ひとりでやらなければならない。自身に根付いているその感情を浩一はゆっくりと正していく。

 アリシアスの瞳に見つめられると不思議と落ち着いていく。

 決めたことを浩一は何度も言い聞かせていく。

 手を貸してくれるなら借りるべきだと。

 これは、転機チャンスだ。

 何もできないはずだった自分が這い上がるための。

「これがお前なりの借りの返し方か」

 ぎり、と未だ握られていたままの手がひねられた。痛みに、浩一の口から呻きが漏れた。

「お前ではなく、アリシアスですわ。それよりも実習の準備はできていますの?」

「おぅ。大丈夫だ。今すぐにでも動ける」

「早いですわね。いえ、それでこそですわ」

「シェルター在住の学生の理念は常在戦場だからな。いつでも戦える用意ぐらいはしているさ」

 鎖でつながれた懐のPADを叩き、浩一は準備が万全であることを示した。

 感心したようなアリシアスの声に少しだけ気分を良くしながら、浩一は真正面に浮いた臨時パーティーの受け入れ要請にオーケーを出した。

 こうして火神浩一は、人類史上でも最高ランクに位置する神術師ヒーラーアリシアス・リフィヌスを自身のパーティーに加えるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 今晩の野営をするため、キャンプ地として使える大広間に浩一とアリシアスは訪れていた。

 ここは中央公園ダンジョン地下十五階階層、廃村型ダンジョンと呼ばれる、荒野のフィールドに廃村などの建築物が点在するエリアだ。

「今回は昼から挑んだからな、目的の階までは少し時間が足りない。ここで野営だ」

「野営はもう少し下の階層に向かってからでもよろしかったのでは?」

「アリシアス、お前と違って俺は慎重なんだよっと、先客・・がいるな」

 アリシアスに聞こえないよう、内心だけで弱いからな、と浩一は呟きながらずんずんと大広間に向けて進んでいく。

「お気をつけて」

 アリシアスの言葉に浩一は手をひらひらと振って応えた。


 ――ここを利用している者たちがいるようなので、挨拶・・に向かったのだ。


 ダンジョン実習を受ける学生は単位の取得以外にも、長期の日数をかけて武具や機材、肉体改造の成果などのデータ収集や実験、検証のために、ダンジョンへ入ることがある。

 そういう需要に応えるためにも、ダンジョンの基幹システムは学生や教員がキャンプを張れるように、ダンジョン内のどの階層にも休息に使える場所を生成するように調整を受けていた。

 浩一たちが今いる場所もそのための大広間だ。

 ただし、当然だがそういった場所はモンスターにとっても住みやすい環境となっていた。

 ダンジョンの階層を再構成によって日数も異なるが、最後に使用してからそれなりの時間が経過している広間は、そのためにモンスターの排除・・を必要とした。

 『ロングソード』、成長する金属ナノマテリアルで作られた生体剣と共に生まれ落ちてくる、美青年風の亜人型モンスターの群れを息も乱さずに斬殺しきった浩一は、モンスターの死骸が光に変わるのを見届けると、周囲に魔力式と機械式の警戒アイテムを設置した。

 アリシアスはそんな浩一の作業を流し見ながら、夕食の調理を始めた。

 浩一が設置し始めたテントやアリシアスが使っている鍋やお玉などの調理器具。

 これらは全て転移システムによって転送されたものだ。

 大崩壊世界にて発達した独自の技術である転移システム。

 あまねく道具をあらゆる場所に転移させる夢の機構システム。これ無くして、現在の人類の発展は在り得なかった。

 その恩恵を受ける学生たちは、シェルター内のダンジョン内では消費を考えずに水や野菜、肉等の消耗品を扱えるようになり、重い荷物や機材を抱えて移動しなくても済んでいた。

「テント設置し終わったぞ。どうだそっちは」

「できましたわ。それにしても」

 設置するために使っていたハンマーなどの道具を、指で軽快にPADを操作して転送してから浩一が戻ってくる。

 アリシアスは戻ってきた浩一に熱いおしぼりを渡すと、見るからに高級そうな陶器製の深皿にシチューを盛り始めた。

「浩一様は予想以上の強さですわね。どうしてB+なんて評価を?」

 筋力や速度はともかく技量だけなら浩一はアリシアスのもともとのクランメンバーであるリエンやドライに迫る勢いだった。

 かなりの戦闘経験があるのだろう、戦いの手際は悪くないどころか、最上だ。

 だが浩一は苦笑しながらアリシアスの称賛を否定した。

「弱いからだ。今の俺じゃ単純にAクラスから出現する、オーラや魔法でしか殺せない精霊種や、飛燕じゃ絶対に断ち切れない皮膚を持つモンスターには勝てない。そもそもがわかってるだろう? 身体能力自体はBクラスにも達していないんだぞ俺は。B+ですら過分な評価だ」

「速度は遅く、撃力は弱く、耐久は低い。それらを魔法で補おうにも身体能力強化は体質で不可能」

 アリシアスが浩一を調べたときの身体測定ステータスの評価項目には『体質により肉体改造・魔力強化が不可』と一点のみ書かれている。


 ――それは実質、学園都市が火神浩一という男を見放したに等しい。


 ここまで這い上がってきたこと自体が奇跡のようなものなのだ。

 着流し越しに心臓があるだろう位置に手を当てる浩一は感慨深い表情で頷いた。

「まあな。だけど人生はそんなもんだ。この体質・・が解決に至らないことは不満だが、このつらさも長く共に過ごせば愛着が湧いてくる。なによりあれがないこれがないと嘆くより、工夫して努力してやっていくほうが俺の性にあっている」

 悔しさも嫉妬もないとは言わないがな、と浩一はアリシアスに向けて不器用に笑ってみせた。


 ――その浩一の表情にアリシアスが切なげなため息を漏らしたことに浩一は気づかない。


 ダンジョンで使うには不釣り合いな品格を感じる白いテーブルに浩一は手と顔を拭いたおしぼりを投げ、アリシアスが作った料理に口をつけた。

「お、うまいなこれ」

 浩一はがっしと器を掴むとスプーンを片手に、肉や野菜の浮いたスープをガツガツと食べ始める。

 それは今までパーティーを組んできた男たちと違う、獣のような食べ方だ。

 アリシアスは呆れながらも素直な浩一の様子に悪い気はしないのか、熱々のご飯を茶碗に盛り、テーブルに置く。

 そうしてから浩一が放り出したおしぼりを手にとって転移システムで転送し、使用済みにチェックを入れさぁ自分も食べようと着座しようとしたところで浩一の皿が空になったことに気づいて呆れながら器に新しく盛るとがっつくように浩一は食べだし、あらご飯まで無くなってますわねと自然な動作でお代わりを盛って渡してご飯粒がほっぺたにと手にとって浩一の口に運んでぱくりとやってさぁわたくしも食べないと、と着座して浩一の皿に目をやった瞬間に覚醒した。気づいた。愕然とした。

「ま、まるで使用人のごとき甲斐甲斐しさッ! ふ、ふふ、ふふふ、な、なんでわたくしがッ!?」

「お、アリシアスお代わ――」

 ぎらん、と蒼い修道女の目が禍々しく光り。

「手前でやりなさいッ」

 Sランクの豪腕で振られたミスリルのお玉でぶっとばされる。

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